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第2章:俺の声はどう?
95:人間の存在意義
しおりを挟む生きるのに必要なモノって色々あると思う。
その中で“娯楽”とは、どれ程重要なモノなのだろうか。
「ねぇ、サトシ?」
「なんだよ。ネタバレならしねぇぞ」
「いや、違くて」
昼の部の“お話会”を終え、俺は現在、いつも通りエーイチと共に岩の上でお喋りに興じていた。その間も、周囲を見渡せば皆、採掘作業に明け暮れている。
やはり、この時間はいつまで経っても慣れない。
けれど、皆の中に広がっていた疲労感やら、ストレスやらは多少なりとも和らいだようだ。表情を見ていれば分かる。
皆、ここでの生活での苦痛にも慣れてきたという事なのだろう。
「僕ね、ずっと考えてたんだよ。どうして僕たち人間はこの採掘作業に連れて来られたんだろうって」
「……あぁ、確かに。そう言えばそうだな」
エーイチの言葉に、そういえば最初はそんな事ばかり気にしていたな、と久々に思い出した。
何も出来ないのにこんな所に連れて来られて。俺たちは一体何なんだ、何の意味があるんだ、なんて毎日毎日、堂々巡りの思考に頭を悩ませたものだ。
「サトシ?もしかして、あんなに気にしてたのに、もうどうでも良くなっちゃったの?」
「……いや」
「いくら、順風満帆な毎日とは言え、思考を放棄してはいけないよ?良い波の次には、必ず悪い波が来るのが人生なんだからね。思考を止めてしまえば、人は停滞してしまう。そうなれば、次の人生の荒波に遭遇した時に、驚くほど簡単に足をすくわれてしまうよ?」
「あ、はい。その通りだと思います」
急に繰り出されたエーイチからの苦言に、俺は受け身を取る準備も出来ずに、真正面から受け止める事になった。
まぁ、受け身を取ったとて結果は変わらなかっただろう。エーイチの繰り出す言葉は、いつも含蓄に満ちた正論だ。
どのみち、俺はぐうの音も出なかったに違いない。
「僕たち人間は、作業の役には立たない。ただ、喋ってろって言われたね。それに対して、僕はここ最近のサトシを見ていて、一つの仮定を立てた」
「なに?」
「さて、それはどんな仮定でしょうか」
「あ、えっと……」
エーイチが人差し指を立て、俺の方へと向き直る。
これは、完全に“先生”のモードに入ってしまった。エーイチは基本的に、いつも問いかけた際に、すぐに答えを与えてくれたりしない。一旦、必ず俺に考えさせる。
まるで本物の先生だ。
「ヒント。人間は作業の役には立たない。でも、逃げられたら困る」
「……えっと」
「ヒント。わざわざ名前付きの首輪を一人一人に用意している。これは逃げた後に、すぐに捕まえられるようにするため。すなわち、そもそも逃げたからと言って殺すつもりはない事が予想される」
「うーん」
「さて、じゃあ最大のヒント。三日前まで、サトシは他のエルフ達からどういう扱いを受けていた?それに対し、サトシはどう感じていた?」
「……」
三日前。すなわち、俺が皆に“お話会”をし始める前まで。周囲のエルフ達がどんな風に俺を扱い、それに対して俺がどう感じていたのか。
「えっと、役立たずって思われて。陰で、色々言われてた……かな。俺はもちろん嫌だったよ」
「だよね?それが爆発したのが、あの日。サトシが“お話会”を始めた日だ。きっと、あの時、サトシが“お話会”を始めなかったら、きっとあのイジメは、今頃もっと酷い事になっていただろうね」
「いや、イジメって……そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。あれは、完全に弱い一人に対して大勢で行われた、れっきとした“イジメ”だ」
エーイチの声が、一気に張りを見せる。
