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修行2:たくさん食え(3)
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そんな、勇者の号泣から早一カ月が経った。
「よーし、こんなモンか」
夜明けと共に日が高く上り始めた頃。
俺の朝は、買って来たパンを温める所から始まる。今にも崩れ落ちそうな教会の脇にある、これまた古臭い竈を前に、俺は鉄板の上に並べたパンを入れた。
いや、別にそのまま食べても良いのだが、やっぱり焼いた方が美味しい。
「焼きたての食べ物。基本全部美味しい説!」
はい、立証。これは完全に世界の真理だ。
俺は、料理は苦手だが「焼く!」だけなら……まぁ、出来る。それに、パン自体は既に出来上がっているモノなので、温める時間は本当に少しでいい。
「あぁ、良い匂いだ」
そう、俺が口にした時。背後から一つの気配が近寄ってくるのを感じた。
「おはよ。シモン」
「っ!」
俺が振り返らずに挨拶をしてやれば、背後に居た人物はビクリと体を揺らす。気配を消して近寄ってきたつもりなんだろうが、全然消せてない。バレバレだ。
「パン、もうすぐ焼けるからなー」
「うるせぇ」
「お前、ほんとうにうるせぇしか言わねぇのな」
にしても、十三歳の癖にガキ過ぎやしないか。
いや、見た目の話じゃない。まぁ、確かに見た目もガリガリのギスギスなので通常よりは大分幼く見えるのだが、それよりもこの言動だ。
「うるせぇっ!バァァカ」
「思春期は朝から元気だなー。ほい、コレ。朝ごはん」
「……っ」
俺が熱々のパンを差し出してやれば、シモンは眉間に皺を寄せつつそのパンをジッと見つめていた。
「ほら、腹減ってんだろ」
「……」
俺はよく知っている。どんなに反抗的な奴でも空腹には勝てない、と。なにせ、俺の弟がそうだった。中学に入って盛大にグレ散らかした弟でさえ、夜遊びはするが必ず家には帰って来ていた。もちろん、食べ物にありつく為に。
「熱いから気を付けて食べろよ」
シモンは「うるせぇ」と言う事なく、ソロソロと俺の手からパンを受け取った。
「焼きたてはやっぱ美味いなー」
「……はむ」
うるせぇとは言ってこないが、返事もしない。俺は目の前で、痩せこけた体でリスのようにパンに噛り付くシモンを見つめながら隣でパンを頬張った。
毎朝毎朝、俺は子供達の為にパンを焼く。それが、このシモンとの約束だ。
「シモン、今日の修行も頑張れよ」
「……うるへぇ」
「食ってる時に喋るなー」
食べながらも必死に憎まれ口を叩いてくる、少しだけ色味が金に近付いてきたシモンの頭に俺はポンポンと手を乗せた。
「たくさん食えよ」
「……」
このシモンを立派な勇者に育て上げる事。
それが、勘違い勇者だった俺に出来る唯一の魔王への対抗手段だ。そうでなければ、これまで俺をチヤホヤしてくれていた周囲に顔向けが出来ない。
「シモン。もう一個食べるか?」
「でも……ソレは、他の皆の分だろうが」
良いヤツーー!
まだ自分も腹が減ってるのに、シモンはいつも他の子供達の事ばかりを考えている。これぞまさしく「ホンモノの勇者」だ。
「他の皆のもちゃんとある。お前は一番大きいんだから、一番たくさん食べていいんだよ」
強くなる為にはまず、しっかり食べて体を作る事。これ以外にない。幸い、シモンは毎日盗みをしていたせいもあって、運動神経は良い。ただ、その運動神経を完全に発揮する為には、軸となる体を作り上げなければ。
「ほら」
俺が温かいパンをもう一つ差し出すと、シモンは遠慮がちにそのパンを受け取った。やはり、育ち盛りの朝食がパン一つで足りるワケがない。
「今日の修行は『昼と夜も死ぬ程食う事』だ。おい、よく噛んで食えよー」
「……うるせぇ」
「あいあい」
そう俺がシモンの口に付いたパンくずを取ってやると、勢いよく手を払いのけられた。それと同時に、教会の方から「ししょー」という、舌ったらずな子供達の声が、いくつも重なって聞こえてきた。匂いにつられて子供達が起きてきたようだ。
「じゃ、俺は皆にパンを配ってくるわ」
「……おう」
シモンはフイと俺から顔を逸らすと、静かに二個目のパンへと噛り付いた。髪の毛の隙間から見える耳が、微かに赤い。
どうやら、小さい子らに、自分が面倒を見て貰っているところを見られたくなかったらしい。俺にも覚えがある。あぁ、思春期だ。
「シモン、ほら。お前だけ特別。こっそり食えよ」
「……む」
俺はシモンにだけ、もう一つパンを押し付けると、子供達に焼き立てのパンを配る為に立ち上がった。すると、その瞬間。視界の隅に映し出された数字に、俺は目を瞬かせた。
「え?」
「んだよ。やっぱり、パン返せってか」
「いや……」
シモンが二つ目のパンを食べ終わった瞬間。キトリスのステータス画面に変化が起こった。
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名前:シモン Lv:7
HP:415 MP:59
攻撃力:45 防御力:27
素早さ:32 幸運:6
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「シモン」
「なんだよ。足りねぇなら、返すよ」
まさか、食事を一カ月きちんと食べさせただけでレベルが上がるとは。俺は、おずおずとパンを返そうと差し出してくる痩せこけた少年相手に、やっぱりこの子は【勇者】なのだと悟った。俺はレベルを1上げるのに、そりゃあもう相当の数の戦闘を重ねてきたのだから。
「ははっ、シモン。たくさん食え!」
「むぐっ」
俺は差し出されたパンをシモンの口に差し込むと、そのまま込み上げてくる笑いを隠さずに歩き出した。
「やっぱ、ホンモノは違ぇなーー!」
明日からもっと多めに焼くか。
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