11 / 21
11:ド底辺鬼の長い長いお留守番!
しおりを挟む福の神様が出雲へ出て三日が経った。
まだ、たったの三日だ。まだ半分も経っていない。
「……いち、に、さん。やっぱり三日だ」
俺は居間の壁に引っ掛けられた暦表を見ては、何度も何度も福の神様が出て行ってからの日付を数える毎日だった。今、お婆さんは家に居ない。多分、いつものように公民館の寄合に行っているんだと思う。
「福の神様は出雲へ行くと言っていたけど、出雲って一体どこなんだろう。ここから、どのくらい離れているのかな。古い大きな社で凄い神様が居るところ、ってあの箱は言ってたけど……」
ちょうど、福の神様が出て行ったその日。こたつに入って寝こけてしまったお婆さんを布団に運ぼうと部屋に忍び込んだ時だった。俺は福の神様の言っていた「出雲」なる場所について初めて知った。
≪出雲大社は、日本最古の神社のひとつであり、縁結びの神様として知られる大国主大神を祀っています。毎年10月には全国の神々が集まる神在祭が行われることでも有名です≫
いつもお婆さんが観ている四角い箱から「出雲」という言葉が聞こえてきて、俺はピョンと体が跳ねるのを止められなかった。その箱の中には、出雲大社と思われる大きな社が映し出されていた。
ここに、福の神様が居るのかと、思わず四角い箱に釘付けになる。
≪もうすぐ行われる節分祭では、出雲大社でも豆撒きが行われます。鬼を追い払い、福を呼び込む伝統行事として、多くの参拝者が参加します≫
続いて流れてきた説明に再びピョンと体が跳ねる。
そうだ、そうだった。そろそろアレの季節だ。「鬼は外、福は内」の季節。
俺は箱の説明を聞くのが嫌で、そのままお婆さんを寝床の部屋まで運んだ。だから、それ以上詳しく「出雲」の事は分からない。
「もうすぐ節分なのに、この家には福の神様は居なくて、鬼の俺が居るなんて……ヘンテコだ」
俺は暦表に「節分」と書かれた日を眺めながら、なんだかとても寒々しい気分だった。まぁ、実際に季節は冬で寒いのは当たり前なのだけれど、なぜだからいつもの寒さとはワケが違う。
「福は内なのに……鬼は外なのに」
節分の日も、福の神様は出雲だ。
お婆さんしか居ないこの家には「節分」は関係ない。だから鬼の俺が祓われる事もなければ、福の神様のご機嫌を損ねて追い出される事もない。
それは良い事の筈なのに――。
「……出雲大社の節分祭で、福の神様が別のお気に入りの鬼を下部(しもべ)にされたらどうしよう」
そうしたら、俺はお払い箱で、福の神様は別の鬼の乳を吸うのだろうか。
「い、いやだ」
寒い寒い。今年の寒さはなんとも耐え難い。俺が産まれてきてから、一等強い冬将軍のお出まししているのかもしれない。そんな事を考えていると、玄関の方からガラガラと扉の開く音が聞こえた。
「お、お婆さんだ!」
トタトタといつもよりも急くような足音を響かせながらこちらに近寄ってくる足音に、俺はとっさにこたつの中へと飛んで隠れた。
いや、お婆さんには俺の姿は見えないので別に隠れる必要などないのだが、そういう問題ではない。俺は劣性鬼なので、誰かと面と向かうのが恥ずかしくて耐えられないのだ。
「あー、忙しい忙しい。これは大変な事になったよ」
いつもはのんびりしているお婆さんが慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。こんなに慌ててどうしたのだろう。あまりに慌て過ぎて転ばなければいいのだが。
「急に日本に戻ってくるなんて。一体何年ぶりだろうねぇ。こりゃこりゃ、お爺さんにも報告しないと」
おばあさんは暦表の前で足を止めたかと思うと、そのまま慌てた様子で座敷へと向かった。
「お婆さん、どうしたんだろう?」
こたつの中からひょいと顔を出す。すると、暦表の中に先ほどまでは書かれていなかった文字が書き記されていた。
≪2日 孫≫
「孫?お婆さんの孫が来るってことかな?」
というか、お婆さんに孫なんて居たのか。息子は居たような気がしたが、いつの間にか家から居なくなっていた。
「おばあさん、なんか嬉しそうだったな」
大変な事になった、なんて言っていたけど、あれは「嬉しくて大変」という様子だった。
声しか聞こえてこなかったが、お爺さんが祭壇になってからお婆さんのあんな弾んだ声は初めて聞く。
「俺も、お婆さんの為に何かお手伝いしよう」
そう思うと、先ほどまでの寒々しい気持ちが少しだけ和らいだ。
どうせ福の神様も居ないし。お婆さんの孫が来るなら、いつも以上に家を綺麗にして迎える準備をするのもいいだろう。
まずは、お婆さんがするのが難しいであろう高いところの掃除から始めようじゃないか。
「いち、に、さん。明日で四日目。半分越える。七日で福の神様は、福は内される。福は内、福は内」
最後に、福の神様がこの家から発って何日目か数えて、俺は居間から飛び出した。いつの間にか、俺の中で「福は内」は口癖の鼻歌になっていた。
148
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる