【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
20 / 284
第1章:俺の声は何!?

13:誰の金言?

しおりを挟む


「肉と野菜の溶け込んだ旨味たっぷりの濃厚なスープ。そのスープを旨味ごとしっかりと含み、重みと柔らかさの増したパン……はぁっ、これほどまでに、スープの全てを取りこぼす事なく口に運び込める食材が、他にあるだろうか……いや、ないっ!」

 腹に吸い込んでいた空気を、一気に吐き出す。あぁ、俺の声に耳を奪われ、きっとアイツらの口の中は、唾液でいっぱいになっている事だろう。

「むぐむぐむぐ」

 わざと咀嚼音を口にするのも忘れない。
 あぁ、金弥と料理アニメの台本も書き起こしておいて良かった。料理アニメというのは、ほぼ過剰過ぎる食レポで、その台詞の殆どは埋め尽くされている。普通のアニメとは、演技の仕方も異なるのだ。

「はぁっ、んっ。口の中で、肉が溶ける……野菜は形を保ってはいるが、芯まで味が染みこんで歯がスルリと通る……あぁっ、いいっ」

 そう、俺は出来るだけ官能的に聞こえるように声を出す。官能さは、声を出した後の呼吸に色気という余韻を込める事に他ならない。

「はぁぁっ」

 なにせ『食欲は三大欲求の一つ!だから、食レポは食べ物とのセックスだと思え!放つ言葉は睦言と嬌声だ!』である。
 そう、これは確か、えっと……誰の金言だったっけ。


-------サートシ!食レポ演技は食事と自分のセックス中の嬌声だと思えって、戸塚さんがインタビューで答えてる!だからさー、そんな感じでお手本見して!
-------マジか!さすが戸塚さん!含蓄スゲェ!カッコ良過ぎじゃん!それ、どの雑誌に書いてあんの?俺も読みてーな!
-------あ……えっと、今度、雑誌持ってくるわ!うん!ガンチクすげーよ!
-------忘れんなよ!?絶対だかんな!
-------オッケーオッケー!じゃ、ハイ!サトシ―!お手本見して!


「……クソ。そういや、キンのヤツ。結局、戸塚さんの雑誌持って来なかったよな。何回言っても忘れてくるし」

 そう。結局、頭スッカラカンの金弥のせいで、実際のインタビュー記事を見る事は敵わなかったのだ。しかし、その言葉は、今も俺の血肉となって生きている。
そう、この美味い食事のように!

「……食レポはセックスの嬌声。シビれる言葉だ」

 あぁ、人生で無駄な事など何一つない。
まさか、俺の食レポで、俺を馬鹿にしていたヤツらの鼻を明かす事が出来るなんて、思ってもみなかった。

「はぁっ、うんまぁっ……って、イテッ!」

 そう、俺が留めの一発を食らわせようとした時だった。
 後頭部に、凄まじい衝撃が走った。

「気色の悪い声を上げながら食事をするな。まったく、卑猥にも程がある。……これだから人間は」
「テ、テザー先輩」

 振り返ってみると、そこには片手で盆を持ったテザー先輩が、その美しい手を拳にして立っていた。どうやら、先輩に殴られたらしい。グーで。なんて拳の似合わない人なんだ。

「オイ、人間。掲示板。今度はちゃんと見ておけよ」

 そして、それだけ言うと、俺の返事など知った事かとでも言うように、いつも彼が腰かける窓際の席へとスルリと歩いて行った。俺もボッチメシだが、先輩もいつも一人だ。
テザー先輩は、誰ともツルまない。

「……はぁ、掲示板って」

まぁ、明らかにうるさいのが苦手そうなので、納得がいく。それに見た目の問題もあってか、俺だと“ボッチ”だが、テザー先輩の場合は“孤高”と表現したくなる。

どいつもこいつも美しいと言えるエルフの中で、テザー先輩は頭一つ抜けていた。首筋辺りで一つに結われた銀色の髪の毛が、太陽の光を反射して、彼の横顔を照らす。
放つオーラは静寂そのもの。静かだ。

「……つーか」

 俺はキラッキラのテザー先輩から、食堂の脇に大々的に設置されている「掲示板」にチラと目をやった。

「掲示板って言われてもさぁ」

ここから見た限り確かに、何か大々的なお知らせが掲示してあるのが見える。

「読めねぇんだもんよ」

 誰かに聞けば早いのかもしれない。それこそテザー先輩に……と、再び窓際の席に腰かける先輩を見て、完全に心が折れた。

「……うん、ムリ」

 完全に、誰も話しかけるなオーラを出している。出し続けている。しかも、絶え間なく。
更に難攻不落な事に、それを放たれているのは俺だけではない。周囲の全てに対して出している。この明らかに強固なシールドをブチ破って、自ら話しかけに行けるのは、空気を読めないバカか、敢えて読まない勇者だけだ。

 そう、山吹金弥のように!

