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第3章:俺の声はどうだ!
177:プロポーズ
しおりを挟む「お前!可愛いな!」
「……なに?急に」
突然、エーイチを見て「可愛い!」と声を上げ始めたのは、まさかのエーイチに手首を掴まれているスリの少年だった。先程までの、涙目でエーイチを見上げていた姿がまるで嘘のように、興奮気味にエーイチににじり寄っている。
「特別に俺がお前を養ってやるよ!嫁さんにしてやる!」
「は?お前みたいなスリをやってるような最下層のガキが何言ってんのさ?」
エーイチの丸い声が、またしても似合わない言葉で彩られている。心なしか、声の丸みも薄い気がする。しかし、少年は一切怯まない。キラキラとした目でエーイチに向かって背伸びをしている。
「いーよ!俺!甲斐性あるから!お前みたいな可愛くて面白いヤツを嫁にしたいって、ずっと思ってたんだ!あんなクソの役にも立たない男は止めて、俺にしとけよ!」
そう言って少年が見てきたのは、紛れもなく俺の方だった。
は?コイツ、今何て言った?
「おい、まさかそのクソの役にも立たない男ってのは、一体誰の事を言ってるんだ?」
「お前だよ!バーカ!大切なモノ取られて、すぐ動けないヤツは絶対にこの先、生き残っていけないんだぜ!つまんねーヤツ!」
「はぁ!?他人のモノ盗っといて何言ってんだ!このクソガキ!」
今やその少年は手首を掴んでいるエーイチにピタリとくっ付くと、俺に向かって舌を出してきた。コイツ、マジでムカツク!
「おい!エーイチは確かに可愛いかもしれねーけど!れっきとした男だぞ!残念だったな!?」
「っは!それの何が残念なんだよ!好きなヤツを嫁にして養うのに、男とか女とか関係あるのかよ!?俺は好きだったら、種族だって問わないね!お前はそうじゃねぇのかよ!?」
「ぐっ」
会心の一撃を放ったつもりが、むしろカウンターを浴びてしまった。少年の純粋な目でそんな事を言われてしまっては、クリティカルヒットの上ダウンするしかないじゃないか。
「つまんねーつまんねー!お前、ほんとつまんねー!なぁ、こんなヤツ放っておいて、エーイチ、俺ん家に……ぐふっ!」
「だからさぁ、うるさいって言ってるじゃん」
そんな少年の威勢の良い言葉を止めたのは、エーイチ本人だった。少年の顎を掴み上げる手に浮き上がる血管と骨から、そりゃあもう強い苛立ちを感じる。いや、本当にこんなエーイチ、初めてだ。
「僕の友達を、何も知らないお前がバカにしないでよ。だから言ったよね?お前みたいな生意気な子供の顎なんか、片手でどうにでも出来るんだってば」
「うぐぅっ」
「ちょっ!おい!エーイチ!?」
冗談なのか本気なのか分からないエーイチの声に、俺は少年とエーイチの傍まで駆け寄った。子供の顎が砕け散るところなんか、間近で見たくないんだが!
「エーイチ!もういいじゃん!な?コレも取り返せた事だし!もう、テザー先輩の所に帰ろうぜ!」
「サトシは甘すぎるよ。だいたい、僕達は子供のお使いでここに来てるんじゃないんだから」
「そりゃあそうだけどさ……ちょっとやり過ぎじゃ」
「ねぇ、サトシ?今回の任務中、サトシが喋れなくなったら、それって相当ヤバイ事なんじゃない?ねぇ、そうだよね?」
「まぁ、うん……」
エーイチの詰め寄るような冷静な言葉に、俺は言葉を続ける事が出来なかった。
「僕はね、サトシのそういう優しくて真っ直ぐな所は凄く好きだよ。そういう所に、僕は何度も救われてきたからね。だから、そんなサトシにここまで求めるのは自分勝手なんだと思うんだけど、」
エーイチが俺をジッと見つめている。その目に、俺はハッキリと見覚えがあった。
『サトシ。まだまだ若造のキミに苦言を呈そう』
そう、この目はナンス鉱山で、エーイチから苦言を呈された時の、あの目だ。多分、いや。きっと俺は今からエーイチに苦言を呈されるのだろう。
ゴクリと、唾液を喉の奥に呑み下す音が、俺の耳に直に響いた。
「サトシは目の前の事態に注目し過ぎて、感情に流される傾向があるね」
「……そう、かも」
少年の顎を掴むエーイチの手には、まだ力が込められている。きっと相当痛いのだろう。少年の目には、やっぱり涙が滲んでいる。「一旦離してやってもいいんじゃないか?」と口に出して言ってやりたいが、今はそんな雰囲気ではなさそうだ。
「ねぇ、サトシは何の為に此処に来たの?」
「え、エイダに会って……情報を貰うため」
「そうだよね?そして、その役割を任されたのは、サトシ。キミだ」
エーイチの目が少しだけ細められる。
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「……」
以前のように、エーイチは俺に対して頭ごなしな言い方はしてこない。それに、俺を見る目は厳しいけれど、ソレが優しさの上に成り立つ厳しさだという事は、もう十分理解できる。
「僕は、今からこの子供を痛めつけてでも、盗みの差し金が誰なのかを問い詰めるよ。もし、誰かの指示で動いているのであれば、同じような事が起こりかねない。原因を突き止めないと」
「う、ん」
「……サトシは、そのままで居て。僕はサトシの友達だから、サトシの出来ない事をする。だから、サトシは僕に出来ない事をして」
少しだけ泣きそうな顔で言われて、俺は頷いて良いものか迷った。いや、そこに居る少年を痛めつける事に対して躊躇っているワケではない。エーイチに嫌な部分を押し付けてしまっている自分の立ち位置に、妙な苛立ちを感じてしまっているのだ。
「……それは、」
「サトシ。今、僕に嫌な事を押し付けてしまってるんじゃ、なんて思って自分に、嫌気が差してるでしょ?」
「あ、いや……その」
完全にバレていた。さすがエーイチだ。
「大丈夫だよ。僕、この子供を痛めつけるのに何の心も痛まないし。全然どうでもいい。だから気にしないで」
「でも、」
「ただ、僕が一つ気になる事があるとすればね」
言葉を詰まらせたエーイチが、酷く気まずそうな表情を浮かべた。
「子供を痛めつける僕を見て、サトシが僕を嫌いにならないかなって事だけ」
「っ!」
「サトシ、僕の事を嫌いにならないでね」
エーイチが少しだけ視線を逸らしながら、恥ずかしそうに口にする。すると、それを見たと同時に、俺は背筋にピリと何かが走るような衝撃を得た。その感情ときたら、そう、強く思ってしまった。
「っ」
エーイチ、可愛い過ぎ。って。
その瞬間、俺の首元に懐かしい痛みと衝撃が走った。
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