上 下
14 / 19

14:ド底辺鬼の遅れたご帰還!

しおりを挟む


 らっくちゃんに「鬼は外」されて、どれほどの時間が経っただろうか。今や、冬将軍が憚っていた季節は過ぎ去り、辺り一面花の咲き乱れる春の頃となっていた。

「やっと、やっど……がえっでこれた」

 俺はおおよそ二月ぶりになる懐かしい古い家屋を前に、自然と涙が零れ落ちるのを止められなかった。固い混凝土(コンクリート)の上に、シトシトと涙の雨が降り注ぐ。
 たった二月。されど、人生の殆どをこの家から出たことのなかった俺からすれば、生まれてからこれまでに匹敵するほどの、長い長い二月だった。

「あ゛ぁっ。うぁぁ」

 あの日、らっくちゃんに「鬼は外」された俺は、凄まじい勢いで吹き飛ばされ、そのまま京の大江山まで飛ばされてしまった。どういうワケか、節分に「鬼は外」された鬼は、すべからくこの山に吹き飛ばされる。

「っひぐ、っひぐ……おおえやま゛、ごわがっだぁ」

 大江山は鬼の統領、酒呑童子様のいらっしゃる神山で人里に住まない鬼の殆どはここで暮らしている。特に節分には各地から「鬼は外」された鬼が飛ばされて来るため、大江山の鬼人口が最も過密になる日だ。

--------やーん!ひさしぶりじゃーん!
--------やばぁっ!何年ぶりだっけ?
--------お前、今どこに住んでんの?えっ、海外?まさかお前吸血鬼になったん!?

 むしろ、自ら人間に「鬼は外」されて、大江山で年に一度の大規模同窓会に来る鬼まで居る。もちろん、そういう鬼達はすべからく優勢(パリピ)の鬼だ。俺をイジめて福の神様の怒りを買った優勢(パリピ)の鬼の男女も居た。

 しかも、それだけではない。
 森の中央では酒呑童子様が虚像発信者(ブイチューバ―)小娘鬼のあばずれちゃんと生配信をしたり、有名な歌い手の鬼が代わる代わるステージに上がって歌声を披露したりしていた。噂には聞いていたが、これが祭礼(フェス)というヤツか。
 歌ったり踊ったり、果ては周囲もはばからずまぐわい、盛大に子作りを始める周囲に、俺は逃げるように下山した。

「……あんな怖いとこ、ずっと居れないよ」

 そこから、帰り道も分からないまま、俺は懐かしい住処の感覚だけを頼りにぽてぽてと朝晩関係なく歩き続け―――。

 やっとの事で、慣れ親しんだこの場所に帰ってきたのだ。

「……帰って来たけど。でも、どうしよう」

 一度「鬼は外」された家に再び家(ウチ)に入る為には、家主の許可が要る。その「許可」というのが何なのかはよく分からない。でも、許可がなければ敷居を跨ごうとした瞬間に家から弾き飛ばされ大江山に返されてしまう。

「許可って、なんだよ」

 また吹き飛ばされたら、俺は一体どうしたらいいのだろう。そうなったら大江山に住むしかないのだろうか。

「そんなの、ぜったいにいやだ」

 二月間、裸足で歩き続けた足はボロボロでこれ以上歩けそうもない。新しい住処の目途もない。そうやってしばらくどうしようかと玄関の前でウロウロしている時だった。

「ふぇ、っふぇ、っふえぇぇ」

 家の中から、聞き慣れない赤ん坊のような泣き声が聞こえた。

「……らっくちゃん?」

 いや、らっくちゃんにしては泣き声が弱弱しい。これは生まれたての赤子の声だ。

「また、別の孫が来たのかな?」

 でも、お婆さんにはあの「だっど」と呼ばれていた息子以外には、子供は居なかった筈だが。

「じゃあ、この声は誰だ?」

 そう、俺が頼りない赤子の声につられて思わず玄関の戸に手をかけた時だった

「ありゃ?」
「っ!」

 後ろから少しとぼけた優し気な声が聞こえてきた。振り返ると、そこには懐かしいお婆さんの姿があった。どうやら公民館の寄合を終えて帰ってきたところらしい。

「ありゃりゃ、鍵はどこだろうねぇ」
「……か、鞄の内側のポケットに、いつも入れてた、よ」

 思わず答える。すると、ちょうど良いタイミングでお婆さんの顔が笑顔になった。

「そうだったそうだった、ここに入れたんだった。すーぐ忘れっちゃうねぇ。これだから、おばあちゃんは嫌ねぇ」
「い、いやじゃないよ。お婆さんは……すごく、すごく良い人だよ」

 いつも、甘いものを買う時、俺(オニ)の分まで用意してくれた。この人のお陰で、俺は雨風をしのぎながら、これまで安心して生きてこれたのだ。あんな恐ろしい大江山に行かずに済んだのだ。

「お婆さん、今までありがとうございました」

 ぜんぶ、ぜんぶ、この人のお陰だ。

「これでようやっと、家に入れるねぇ。良かった良かった」
「……ん、良かったね」

 おばあさんは俺の隣で鞄から鍵を取り出すと、ゆったりとした動作で家の鍵をガチャガチャと開け始めた。もちろん、お婆さんには俺の姿なんて見えていない。お婆さんの独り言はいつもの事だ。

 ガチャン。ガラガラ。
 玄関の扉がゆっくりと開かれた。

「ただいまぁ」

 そう言って家の中へ入ったお婆さんは、こちらを振り返ってジッと此方を見つめた。何故か、戸を閉める気配はない。
 穏やかなお婆さんの表情に、とある言葉が自然と俺の口を吐いて出た。

「た、ただいま?」
「はぁい、おかえりぃ」

 その瞬間、俺はなんとなく悟った。俺は「許可」を得たのだ、と。おそるおそる玄関の敷居をまたぐと、思いのほかあっさりと部屋に入る事が出来た。

「……入れた」

 お婆さんは玄関を締める事なく、そのままスタスタと居間の方へと向かった。

「あ、ありがとう」

 お婆さんには俺の姿も声も聞こえない。だから、言っても伝わらない。そう、分かっちゃいるけど、でも伝えずにはいられなかった。
 「おかえり」も「ただいま」も、そして「ありがとう」も。言葉は、相手に伝わるかはさほど重要な事ではない。

 言霊は、口にする事がなによりも大切なのだ。

「っふぇ、ふぇふぇ」
「……あ」

 そうだ、赤子の声がするんだった。でも、これはどうやら人間の子供ではないらしい。だってお婆さんにはこの声が聞こえていないようだから。

「お、お座敷の方から聞こえる」

 おそるおそる声のする方へと向かう。
 じょじょに泣き声がハッキリ、そして大きくなっていく。座敷の扉を開くと、そこには変わらずお爺さんの祭壇がある。

「っふぇっふえぇ」
「……あ、あそこは」

 お座敷の一番奥。古いお客さん用の布団の仕舞われたふすまの向こうから泣き声は聞こえてきた。ハッキリと聞こえるその声だが、やはり弱弱しい。俺は慌てて駆けだすと、勢いよくふすまの戸を開けた。何故か、急がねば!と思ったのだ。

 タタタタ、スパン!

「あっ!」

 開けた戸の先で泣いていたのは、真っ白なおくるみにくるまり、たくさんの組立人形(フィギュア)に埋もれて泣き喚く――

「ふ、福の神様っ!」
「っふにゃぁ、ふにゃぁっ」

 掌サイズの小さな小さな赤子となってしまった福の神様だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

婚約者の彼から彼女の替わりに嫁いでくれと言われた

クロユキ
恋愛
子爵令嬢フォスティヌは三歳年上になるフランシス子爵を慕っていた。 両親同士が同じ学友だった事でフォスティヌとフランシスの出会いでもあった。 そして二人は晴れて婚約者となった。 騎士への道を決めたフランシスと会う日が減ってしまったフォスティヌは、フランシスから屋敷へ来て欲しいと連絡があった… 誤字脱字があると思いますが読んでもらえたら嬉しいです。不定期ですがよろしくお願いします。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

妹の元カレが「お兄さんのほうがかわいい」とべた惚れで欲情するんだが

ルルオカ
BL
よりを戻したいと、懸命にすがってくる妹の元カレ。 とにかく顔が好きらしく、妹と顔が似ている彼は複雑な心境だったが、気がつけばラブホで・・・。 3000字前後のアダルトなBLショートショートです。R18。 この小説を含めて現代もの、ファンタジー、異世界もののBL短編8作を収録したのを電子書籍で販売中。 詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。

【完結】推しに求愛された地味で平凡な俺の話

古井重箱
BL
【あらすじ】沢辺誠司は実家の酒販店で働く27歳。シンガーソングライターの貝塚響也の火力強めのファンである。ある日、ひょんなことから沢辺は貝塚のピンチを救う。そのことがきっかけで沢辺は貝塚に惚れられる。「全力でお断りします! 推しと同じフレームに俺みたいな凡人が収まっちゃダメでしょう!」「推しじゃなくて、ひとりの人間として僕を見てほしい」交流するうちにやがて、沢辺は貝塚を意識し始める。 【注記】独占欲強めの繊細王子様×自分の殻を破りたいと願う平凡くん。【掲載先】自サイト、ムーンライトノベルズ、pixiv、エブリスタ、フジョッシー、カクヨム(全年齢版)

すべては俺の野望のために

かい
恋愛
わがままお嬢様と復讐の機をねらう使用人の話。 シリーズもの。上から順番に読むことを推奨しています。 ※ R18指定。無理やり表現あり。苦手な方はご注意ください。 物語の中で交通事故の描写があります。決して揶揄(やゆ)や正当化するものではありません。 ご不快になられた方には大変申し訳ございません。 また、お話の中で未成年の飲酒が含まれていますが、お酒は二十歳になってから飲んでくださいね。お願いします。 主従×愛憎×鬼畜

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

〜幸運の愛ガチャ〜

古波蔵くう
ライト文芸
「幸運の愛ガチャ」は、運命に導かれた主人公・運賀良が、偶然発見したガチャポンから彼女を手に入れる物語です。彼の運命は全てが大吉な中、ただひとつ恋愛運だけが大凶でした。しかし、彼の両親が連れて行ったガチャポンコーナーで、500円ガチャを回したことで彼女が現れます。彼女との新しい日々を楽しむ良ですが、彼女を手に入れたことで嫉妬や反対が巻き起こります。そして、彼女の突然の消失と彼女の不在による深い悲しみを乗り越え、彼は新たな決意を持って未来へ進むのです。

処理中です...