-------今日の講師、飯塚邦弘さんじゃん!スゲェ!なぁ、サトシ!どうやったら上手に格好良い声出せるか聞きに行こうぜ!
-------いやいやいや!やめろっ!馬鹿か!?お前!飯塚さんは俺達なんかが話しかけて良い人じゃねぇよ!?
-------なんで?飯塚さんは“声優界のお父さん”なんだろ?だったら、新人の俺らは子供じゃん!お父さんは子供に色々と教えてくれるモンだって!行くぞ!
--------ちょっ!手ぇ放せ!ありゃどう見ても“お父さん”のテンションじゃねぇだろ!“ドン”だ!“ドン”!クソっ!行くなら一人で行けよ!?この馬鹿っ!だから、やめろって!あ゛ーーーっ!


 山吹金弥は、二つの性質を同時に兼ね備えていた。
そう、金弥は空気を敢えて読まない、馬鹿な勇者なのである。

「そして、仲本聡志は、そのどちらでもない。ただの凡庸な一般人だ……う、うめぇ。ほんとに美味い」

 あぁ、クソ。
食事が余りにも美味すぎて、掲示板に集中できない。

「いや、待て集中しろ。仲本聡志はパンをスープに浸しながら必死に考え続けた……いやぁ、うめぇ」

唯一話しかけられる先輩があの調子なら、馬鹿にするだけの他のエルフ達など、最早論外だ。
 クソ、なんだこの職場。新人に何も教えてくれないなんて、誰も続かねぇぞ。

「他に、俺が唯一話しかけられるのは……」

 俺は最後のパンとスープをひとかきで口の中に流し込むと、空になった皿をカタンとテーブルに置いた。


「“アイツ”しか、居ない」


 俺はそのまま、食べ終えた食器を食堂の返却口に置くと、周囲から未だに付きまとう視線を振り払うように息を腹に溜め込み、そして一気に吐き出した。

「ご馳走様でしたぁっ!」

 俺は、外で飯を食った時、必ず店員さんに「ご馳走様でした」と言うようにしている。特に強い信念や、信条がある訳ではない。幼い頃から、そう母親に躾けられてきたから、癖なだけだ。

 普段なら、囁くように口にするその美味い食事への謝辞。それを、今回は少し……いや結構大きめに口にした。そしてもう一言添えて口にしてみる。

「っふぅぅぅっ」

また周囲のエルフ達からバカにされるかもしれないが、これは、ある種の気合である。
俺は、気合を入れねばならぬのだ!

「今日も、めちゃくちゃ美味しかったですっ!」

 返却口の向こう側。誰が居るのか、そもそも誰か居るのかも分からない空間に向かって、俺は叫んだ。
 そんな、俺の高々とした声に、周囲のエルフも、そして静かに窓の外を眺めていたテザー先輩も、一斉に俺の方へと視線を寄越した。

「なんだ、アイツ」
「誰に向かって言ってんだ?こわ」
「つーか、ゴチソウサマデシタってナニ?」
「人間ってヤベェな」
「さすが、短命。もう寿命かもな」
「……」

 ザワつく周囲。集まる視線。顔と頭に一気に集まる羞恥心という高熱。

「そうっ、彼は馬鹿な勇者になどなりきれない仲本聡志である。故に、彼は周囲から向けられる全てを振り払うように、胸ポケットから記録用紙を取り出すと、大股で掲示板の前へと向かったのだった……!」

 バカにしたけりゃすればいい!
 ボッチの俺には、決して孤高などではないボッチの王子様しか、この夢の中で頼れる相手は居ないのだ!



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

関係転換学各論A

はいじ@書籍発売中
BL
スゲェイケメンが来てから、それまで学校1のイケメンポジションに居た普通のイケメンは女子から睨まれ、男子から憐れまれる。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき
恋愛
 服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。  そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。     その額、三千万。    到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。    だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……  

処理中です...