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第1章:俺の声は何!?
42:ネックレスの意味
しおりを挟む街の喧騒は、夜が深まると共に更に激しさを増す。酒が体に染みわたってきた頃なのだろう。酒飲み達は、皆楽しそうだ。
「あ……お、おい」
「なんですか。先輩」
そして、俺の隣に立つ先輩も、先程の情報がしっかりと脳に染みわたってきた頃なのだろう。今まで震えていた背中が、次の瞬間、ピタリと音もなく静止した。先輩は、楽しくなさそうだ。
「お前……ポチって。まさか、昨日の給仕は……」
「テザー先輩。訓練で必要なモノを教えてくださいよ。俺、買い出しの後、行くとこ出来たんで」
「いや!待て!説明が先だ!それに、さっきのアイツ!アレは、あの店の息子だろう!何故、俺の事を知っている!?」
「……えぇ」
あぁ、もう面倒な事になった。
物凄く簡単に、「店で酔いつぶれていた所を介抱し、連れて帰って来た」という事しか伝えていなかったせいで、先輩の羞恥心がイチから復活してしまったらしい。
「何故って……まぁ、シバと一緒に先輩の介抱をしましたし。あの店の風呂で」
「アイツと!?店の風呂だと!?」
「はい」
「お前が、俺を部屋の風呂に入れてくれたんじゃないのか!?」
「さすがに俺一人じゃ、寝ゲロした先輩の介抱なんか無理っすよ。俺を何だと思ってるんですか。体の大きさを考えてくださいよ」
言いながら、俺は両腕を広げテザー先輩の前へと立ちはだかった。体躯の差は、火を見るよりも明らかだ。だいたい、エルフと言う奴は、ドイツもコイツもデカすぎる。なんだ、寿命が長い分、成長期も長いのか。
「っくそ!勝手な事を……!」
「そうは言うけどなぁっ!あの格好のまま、宿舎に連れて帰ってたりしたら、困るのは先輩の方だったんじゃねぇのかよ!?良かったのか!あの格好を皆に見られても!」
「っぐ」
「つーか、そもそも悪いのは泥酔した先輩の方だろうが!責任転嫁すんな!」
「それは……確かに、そうだが」
至極真っ当な俺からの切り替えしに、先輩は悔しそうに眼を伏せた。未だにその肌は、泥酔した時のように真っ赤だ。
再び見る事は叶わないと思っていた先輩の赤面に、俺は「いや、もういいわ」と本気で思った。
正直、もう先輩の羞恥心に付き合っている暇はない。俺には、行かなければならない場所があるのだから。
「先輩。大丈夫ですよ。多分、シバも誰かに言いふらすようなタイプじゃないですし」
「……そんなの、知れた事か」
まだ、隣でモゴモゴと顔を赤くしたまま口ごもるテザー先輩に、俺は深く溜息を吐いた。
「別に、あの姿の先輩が皆にバレたからって、大した問題じゃないと思いますけど」
「大問題だ!」
「少なくとも俺は、アレが本当のテザー先輩でも今が本当のテザー先輩でも、別にどっちでも構わないし」
「ックソ!……他人事だと思って」
そう、苦し気に先輩の口から放たれた言葉に、俺は、何を当たり前のことを言ってるんだと、呆れるしかなかった。他人事。まさにその通りじゃないか。
「そうです。他人の事なんて、周囲はその程度の認識しかないんです。自意識過剰で周囲の目を無駄に気にし過ぎてしまうと、長い人生、生きるのが辛くなりますよ。あらゆる最悪を想定して、気楽に構えていきましょうよ」
「知った風な口を……」
「まぁ、生い先短い人間からの人生への助言だと思って、素直に聞いてみてくださいよ」
「……」
自分が思っている以上に、他人は他人に対し、驚くほど無関心だ。そして、まさにそれを証明するように、先輩は、俺に生じた一つの大きな変化にも、一切気付いていない。
ほらな。
