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第3章:俺の声はどうだ!
137:タンタンちゃん、現る!
しおりを挟む『タンタンちゃん?』
「っ!」
俺の呼びかけに、先輩の肩が揺れる。先輩の息を呑む声と共に、俺の膝の上にある大きなテザー先輩の姿が、俺には何故だか小さな男の子に見えた。
『あらら、今日も甘えん坊さんで可愛いね。良い子、良い子』
少し声を高く、語尾を伸ばしつつ、テンポはゆっくり。
そして、先輩のゴツゴツとした大きな背中を上から下へとゆっくり撫で上げる。先輩の耳が、今まで以上に赤くなっているのを、俺はどこか「可愛いな」なんて思いながら見ていた。
『タンタンちゃん。具合はどう?頭が痛いって聞いたけど』
「……う、あ」
『まだ痛い?タンタンちゃん。頑張ったもんね。えらいえらい』
「っ!」
気付けば、俺の背中に回された腕は、先程までとは違い驚くほど力が込められていた。
(ぐふっ!)
苦しい。思わず呻き声を上げそうになるのを、俺は寸での所で堪えた。
テザー先輩の頭が、俺の腹の上でグリグリとこすりつけるよう押し付けられる。こんな事になるなら、本当に風呂に入ってくれば良かったかもしれない。
俺から、石鹸の匂いなどしないだろう。
「べいりー」
『どうしたの?タンタンちゃん?どこか苦しい?』
返事の代わりに、押し当てられた頭がゆるゆると横に振られる。
『そう?なら、良かった。よしよし。聞いたよ?タンタンちゃん。人間の後輩を助けてあげたんだって?えらいねぇ』
「……べいりぃ」
『タンタンちゃんが、こんなに大きくなってるなんて知らなかったなぁ。格好良くなったね。女の子に凄くモテるんじゃない?』
ふるふると頭が横に振られる。へぇ、テザー先輩は“タンタンちゃん”の時は喋らないのか。でも、何故だろう。この感覚、どこか懐かしい。
--------コンコン!コンコン!
「あ、」
その瞬間、俺は出会ったばかりの頃のイーサを思い出していた。まだ、その声も姿も知らない時。イーサは全ての感情を、ノックだけで俺に伝えようとしていた。
『っふふ、そんな事ないと思うけどなぁ。恥ずかしいのかな?タンタンちゃんは』
「……うぅ」
甘えるような唸り声と共に、再び首が横に振られる。もう俺から見える全ての素肌が真っ赤だ。まったく、完全に恥ずかしがってんじゃねぇか。
『恥ずかしがってない?そう?お耳も真っ赤だよ』
『っっっ!』
さっき聞いた通りのやり方で、俺は“ベイリー”として、テザー先輩の尖った耳へと触れる。触れる時は人差指からソッと、触れて次に親指と人差し指で挟むように……ってよく覚えてるもんだ。
『大丈夫。タンタンちゃんが女の子を好きになっても、俺は、タンタンちゃんが一番だよ。だから、安心していい。俺はタンタンちゃんのモノだからね』
「……ぁ、べいりー」
イーサもそうだったが、相手に心底甘え切る時というのは、気持ちすらも相手に汲み取って貰おうとするモノらしい。金弥にも、そういう所が確かにあった。
「言わなくても分かってよ。ねぇ、分かってくれるよね?」そんな所だろうか。確かに、大人になったら「言わなくても分かってよ」なんて通用しない。どんなに口にしたくない事も、伝える努力を、強いられてしまうのだから。
だから、言わなくても自分の事を分かってくれと相手に望むのは、もしかしたら生き物にとって、最大限の“甘え”なのかもしれない。
『タンタンちゃん、本当に大きくなったね。大人になって大変な事も沢山あるだろうけど、甘えたくなったら、いつでもおいで。ね?タンタンちゃん』
俺は最後に先輩の真っ赤な耳に口を寄せ、これまでで最も優しい声でベイリーの台詞を口にした。一旦、これでベイリーのオーディションは終わりにしよう。そして、テザー先輩にフィードバックをして貰わなければ。
「先輩、どうでした?ベイリーの声。変えた方が良いところとか、逆に全然違うとかあったら、」
言ってください。
そう、俺がテザー先輩の肩に手をかけた時だった。
「もっと」
「え?」
「もっと、して」
「……ベイリーを?」
「うん」
「うん」って。ベイリーじゃなくなった俺に対しても、若干、いや、かなり幼い口調になってしまっている事に、テザー先輩は気付いているだろうか。……多分、無意識だろうな。コレは。
「えーっと、タンタンちゃん」
「それじゃない!ぜんぜんちがう!」
わざと俺が、“サトシ”のままの声で「タンタンちゃん」と口にしてみたが、まぁ一蹴されてしまった。俺の背中に回される手が、ギュッと俺の服を掴む。
このテンション、癇癪を起した時のイーサを思い出す。
まったく、どいつもコイツも。
『タンタンちゃん?』
「べいりぃっ」
またしても、テザー先輩の頭が腹にグリグリされる。フィードバックが必要かと思ったが、どうやらコレでいいらしい。見事、俺は先輩の頭の中に居る“ベイリー”役のオーディションに受かったという事だ。
『タンタンちゃん、よしよし。タンタンちゃんが一番可愛い。今まで寂しい思いをさせてごめんね』
「~~~~っ!べいりぃっ!」
ぐるじいっ!先輩が完全に子供に戻ってしまっている!力加減が!一切なされていない!
『た、タンタンちゃん?俺、苦しいなぁ?』
『べいりぃぃ』
『……う、うん。よしよし』
俺は、その後しばらくの間、テザー先輩に凄まじい力で腹に抱き着かれながら、延々と“ベイリー”をやる羽目になった。
俺はここで一生分の「良い子、良い子」と「よしよし」を言った気がする。
最終的には、俺の喉が活動限界を迎え、声が出なくなった事で俺の“ベイリー”としての時間は終わりを告げた。いや、この時ばかりは声が出なくなって良かったと、ほんの少しだけ思ってしまった。
でなければ、きっとテザー先輩は、あと数刻は俺を離してくれなかっただろう。
「――――」
(はぁ)
バタンと、背中に越しにテザー先輩の部屋の扉が閉まる音を聞いた。窓の外を見ると、大分日が傾いている。
「――――」
(はぁぁぁぁっ!)
呼吸音だけの、深い溜息が俺の口から漏れる。
声が出ない。でも、この後は隊の皆に誘われた飲み会が控えている。だとすれば、一度イーサの元へ行って、また唾液を頂く必要があるだろう。
「――――」
(また、イーサとアレをやるのか)
イーサ、また発情してしまうのだろうか。あぁ、いや。もう逆にイーサは仕方がないのかもしれない。一応、キスという性的接触を持ってしまっているので。
でも、じゃあ、何故!
(テザー先輩まで勃ってんだよぉぉぉっ!)
俺は部屋を後にする際、先輩の下半身が緩く勃ちあがってしまっているのを目撃してしまった事を思い出しながら、その場に座り込んだ。
「――――!?」
俺だって同じ男なのに!俺はお前らの事がちっともわかんねーよ!?どいつもコイツも男相手におっ勃ててんじゃねぇぇ!
(そう、仲本聡志は心の底から思ったのだった)
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