この普段の声との声質の差こそ、エーイチの魅力だと、改めて俺は思った。周囲から「新しい道が見つかったぞー」と、叫ぶ声が聞こえてくる。どうやら、道が二股に分かれていたようだ。
坑道の採掘を進めながら道を進んでいくと、幾重にも道が分かれている。さて、今回はどちらの道へ進むのやら。
「ねぇ、サトシ。認めたくないかもしれないけど、自覚しな」
「何をだよ」
ゴクリ。
喋り過ぎたせいだろうか。少し喉に違和感を感じる。ピリピリとした痛み。あとで、テザー先輩に雪兎を貰ってうがいをしないと。
「あの時、サトシは酷いイジメを受けていたんだよ。サトシ以外の全員が加害者だ……一人だけ、あのテザーさんだっけ?あの人は除くけどさ。あの時は、僕も含め、全員がサトシを地面に転がして、皆で暴力をふるっていたと言っても過言じゃないよ」
「……いやいや、待てよ。エーイチは俺に酷い事なんかしてなかったじゃないか。俺に色々教えてくれたし」
「そうだね。でも、僕はサトシを助けたりはしなかった。むしろ、サトシを隣に置く事で、自分の優位性を皆に示すのに使ったよ。自分がいじめの対象にならない為にね。全ては、自分が生き残る為に。本能的に、そして打算的に」
「……いや、それはさすがに」
「当の本人が言ってるんだよ?サトシ」
「……」
エーイチに言われ、俺は三日前までの自分の状況を改めて思い出した。
別に、俺は皆から“暴力”を振るわれたわけじゃない。暴言だって、あの三日前のあの日までは誰からも受けていない。
別に、俺は何もされていなかった。
でも――。
「ぁ」
-----いーさぁ。もう、あそこ。いやだ。おれ、ずっと役立たずで、イヤなんだ、みんな、おれをイライラした目でみる。いーさぁ、いーさぁ。
おれ、かえりたいよ。
俺は突然記憶の底から湧き上がってきた、微かな感情の残滓にゴクリと唾を飲み込んだ。先程からじわじわと、喉に嫌な感じが続いている。何度も、何度も唾を飲み込んでいるのに、ピリピリした痺れが取れない。
「サトシ、僕達ってね裏で何て呼ばれてるか知ってる?」
「え?」
「【炭鉱のカナリア】だよ」
エーイチの言葉に、俺は首を傾げた。
【炭鉱のカナリア】ソレは一体どういう意味だろう。
「カナリアってね、愛玩用の鳥を指すんだ。綺麗な歌声でさえずって飼い主を楽しませる。弱くて小さな鳥の事だよ」
「へぇ」
「隊長達は僕達に、“喋り続けるように”って言った。それが、カナリアで言う所の“さえずる”って行為に置き換えられたモノだとすれば、まさに僕達はカナリアだね」
エーイチの声には、今や媚びも暖かさもない。
ただ、淡々と働くエルフ達を、冷めた目で見つめている。
「飼い主を楽しませる為の、弱い、弱い、籠の鳥。ねぇ、サトシ。知ってる?人間ってね、金を持った権力者のエルフにとっては、“ペット”として高値で取引されるんだよ?それこそ愛玩動物としてね」
「……え?」
「エルフからすれば、寿命も短いしね。特に男社会のクリプラントでは、“雄”の人間は、本当に使い勝手が良いんだ」
「え?なんで男?」
「そんなの、何をしたって孕まないからだよ」
「っ!」
雄だと、孕まない。つまり、妊娠しない。
そりゃあそうだ。子供を産むのは女の人だ。男は妊娠しない。その通り。
その当たり前の事実と、このタイミングで出てくるその単語に、俺は何度目か分からない程に、唾液を深く飲み下した。
「サトシって世間知らずだからさ、一応確認の為に言っておくけどね。このクリプラントで最も重い罪って何だか知ってる?」
「……さ、殺人とか?」
「違う」
エーイチは、エルフ達を見つめていた目を、スルリと俺に向けた。
「エルフと人間が、子供を作る事だよ」
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