「どっちが本当のテザー先輩なのかは、俺は全くわかりませんが……まぁ、昨日のテザー先輩の声も、なかなか良いと思います。俺は好きです」
「……声、か」
「普段から、あのくらい声を張ったらいいのに。それだけで、意外とスッキリするかもしれませんよ」
言いながら、俺はソッと自分の胸へと手をやった。小くて固いモノが、手に触れる。
そう、先輩が羞恥に苦しんでいる間、俺は内ポケットに隠していたイーサからのネックレスをコッソリ首にかけてみたのだ。ちょうど、国章のモチーフ部分は服の下に隠れて見えない。見えるのは、あっさりした作りのチェーン部分だけだ。
「……もういい、行くぞ」
「どこへ?」
「……訓練で必要なモノを揃えるのだろう」
そう言って、突然歩き始めた先輩に、俺は慌てて先輩の背中へと振り返った。遅れをとる俺に「早く来い」というテザー先輩の声が響く。心無しか、喧騒の中でも、いつもより先輩の声がハッキリ聞こえる気がした。
「うん、いいじゃないか。そう、仲本聡志は、未だに首筋に赤みを残すテザーに思った」
さっそく、僅かではあるが声を張る事にしたらしい。
思ったより素直だ。
「先輩、買い物の最後でいいんで、美味しい甘いモンを売ってる店も教えてもらっていいですか」
「……っは。イーサ王子への貢ぎ物か?働き者だな」
「違う。貢ぎ物じゃない」
「へぇ、じゃあ何だというんだ」
そう、先程の仕返しのつもりなのか、少しだけ厭味を含んだ言葉が返される。
それに対し、俺は服の下に隠れていたネックレスを取り出すと、自身の胸の前へと突き出した。
「貢ぎ物じゃなくて……“お返し”だよ」
「っな!」
「かっこいいっすよね、コレ。それに、おしゃれだ」
「お前……ソレは、まさか。そのネックレスは、」
「イーサがくれた」
「……!」
俺が口にした瞬間、先輩の瞳が驚愕の色に染まった。
もしかして、コレってやっぱり結構凄いモノだったりするのだろうか。キラキラと輝いてはいるものの、その輝きにすら、そこはかとない“品”が感じられる。さすがに俺の取ったガチャガチャの玩具とは違う。
コレは“本物”だ。
「きれいだなぁ」
別にこのネックレスを見られても構わない。テザー先輩に「取り入っている」って思われてもいい。他の誰に、何を思われてもいいんだ。
俺とイーサのこれまでが変わる訳ではない。
俺達の関係に、他人は欠片も関係ない。割り込めない。だって、俺達は、この沢山の人々が生きる世界にいて“孤独”で繋がったんだ。
たったそれだけの答えに辿り着くのに、こんなにも時間がかかってしまった。
「綺麗だなぁって……!おい!サトシ・ナカモト!お前は、王家の方々から、身に付けるモノを賜るという事の本当の意味を、分かっているのか!?」
「さぁ」
「さぁ、だと?あり得ない……こんなヤツに。しかも、ネックレスなんて……」
「ご褒美なんだってさ。バカだよなぁ。こんな綺麗なネックレス。俺には、とてもじゃないけど似合わないのに」
似合わないけれど、もう、コレは俺のだ。だって、イーサが俺にってくれたんだから。もう、返すなんて、いらないなんて――。
「サトシ・ナカモト……お前の目的は何だ」
絶対に言わない。
「テザー先輩」
俺は、その小さなネックレスに自分自身を写し込んでみた。そこに映るのは、見慣れた俺の姿。イーサになれなかった“仲本聡志”が、そこには居た。
「俺は、イーサの声が……聴きたいんだ」
なぁ、イーサ。
お前は、どんな声なんだ?
どんな風に話す?
どんな息遣いで、何を想い、何を語る?
イーサ。俺は、お前の事が全部知りたいよ。
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