171 / 284
第3章:俺の声はどうだ!
154:一方その頃店の裏では
しおりを挟むマティックは目の前の光景に、完全に引いていた。
「うぅぅぅっ、なんだ!アイツら……なんで、ポチがあの時のことをぉっ!俺が言った台詞まで、全部知っていやがるっ!いやっ、もうそんな事ぁ、どうでもいいっ!ヴィタリックぅ……なんで逝った!おまえは、あのころも、いまも……いっつも言葉が足りねぇっ!」
「ヴィタリック。お前はいつも、俺を置いていって!あの時もそうだった。共に床についた筈だったのに、起きたら隣にお前は居ない……!いまも、こうして置いていかれてっ!お前が居なければ、俺は俺で、いられない……これから、お前の居ない人生をどう生きればいいんだっ」
ジジィ共が人目を憚らずに泣いている。正直、見ていられない。視界の暴力だ。
「でもなぁっ!言葉は無くとも!お前はいっつもその目で語ってくれんだよなぁ!俺には分かるぜっ!ヴィタリック!お前がカナニを信じるように、お前を信じてるっ!これからもそうだった筈なのにっ!うぉぉぉぉっ!俺がっ!会いに行けばよかった!!」
この酒場の店主。
彼は“鉄壁”、“剛腕”の指揮官として名高い、伝説の指揮官。カボス・ドージだ。その様子から察するに、先程サトシの話していた周囲を説得した若き指揮官とやらが、まさに彼なのだろうが。
「英雄も、今や見る影なしか。それに……」
そう言ってチラともう片方の年寄りへと顔を向ける。
「俺は、お前が居たから自分を信じていられた……お前の宰相として恥じぬようにと。それだけを頼りに背筋を伸ばしてきた!俺はもとより国の事などどうでも良いのだっ!お前以外どうでもいいっ!愛しているんだっ!ヴィタリック!」
「きっついですねぇ」
マティックの父親。
幼い頃から見てきた父の姿と言えば、厳格で、巨木のように揺るがぬ精神力を持つ。文官であるにも関わらず一見すると屈強な兵士と見間違う程の、まさに父と言えば剛の者であった筈なのに。
「まったく、いつから王と“関係”を結んでいたのやら……げろ」
共に床についた話など、欠片も聞きたくないのだが。マティックは父、カナニの涙を見ながらうすら寒い思いを一切隠す事はなかった。
「しかし、それにしても。サトシ……何故、彼がそんな事を」
--------あの、ヴィタリック王って、もう亡くなってますよね?
そういえば、ナンス鉱山に向かう前夜。
サトシは既にヴィタリックの死を知っている様子だった。むしろ、死んでいない方がおかしい。そんな口調で語るサトシの声は、先程の酒場内で、歴史を語っていた時の彼の声と同じだった。
そう、まるで客観的な歴史書でも読み上げるような。俯瞰して語るような口調。そんな他人事のような、語り部のような声で、彼はこの世界の事を雄弁に語ってみせる。
「サトシ、貴方は一体……」
「酒を飲みに来ると、やぐぞぐ……したじゃねぇかぁっ!」
「王位を次に渡したら、共に世界を旅しようと言ったではないかっ!」
「あぁぁっ!やかましいっ!いい加減に黙りなさい!そこの老害共!」
マティックは普段なら絶対に口にしないような言葉遣いで、泣きわめく年寄り共を一蹴した。しかし、完全に自分達の世界に入り込んでしまっている年寄りに、マティックの声が届く事はない。
『ちょうじ!』
「今度は何ですか?」
またしても、酒場の方からサトシの声で別の何かが語られ始めた。しかも、その声はハッキリと誰かを模しているのが分かる。正直、気付きたくはなかったが、サトシの声真似は本当に一芸秀でているせいで、すぐに分かってしまう。
なにせ、その声は――
「っ!これは……」
「お前ぇのっ、声じゃねぇか。カナニ」
「あぁ、どうして私のこえが」
マティックの父、カナニの声だった。
『クニ。お前と初めて会ったのはもう五十年以上前だ』
『クニ、私の人生を変えたのは。お前だよ』
『時に無邪気な子供のようであり、時に皆を導く父のようであり、そして、私にとってはかけがえのない友でもあった』
『クニ。お前は、俺の声の一部だったよ』
まるでそれは、カナニがヴィタリックに向けたような弔辞だった。“クニ”というのが一体誰を指すのかは分からない。しかし、その中身は完全に、今のカナニを物語るソレと同じだ。
故に、もうこの場所は完全に終わってしまった。
「あ゛ぁぁぁぁぁっ!」
「う゛おぉっぉぉっ!」
「今日は、もうダメですね。この場所を、建設的な話し合いの席に戻すのは……不可能だ」
しかも、サトシが誰の者とも分からぬ“弔辞”を読んだりするものだから、完全に話し合いはパァになってしまった。時間もない中こうして、父と共に城を抜け出し城下まで来たというのに。
「責任は取ってもらわないとですね。サトシ」
そう、マティックが腕を組んで椅子のせもたれに体重をかけた時だった。
「親父、ちょっといいか?入るぞ……って。はっ!?なんだこりゃ!」
それまで一人で店を切り盛りしていたドージの息子。シバがひょこりと扉の向こうから現れた。
「なんだなんだァ。酒でも飲んでたのか?俺にだけ働かせといて」
そして、驚くほど泣き喚く年寄りの姿に目を剥いている。そんな姿に、マティックは何故かホッとした。この二人が、余りにも泣き喚くものだから、泣かない自分がおかしいのかと、少しばかり思ってしまっていたのだ。
「おい、親父。……親父!」
「っなんだ!?今大事な所なんだ!」
「何がどう大事なんだよ!いい加減仕事しろ!」
「無理だ!俺は……今日はもう、何も出来んっ!おまえが、ひとりでやれ!」
「なに腑抜けた事言ってやがんだ!殺すぞ……って、ちげぇ」
こちらはこちらで、泣きわめく父親相手に息子が大変なおかんむりである。気持ちは分かる。マティックは苛立ったようなシバの表情に、完全に心を重ねた。
「なぁ、サトシが潰れちまった。もうアイツらもお開きにするみてぇだし、ちょっとコッチの部屋で休ませてやっていいか?」
「ポチが……?」
「あぁ、アイツの酔い方性質がワリィな。話しは聞いてて楽しかったが、感情のブレがデカすぎる。今ぶっ倒れたトコだ」
「……ベッドを用意しよう」
「そーしてくれ」
言うだけ言うと、シバはすぐに部屋から出て行った。どうやら此処にサトシが来るらしい。
「ちょうど良かった。という事は、あの方も来ますね」
意識はないというが、まぁ、丁度良い。
「公務も放り出してこんな酒場に来るとは……。あのバカ王子が」
おっと、もう“王”だった。
そう、マティックは冷めたように口にすると、泣きわめく老害達を横目に、新しい面子が揃うのを、今か今かと待ち構えたのであった。
31
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。

神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない
時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。
通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。
黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。
騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない?
◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。
◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜
橘しづき
恋愛
服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。 そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。
その額、三千万。
到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。
だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる