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28:親愛なるケイン(2)

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◇◆◇


「これから殿下の友となる者ですよ」
「へ?」

 ラティを初めて紹介された時の印象を率直に言うなら「チョロそう」だった。

「誰も居ない時だけでいいから、僕の事はラティって呼んで」

 そう、喜色を帯びた言葉に俺は思った。あぁ、コイツは「無知」なんだ、と。そうでなければ、初めて会う筈の俺に対し、これほどまでに無邪気で無垢な笑顔など向けられる筈もない。少なくとも、俺は無理だ。

 さすがは、王宮でぬくぬくと甘やかされて育った王太子。

「いいよ、ラティ」
「っ!」

 俺が腹の底で、ラティを心底バカにしながら頷いてやった時だ。俺の返事に、ラティは頬を赤く染め、頬がぷっくりと膨らむ可愛らしい微笑を浮かべた。

「ふふ。ラティだって……うれしい」
「……ぁ」

 その瞬間、心臓がドクリと高鳴った気がした。何故かは分からない。ただ、俺は「傀儡」にすべき相手に、少しばかり心を動かされてしまっていた。なにせ、こんな風に、笑顔を向けられたのは……俺も生まれて初めてだったから。

「……ラティか」

 ラティと初めて会った帰り、俺は王宮の正殿に掲げられている国王の肖像画を見に行った。そこには、紺碧の背景に、燃えるような赤髪の王が、銀の王冠と重厚な装束姿で堂々と描かれている。よく見ると、その瞳は髪の色同様、深紅だ。

「……全然、似てないな」

 思わずボソリと漏れる。そう、先程、目にしたラティとは大違いだった。
 ラティの顔立ちは、こんなに凛々しくない。だからと言って、決して美しいとか可愛らしいと言えるモノでもなく、ともかく“凡庸”の一言に尽きた。しかし、何故だろう。

------誰も居ない時だけでいいから、僕の事はラティって呼んで。
「っ!」

 けれど、あのフワリとした柔らかい銀色の髪の毛と、薄緑色の大きな瞳は、派手さはないが、見目の隙間から妙に愛嬌を感じる風情を漂わせていた。思い出すと、妙にソワソワする。

「……無知だから、あんな顔が出来るのか?」

 俺は腹の底にわだかまる、妙に温かい感情に首を傾げながら自らの役割の為に、国王の肖像画に背を向けた。


◇◆◇


 ラティは思ったより無知……いや、バカだった。

「ラティ殿下、答えられないのですか?」
「……あ、えっと」

 家庭教師の問いかけに、ラティの横顔は焦りと動揺でせわしなく変化していく。感情を相手に悟らせるな、という教えの元に育った俺にとって、そのコロコロとした表情の変化は面白い娯楽だった。目が、離せない。

「えっと、えっと!」

 そんなラティに家庭教師は深い溜息のもと、いつものように俺へと視線を向ける。

「はぁ、では代わりにケイン様、お答えください」
「はい」

 ラティはハッキリ言って頭が足りていない。昨日習った所ですら、次の日になればすぐに忘れる。でも、それは俺にとって都合が良かった。なにせ、ラティに恩を売るチャンスが多いからだ。

「ケイン、いつもありがとう」
「いいえ、ラティ殿下。分からない所は私に遠慮なくお尋ねください」
「ケイン、あ、あのね?今は、その……パイチェ先生は居ないじゃない?だから……」

 そう、どこかおずおずと期待するように僕を見みつめる薄緑色の瞳に、俺はニコリと微笑む。

「ラティ、昨日復習してなかっただろ?」
「ふふっ、バレた?」
「バレバレだよ」

 こうやってちょっと親し気に話しかければ、愚かなラティは一発で笑顔になる。俺は、この無知を体現したかのようなラティの笑顔が嫌いでは無かった。ラティは単純で、俺の予想した通りの反応を示す。まるで、俺に操られているように。

「昨日はね、ケインの事を考えてたら、いつの間にか寝ちゃってたんだぁ」

 そんな事を言いながら俺の腕にピタリと触れてくるラティに、俺は目を細めた。
 本当にチョロイ奴だ。「尊い」存在であるラティには、俺からは触れる事は許されない。でも、こうしてラティから触ってくる分には問題ない。ラティは完全に俺に懐いていた。

「仕方ないな。次分からなかったら、オレのノートの端を見ろ。答えを書いてやるから」
「っありがとう!ケイン……大好き」
「調子良いやつ」
「本当だよ!」

 父に「最初のひと月で、必ず殿下の懐に入れ」と言われていたが、何の事はない。一日で事足りた。甘ちゃんの出来損ないの王太子様は、完全に俺の手の内に「落ちて」いた。

「ねぇ、ケイン。あのね」
「ん?」
「今日、剣のお稽古が終わったら、僕の部屋に来てくれる?」
「なんで?」
「いいから!」

 ほら、見ろよ。この心から俺を信頼しきった瞳を。銀色の柔らかい髪の毛をフワフワと揺らして子犬みたいに、俺を見上げて擦り寄ってくる。

「ケイン……大好き」
「……ん」

 俺は普段はあまり感じる事のない、柔らかい人肌の体温に、腹の底に感じる温もりが、更に深く降り積もるのを感じた。

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