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第1章:俺の声は何!?
9:声優界の父
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「人魚姫、人魚姫……」
食事の後、俺は頭の中で【人魚姫】の語りを脳内で作り上げながら、自室に戻るべく訓練所の脇を歩いていた。今日の部屋守は昼から明日の朝にかけての夜勤だ。イーサの部屋に行く前に、まだ、少しだけ時間がある。
「番組では、どこから語り始めてたっけなぁ」
そう、物語を語るには、語る事以外も色々と考える時間が要るのだ。
「……つーか。イーサは海を知ってんのかな……。確か、クリプラントは森に囲まれた聖域って設定だし……知らなかったら、そこから説明いれねぇと。だとすれば、情景描写から……」
実は俺、地味に部屋でお話会の為の台本を作っていたりする。
しかも、軽い“ト書き”込みのヤツ。
「そう、仲本聡志という男は、凝り始めると、とことん凝ってしまう性質なのだ」
声優は声だけとは言え、やっている事は役者と同義だ。
養成所時代も、アドリブによる即興劇やダンス、果ては自己解放まで、ありとあらゆる事をやらされてきた。
聞いてるヤツがたった一人とは言え、あそこまで感情移入して聞いてくれている相手に、手など抜けよう筈もない。
「故に、周囲からは面倒臭いヤツ……と言われる事も、しばしばだ」
今や懐かしいとすら思える思い出に、俺は思わず苦笑してしまった。
昔、金弥との即興劇で、通行人の設定まで細かく凝り始めた俺に『そこまでやる必要なくね!?』と、酷く金弥を戸惑わせてしまった事もあった。他にも色々、言い出したらキリがない。
「だって気になってしまうのだ! 仕方がない! 仲本聡志はそういう面倒臭い男なんだ!大雑把なお前とは訳が違うんだよ!キン」
俺は胸ポケットから取り出した記録用紙を取り出し、サラサラと思いついた設定を書き込む。
すると、そんな俺の耳に、ジワリと物憂さげな声が入り込んで来た。
「おい、人間」
「はい?」
記録用紙から顔を上げる。
そこには、最初に俺をイーサの部屋へと案内してくれた、あのアンニュイな声の先輩エルフの姿があった。
今日も今日とて、じっとりとした声だ。褒めてる。完全に褒めてます、コレ。
名前は確か、
「なんですか? テザー先輩」
この先輩エルフが俺に話しかけてくるのは、“あの日”以来だ。
まぁ、特に理由はない。
あの日以来、俺はただ黙ってイーサの部屋から自室を行ったり来たりしていただけなので、特に絡む機会もなかっただけだ。
「何ですかじゃない。お前、今日は今からヴィタリック王の定時演説の日だろうが。何を部屋に戻ろうとしている。表に整列しろ」
「ヴィタリック王の……ていじ、えんぜつ?」
「……お前、掲示板を見ていないのか?」
「あぁー。確か……そうでしたね!すみません!」
「……」
俺の適当な返しに、先輩が怪訝そうな視線を向けてくる。その目は、完全に「本当に分かっているのか」と、疑いの色が濃く現れていた。そりゃあそうだ。
そんな定時演説のお知らせの書かれた掲示板の事など、俺はまったく知らなかった。
なにせ、
「仲本聡志は、この世界の文字が一切読めないのだ」
「……早く整列しろ。お前に何かあると、俺にまで飛び火する」
察するに、どうやらテザー先輩は俺のお目付け役らしい。いつも、必要最低限の世話だけは焼いてくれる。いや、ほんと最低限過ぎて、世話を焼かれている気は一切しないのだが。
こんなのがバイト先の先輩だったら、きっと秒速で辞めてる。
辞めれるモンならな……。
「おい、早くしろ」
「……ハーイ」
言われるがまま、寄宿舎の脇にある騎士達の集まる広場へと向かう。もうそこには大勢の、青い隊服に身を包んだエルフ達が揃っていた。
