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第3章:俺の声はどうだ!
127:父子喧嘩
しおりを挟む「時間が……ない」
本当に、もう時間がなかった。
それは、ナンス鉱山から“大いなるマナの実り”が採掘される、数日前の出来事である。
その日、マティックは父の元を訪ねていた。
「失礼します。父上」
「ああ」
ヴィタリックの死後。
マティックはまともに父親と関わってこなかった。否、関わってこなかったのではない。関わる事が出来なかったのだ。
「お久しぶりですね。ゆっくり出来ていらっしゃるようで何よりです」
「ああ、お前は忙しそうだな」
「本当に、忙しくて忙しくて倒れてしまいそうです。何をどうしても、時間が足りない」
ヴィタリックが逝去し、親族、そして王宮の要人達へと、続々とヴィタリックの死が報告されていく。
そして、最後には国民に対し王の死が伝えられ、国中が七日間の喪に服す事になる。喪が明ければ、今度はイーサの戴冠式となる。
しかし、その前に事が大きく動きそうだ。
「時間は死人以外には、みな平等に用意されている。無いと感じるのは、お前が時間に使われているからだ。甘えるな」
「ふむ、息子に嫌味が言えるくらい元気になられたようで何よりです」
親子の間で行われる軽い嫌味の応酬。
その調子に、マティックは少しだけホッとした。前王ヴィタリックと、宰相であるマティックの父親は愛人同士だった。
こういった事は、平民でも貴族でも、そして王族でも、よくある事だ。主に、男性優位社会のクリプラントでは、男は愛する者を一人と定める風習がない。
「本日は父上に伺いたい事があってまいりました」
「なんだろうな」
「もう、分かっていらっしゃるのでしょう」
ヴィタリック即位の際、最も傍で尽力し、そして支え続けた男こそ。この、穏やかな表情で窓の外を眺めるマティックの父だ。
「どうやら、ヴィタリック様の死が既にリーガラントへと漏れているようです。しかも、随分前に」
「……ほう」
「ゲットーからの情報によると、既に向こうは進軍の為の軍備を整えている」
「……」
マティックは窓の外を眺める父の姿に、眉を顰めた。確実に、父は知っている。しかも、とてつもなく重要な“何か”を。
マティックはそれを知る為に、今日ここに来たのだ。時間が無い中、わざわざ時間を作り、愛する者の死に打ちひしがれる、無能に成り下がった父の元へ。
「リーガラントがクリプラントに進軍して来た場合、それに対抗しうる軍備もマナも、今の我が国には足りません。兵はナンス鉱山に三分の一は取られ、大いなるマナの実りの採掘に時間を要すれば、そのうちマナも枯渇する」
表向き、クリプラントは何も変わっていないようで、その実、国家の存続をかけた危機的状況なのだ。
「よしんば、幸運にも“大いなるマナの実り”がナンス鉱山から。予定より早く無事に採掘されたとしても、この枯渇直前のマナを軍備などに要してなどいられません。戦争などしていては、いずれ我が国はマナを失い……エルフは魔法を失うでしょう」
国の大黒柱たる前王ヴィタリックの死、兵と資源の不足。
特に、ナンス鉱山は年々、鉱毒マナの発生量が増えてきている。
それはすなわち、ナンス鉱山のマナが枯渇してきているという事だ。それに、今回の採掘任務で、兵にどれ程の犠牲者が出るのかも分からない。
この問題に対し、国は向き合わねばならない岐路に立たされているのだ。
それに加え、隣国リーガラントからの侵略の可能性。
もう、本当にこの国には時間が無いのだ。
「父上、教えてください。ヴィタリック様の死が何故こんなにも早くリーガラントへと漏れているのか!」
「……私が知っているとでも?」
この期に及んでまだそんな事を。マティックは拳を握りしめた。
「父上!貴方は王の右腕とまで言われた男だ!知らない訳がない!ヴィタリック様が最初に病を発病された時、それを知らされたのは貴方だけではなかった。他にもヴィタリック様の病について知っている者が居たのでしょう?」
「……」
「このままでは我が領土は、人間達によって踏み荒らされてしまいます。国民達は国を追われるか、奴隷に身を落とすかもしれない。ヴィタリック様が亡くなったせいで、この国は滅んだなどと言われるのを、貴方は望んでいるのですか!?」
黙り込む父に、マティックは“ソコ”を突いた。
父が最も触れられたくない部分。“ヴィタリックのせい”で国が亡ぶ、という最悪の言葉を。
すると、やはりその言葉を経て、父の顔色が一気に変わるのをマティックは間近に見た。
「……全部ヴィタリックのせいだと言うのか。お前らが全て頼ってきたから、アイツはいつも一人で耐えて闘って来たというのに!」
穏やかの表情から一転して、父はその目に燃え盛るような怒りをたたえ、マティックを睨みつけてくる。
-------この男のせいですね。
マティックは自身が口にした言葉を思い出す。ヴィタリックが逝った直後、父に言い放った言葉だ。
「……父上」
穏やかな顔をしていた。
だから、もう大丈夫なのかと思った。けれど、違った。父は、ずっとヴィタリックに囚われているのだ。そして、それはこれからも変わらないのだろう。
「ヴィタリック……俺は、お前が居なければ……何も成せない」
マティックは思う。
愛とは面倒なモノだ、と。
あの聡明だった父を、ここまで愚かな不自由へと捕らえてしまうなど、なんとも信じがたいモノだ。
「過去の政治の良し悪しは、その後の歴史が決めること。私達はヴィタリック様の“せい”にしない為に、これからの歴史を作るのです!」
「……偉そうに」
「偉そうで結構!地位と権力、そして優秀な頭があればこそ、母国の為に成さねばならぬ事があるのです!そう!昔の貴方のように!」
マティックは思う。
自分は淡々と喋り、じわじわと外堀から埋めるような論戦が得意だ。しかし、このように真正面から相手に自分の全てをぶつけるような論述は得意ではない。
だが、今は成さねばならない。
これは、国家の存亡をかけた“父子喧嘩”なのだから。
「いいから言え!動け!そして、共に働け!このままだと、ヴィタリック様が死んだせいで、国が滅んだなんて事になりかねないぞ!」
「……」
マティックはあらんかぎりの声を出した。
「リーガラントは下手すると数週間後には進軍してくるでしょう!今、情報の漏れた穴を塞がねば、取り返しのつかない事になるんですよ!?」
そう、マティックが肩で息をしながら椅子に座る父に一歩近づいた時だ。それまで閉ざされていた口が、ゆっくりと開いた。
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