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22:切れたインク
しおりを挟む◇◆◇
親愛なる、ウィップ。
悲しいお知らせだよ。
今日も僕はケインと会えなかった。ケインに会えなくなって、これで一カ月近く経つね。
どうも最近、隣国バーグとの関係が悪化しているみたいで、議会も軍もピリピリしてる。もう開戦も時間の問題だろうと、陛下は……お父様はおっしゃっていた。
でも、もし戦争になったらケインはどうなると思う?
金軍の次期将軍であるケインは、きっと闘いの最前線に立たされる事になると思う。そんな事になったら、僕は毎日恐ろしくて生きた心地がしないだろう。
だったら、一緒に戦場に行った方がまだマシだと思うんだ。ケインの傍に居れば、僕は毎日ケインに会えるし。ほら、「治療」だってしてあげられる。
キミも、ケインに会えなくて寂しいだろう?分かるよ、僕と同じだ。
でも、本当にどうしよう。このままバーグと戦争になんてなってしまったら、本当にケインと会えなくなってしまう。僕に何か……
「出来る事はないかな……あれ?」
ウィップに日記の続きを書こうと、インク瓶にペン先をつけた時でした。
「……インクが無い」
瓶に付けた羽ペンの先が、瓶の底にカツンと当たりました。これじゃあ、日記の続きが書けません。
僕は使用人を呼ぶベルを掴もうとして、ハタと、手を止めました。うん、ちょっとだけ歩きたい気分です。インクを貰いに行くついでに、お散歩するのも良いかもしれません。
-----ああ、丁度授業が終わった後、中庭を歩いていたらたまたまな。
「ケイン……」
もしかしたら、ケインにも“たまたま”会えるかもしれない。僕は微かな期待と共にベルに伸ばしかけた手を引っ込めました。
「ウィップ、ちょっとだけ行ってくるね。待ってて」
そう言って、空のインク瓶を持った僕は部屋から飛び出しました。僕のお星様に会える事を、ほんの少しだけ願いながら。
◇◆◇
ウィップ、インクを取ってきたよ。
たっぷり入れて貰った。これでしばらくは大丈夫。でも、ちょっと後悔してる。やっぱりメイドに持って来て貰えば良かった。行かなきゃ良かったって。
あれ?なんか昔も同じような事を書いた気がする。いつだったかは全然覚えてないけど。まぁ、そんな事はどうでもいっか。
え?どうしたのかって?こんな話、聞いてもきっと面白くないよ。
……それでも聞きたい?仕方無いなぁ、君にだけ特別に教えてあげる。
廊下を歩いてたら、大臣達が話しているのを聞いちゃったんだ。
今のスピルはまだ開戦するための兵を集め切れていない。少なくとも“今”は、まだ開戦してはならないって。それはそう。僕もそう思う。ウィップもそう思うよね?
でもね、話はそれだけじゃ終わらなかったよ。
「あの愚かな王太子を貢物にバーグにくれてやればいい」
「そうすればフルスタ様が王位継承権第一位になられる」
もうね、笑っちゃうよ。僕が居る可能性の高い王宮内で、大臣の口からそんな言葉が発せられるなんて。
あぁ、でもウィップ?怒ってはいけないよ。コレは、王子である僕に“器”が足りていないせいなのだからね。僕が彼らを包み込む器を持っていないのが悪い。それに、彼らの言葉は大いに正しい。
誰もが望んでいる。フルスタが次の王になる事を。
でも、それは無理なんだ。なにせ、スピルでは代々長兄が玉座を引き継ぐ「長子相続」が絶対の決まりだからね。それが破られた事は、歴史上一度もない。うん、そうだよ。唯一の例外――。
長兄が死なない限り、ね。
ねぇ、ウィップ。
僕はね、本当は分かっているんだ。皆が僕に対してこの国から居なくなって欲しいって思っている事を。
ずっと、ずっと、ずーーっと昔から分かってた事。僕だってそこまでバカじゃないからね。僕さえ居なければ、優秀で立派な弟のフルスタが王位継承権第一位になれる。
だから、僕が人質としてバーグとの交渉材料になればいい。ほら、僕はスピル王家の純粋な血統だし。何なら、長兄で王位継承権も持っている。
そうだよ。僕は肩書“だけ”はご立派だからね。なんなら、この尊い体もおまけに付けよう。それに、自分から申し出れば、僕は「国の為に身を差し出した立派な王子」として、皆から褒めて貰える。
もしかすると、戦争も回避出来るかもしれない。
でも、僕は何も言わない。言えない。
だって、怖いよ。敵国に人質として渡るって、どういう事だと思う?何かあったら見せしめに殺されるかもしれないんだよ。鞭が怖くて、ケインにその痛みを任せていた僕に「人質」なんて到底無理だ。
それに、人質になんて行ったら……ケインにも会えなくなる。そんなの絶対に嫌だ。でも……。
でも、もし戦争が始まったら?僕は結局ケインに会えなくなる。
僕はどうしたらいいのか分からない。ウィップ、僕はどうしたらいいだろう。
あぁ、そろそろページが無くなってきたね。今日はこの辺にしておこうか。
じゃあね、ウィップ。
明日はケインに会える事を祈って。
ラティより。
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