どいつもこいつも美しい見目だ。まぁ、全員綺麗すぎて、最近は何も思わなくなってきた所だ。
あぁ、俺の目。美人を見るのがデフォになるつつある。自分の顔を見た時、絶望しないようにしねーと。
「てか、こういう時に困るよな。文字がわかんないと」
普通、夢の中なら都合良く異世界の文字も読めそうなモノなのだが、どうやら俺の夢はそこまで俺に優しくないらしい。
なんでだよ。俺の夢くらい、俺に優しくあれ。
ゲームの中の主人公は、いつも、何のツッコミも描写もなくアッサリと文字を理解していたというのに。
「……羨まし過ぎんだろ」
まぁ、それが主人公補整というモノだろう。俺のようなモブ騎士に、そこまでの補正なんか入る訳もない。
「……まぁ、喋れるだけマシと思うか」
これまでは、イーサの部屋守として、ただ立っているだけの仕事しかなかったので大して困る事はなかったのだが。そうか、こういう時に困るのか。
つーか、そんな事よりも。
「仲本聡志には、引っかかる事があった」
それは、先程テザー先輩が口にした、ヴィタリック王の定時演説、という言葉。
ヴィタリックは、イーサの父親にあたる、セブンスナイトでも初代から名の出てくる、名君と名高いクリプラントの国王だ。
シリーズ一作目と、二作目。
人間国である、リーガラント側からプレイすると、彼は完全にラスボスだ。圧倒的な強キャラとしての印象しかない。
しかし、それが三作目のエルフ国側であるクリプラント側からプレイするとガラリとその印象が変わる。
彼は、苛烈な英雄でもあり、聡明な名君でもある。そして、国民にとっては優しい父でもあるのだ。
そして、そう不自然なくプレイヤーに思わせられたのは、一重に声優の力だと、俺は思っている。
「なにせ、声優があの巨匠と名高い飯塚邦弘さんなのだ」
飯塚 邦弘。
いいずか くにひろ。
巨匠も巨匠。
まだ声優なんて職業の名が付く前から、この特殊な演技の世界に身を置いてきた、本物の声優界のドンだ。
彼の、声だけで相手を圧倒させるその演技力と、多彩なキャラを演じ分ける力は、最早神業と言ってよかった。
「……飯塚さん、凄かったなぁ」
一度、養成所のレッスンに飯塚さんが来てくれた事がある。
しかし、そのあまりの大御所感と、彼の醸し出す雰囲気に、正直レッスンどころではなかった。緊張感と恐怖で、声が震えた。
「天と地という言葉の距離感を、あそこまで明確に目の前に叩き出された事は、後にも先にもあの時だけだ。仲本聡志は、その距離感に、その日は完全に絶望した。けれど、」
天と地を、あれほどまで見事に痛感させてくれる相手というのは、そう存在するモノではない。故に、仲本聡志は……俺は、
「心から、感謝もした」
それが、飯塚邦弘という声優だ。
「ただ、けれど……コレはどう考えても……おかしい」
≪愛するクリプラントの子供達よ。元気にしていただろうか≫
空気が震えた。
その声に、俺の背筋がピンと伸びる。俺だけではない、周囲のエルフ達もそうだ。その目には、明らかな信頼と、尊敬の眼差しが宿っている。
そう、そこから聞こえてきたのは、確かに“彼”の声だった。
彼が、このセブンスナイト4に出て来る筈がない。
だからこそ、クリプラントの国王は、初代作品から君臨し続けたヴィタリックから、イーサへと世代交代した筈なのだ。
なにせ、飯塚邦弘は、彼は、
≪神の加護が我々とともにあらんことを≫
「二年前に、もう亡くなってしまっているのだから」
その優し気で、けれど長きに渡る王として腰を据えてきた重厚感のある声に、俺はまるで目の前で天と地を見せつけてきた、あの日の“飯塚邦弘”を、ハッキリと思い出したのだった。
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