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28:にんげんのきじとら
しおりを挟む人間と言う生き物は、俺が出会った中で一等面白い生き物である。
まず、人間はその数が他の生き物とは比べ物にならないくらい多い。
俺は街の近くに住んでいるから特にそう思うのかもしれないが、右を向いても左を向いても、そこには人、人、人だ。
しかし不思議な事に、こんなにたくさんの人が居るのに、人間は一回に生む子供の数は少ない。
基本的に一回に一人を生むのが殆どだという。
俺達猫なんか一回に5~6匹は生むのに、どうして人間より数が少なく感じるのだろう。
そもそも、一人しか生めないのにどうしたらこんなにたくさんの数になるのか不思議でたまらない。
それに、人間には種類がある。
俺達猫なんか、縄張りの主か、オスか、メスか、子供か。
これくらいしか種類がないのに、人間にはそれぞれ何をする人、というような種類がたくさんあるのだ。
ごはんを作る人、たんぼを耕す人、家を建てる人、何かを教える人、悪い人間を捕まえる人。一つずつ挙げればキリがないくらい人間には種類がある。
たまに、何をするのか分からない人間もいる。
それは、夏なのに上から下まで布のある服を着て汗を流し、手には四角い鞄を持って走り回る人間であったり、はたまた、人が死んだ時に現れる毛の無いの人間であったり。
人間にはまだまだ俺の知らない種類の人間がたくさんいるだろう。
もう一つ、俺が人間の言葉を理解できるようになってから心底驚いた事がある。
名前の存在だ。
人間は何にでも名前を付ける。
猫の俺は、そもそも名前というものの存在を知らなかった。
けれど、人間の言葉に耳を傾けるようになってからというもの、人間の世界ではこの世にある全てのものに呼び名(名前)がある事を知ったのだ。
それを知った時、人間はそれはもう凄い事をするものだと感心した。
一つ一つに名前を考えていったその手間はどれほどのものだっただろう。
けれど、俺は名前というものの存在を知ってからそれまで匂いでしか覚えきれなかった人間の顔を、少しずつ認識できるようになった。
何か特別変わったわけではないのに、“名前”がある事によって、その人が他の人とはちょっと特別に見えるようになったのだ。
それは俺自身もそうだ。
俺には名前なんかなかった。
けれど、人間は俺にも名前を付けた。それは人によって呼び方が違う。俺にはたくさんの名前があったのだ。
“にゃんごろう”だったり“ぶーちゃん”だったり。
今のところ一番気に入っているのは“キジトラ”だ。
俺はキジトラと呼ばれるようになってから、俺と言う存在がふわっと宙に浮いて特別になったような気がしたのだ。
キジトラという猫はこんな猫だと、自分の事なのに今更ハッキリと俺の中にしっくりくるような、とても不思議な感覚になった。
そう考えると、名前というものはとても重要なものだ。
存在にカタチや意味をハッキリさせる、不思議な力がある。
つまり、俺が何を言いたいのかというと。
「……俺の、名前は、キジトラ」
俺は川の水面に映る自分の姿をジッと見つめながら小さく呟いた。
そこに映るのは、見慣れない人間の顔と、そして聞き慣れない人間の声だ。
しかし、それはどう考えても“俺”だった。
猫の俺、猫のキジトラだった筈の俺は、目を覚ました時、人間のキジトラになっていたのだ。
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