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13:王子の贖罪

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「ラティ殿下、参りました」

 扉の向こうから聞こえてきたケインの声に、僕はハッとしました。この声は、ケインです。間違いありません。ケインが約束通り来てくれたのです!
 僕は涙で滲んだインクの事なんてポーンと頭から抜け落ちると、慌てて扉に向かって叫びました。

「どうぞ!」

 行儀が悪いのは分かっていますが、叫ぶと同時に袖で顔を拭います。さすがに、また泣いているのかと思われたら、ケインにうんざりされそうなので。僕は、ケインにうんざりされたくはありません。

「ラティ殿下、言いつけ通り参りました」

 すると、扉の向こうから、ペコリと頭を下げてケインが現れました。“弁えた”話し方をするケインの声に、僕はいつもよりソワソワしてしまいます。扉の向こうには、いつも通り部屋守の兵士が立っていました。

「っケインは!僕の言いつけでっ、まいりまりっ……まいりました!通してください!」

 興奮し過ぎて自分の言葉すら分からなくなる僕に、兵はどこか苦笑しながら「分かりました」と答えると、ケインを部屋に通してくれました。直後、扉がバタンと閉まり、部屋の中にはケインと僕の二人きりになります。その瞬間、僕は躓きながらもケインに駆け寄りました。そして、いつものソファにケインを連れて行きます。

「ケイン……けいんっ!」
「ラティ」
「あぁっ、こんなに赤くなって……!い、いたい?」
「……っぅ」

 僕がケインの晴れた頬に触れた瞬間、ケインの表情が痛みに歪みました。

「っ!痛いよね?ごめんね……ごめんねぇっ!」

 顔に出来た鞭の跡は、昼間よりうんと赤みが増し、薄い肌着越しに見える赤紫の傷痕が、まるで呪いを受けたかのようにケインの素肌に巻き付いています。

「ラティ。お前、ずっと泣いてたのか」
「う゛っぅぅぅん」

 鬱陶しいと思われたら嫌なので、必死に首を横に振ります。でも、ケインの傷を見る度に、涙は更に激しく零れ落ちてきます。
 こんなに柔らかい肌のケインに、あんなに固いムチが勢いよく打たれたのです。痛くて当然です。それもこれも、全部僕のせい。僕が出来損ないの王子の癖に、調子に乗って反抗的な態度を取ってしまったせいです。

「っぅ、げいん……けいん。ごめんなしゃい……ぼぐのじぇいでっ」
「……」

 先程、顔を拭った意味などまるで無いかのように、僕の頬をとめどなく涙が零れました。そんな僕を、ケインは何も言わずジッと見つめます。怒っているのでしょうか。きっとそうです。嫌われたのでしょうか。そんなのイヤです!

「げいんっ、ごめんなさっ。ごめんなしゃいっ」
「……」

 どんなに泣いて謝ってもケインは僕の事をジッと見つめるだけで、返事をしてくれません。やっぱり僕は、ケインに嫌われてしまったに違いありません。
 あぁ、あぁ、あぁ!どうしよう!どうしようどうしよう!

「おねがい……げいん。ぼく、のごど、ぎらいにならっ、ないでぇっ」
「……」

 あぁ、ダメです。まだ返事をくれません。いつもより少しだけ大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳が、ジッと僕を見つめ続けています。どうすればいい。どうすれば、僕はケインに嫌われずに済むでしょうか。許して貰えるでしょうか。

「……ぼく、なんでも、するからぁっ」
「なんでも?」

 僕が「何でもする」と言った瞬間。それまで黙って僕の涙を見つめていたケインがハタと口を開きました。
 あぁ、良かった。まだケインは僕に返事をくれるようです。

「うっ、うん!ぼっ、ぼくに出来る事ならっ、なんでも……!なんでも、じますっ!だから、ケイン!僕の事を……キライにならないでっ」
「ふーん、ラティはオレに嫌われたくないんだ?」
「もっ、もちろんだよっ!」
「なんで?」
「だって、僕には……ケインしか、いない。それに……」
「それに?」
「け、けいんがっ、だいすきだからっ!」
「そっか」

 僕が必死にそう言うと、ケインの口元に微かに笑みが浮かびました。良かった、コレはいつもの“ちょっと意地悪”な時のケインの顔です。でも、意地悪でも何でもいい。弁えたウソっぽい優しい顔をされるより、こっちの方が全然好きです。むしろ、意地悪なのが僕にとっては嬉しいくらいです。

「オレ。今日、ムチに打たれたせいで体中痛いんだよなぁ」
「うんっ、うん。ごめんね。ごめんなさい」

 ケインが部屋着の袖をたくし上げながら言います。そうです。その通りです。あんなに強くムチに打たれてしまったのです。痛いに決まってます。

「ほら、腕も見ろよ。訓練中もベルトに擦れて痛いしさ」
「……ぁ、ぅ」
「こんなに気持ち悪くなっちゃってさ。体中にヘビが巻き付いてるみたいだろ?」

 確かに、ケインの差し出してきた腕には赤紫色の細い蛇が腕に巻き付いているようにも見えます。ヘビと言われて、僕は思わず目を逸らしたい衝動に襲われました。ヘビは苦手です。気持ち悪いから。
 でも、そんな気持ちを必死に堪え、僕は勢いよく首を横に振りました。

「全然気持ち悪くない!ヘ、ヘビになんて見えないよ!き、キレイだって思う!」
「へぇ、キレーねぇ。だったらさ」

 その瞬間、ケインの顔には、これまでに見たことのない程の深い笑みが刻まれ、まるで星の輝く夜空のようなキラキラした顔で言いました。

「じゃあ、コレ、舐めれるか?」
「へ?」
「この傷。舐めて治して」

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