22 / 37
22:運命だから⑥
しおりを挟む
◇◆◇
三久地先輩は、手つなぎさんだった。そう、手つなぎさんの親指にも、昨日の三久地先輩と同じ場所に傷があったのだ。
『手つなぎさん、この傷。どうしたんだ?』
『昨日。ちょっと紙で切ってしまって……』
『へぇ、そうか』
予想はしてた。だから、別に驚きはしなかった。薄っすらと親指に入った傷を、俺は指でスルリと撫でる。
『んっ、ちょっ。……っぁ、ジルさん、痛いです』
『あぁ、悪い。こうして手を繋いでいると……当たってしまうんだ』
『ひっ、んっ』
『……絆創膏を貼らないのが悪い。貼るように言ったじゃないか』
ねぇ、三久地先輩?
しかし、その後。俺がどんなに三久地先輩の前で自らをアピールしても、ちっとも俺には気付いてくれなかった。
正直、三久地先輩と違って、俺には特徴がある方だと思っていたが、彼の前だと、どうやら俺は有象無象と何ら変わらないらしい。
『すみません、ジョーさん。どちらかのプロジェクトで、仕事が被ってたりしましたか?その場合、行く前にちゃんと引き継ぎを……』
俺は、三久地先輩にも、手つなぎさんにも、ずっと負けっぱなしだ。
負けず嫌いの俺にとって、ソレは悔しいようで、何故だかとても嬉しかった。
------------
--------
----
「ん、ぅ……」
「……手つなぎさん?」
穏やかな寝息が聞こえる。西日が眩しいのか、目隠しの取れた顔を隠そうと、俺の体に擦り寄ってくる。
「あぁ、堪らないな」
その寝息に、俺はぼんやりと天井を見上げた。もうすぐ、予約時間が終わる。それなのに、俺と手を繋ぐ相手は、未だに服一つ纏っていない。まだ、しばらくこうしていたい。
「いい」
自分に、こんな穏やかな情事の後が訪れるなんて思いもしなかった。なにせ、いつも番とのセックスの後は、泥のように眠り、目を覚ましても再び互いのフェロモンに当てられ、体を求め合うような激しいモノしか体験してこなかった。
発情期が終わる頃には、お互い体はボロボロ。正直、きつくて仕方が無かった。
けれど、今はどうだ。
-----ジル。仕事もあるんだ。恋愛なんて、気楽にやろうよ。
「……気楽だ。それに、なんだか楽しかった」
こんなのセックスで良いのだろうか。もっと、ちゃんとすべきでは。ふと、過った考えに懐かしい声が響いた。
------ジルは本当に真面目だね。
アイツからも同じように言われていた。アイツも元ベータだ。自分では意識した事は無かったが、どうやら、俺は真面目らしい。
知らなかった。番ったら、幸せにしなければならないと思っていたし、最後まで添い遂げる覚悟が要るのかと思っていた。でも、そんなに深く考えなくていい。
「苦しくなったら離れればいい、か。いいな、ベータの恋愛は……こんなにも気楽なのか」
「……ふふ」
微かに聞こえてきた笑い声に、隣で眠る“運命”ではない相手を見下ろした。
すると、そこには擦り寄って来た拍子に、俺の右手に手を添える手つなぎさんの姿があった。起きたワケではないようで、楽しい夢でも見ているのか、口元が微かに微笑んでいる。次いで、その口元から更に楽し気な声が漏れ出た。
「……じる。きもちぃ」
「なんだ。夢でも、俺とセックスしてるのか」
でも、さすがにもう勃たない。
俺は手だけをしっかりと繋ぎながら、眠る相手に、先程までの情事の姿を重ねた。
『っぁん……じる。もっと』
耳の奥に響く甘い声に、静かに手つなぎさんのうなじを撫でた。そこには、俺の歯型の痕が幾重にも重なって残されている。
噛んでも番にはなれない相手だが、俺は何度も何度も彼のうなじを噛んだ。
「あー、幸せだ」
ふと漏れた言葉に、俺はハッとした。
どうやら、俺は「運命」と番わなくても、幸せになれたらしい。
三久地先輩は、手つなぎさんだった。そう、手つなぎさんの親指にも、昨日の三久地先輩と同じ場所に傷があったのだ。
『手つなぎさん、この傷。どうしたんだ?』
『昨日。ちょっと紙で切ってしまって……』
『へぇ、そうか』
予想はしてた。だから、別に驚きはしなかった。薄っすらと親指に入った傷を、俺は指でスルリと撫でる。
『んっ、ちょっ。……っぁ、ジルさん、痛いです』
『あぁ、悪い。こうして手を繋いでいると……当たってしまうんだ』
『ひっ、んっ』
『……絆創膏を貼らないのが悪い。貼るように言ったじゃないか』
ねぇ、三久地先輩?
しかし、その後。俺がどんなに三久地先輩の前で自らをアピールしても、ちっとも俺には気付いてくれなかった。
正直、三久地先輩と違って、俺には特徴がある方だと思っていたが、彼の前だと、どうやら俺は有象無象と何ら変わらないらしい。
『すみません、ジョーさん。どちらかのプロジェクトで、仕事が被ってたりしましたか?その場合、行く前にちゃんと引き継ぎを……』
俺は、三久地先輩にも、手つなぎさんにも、ずっと負けっぱなしだ。
負けず嫌いの俺にとって、ソレは悔しいようで、何故だかとても嬉しかった。
------------
--------
----
「ん、ぅ……」
「……手つなぎさん?」
穏やかな寝息が聞こえる。西日が眩しいのか、目隠しの取れた顔を隠そうと、俺の体に擦り寄ってくる。
「あぁ、堪らないな」
その寝息に、俺はぼんやりと天井を見上げた。もうすぐ、予約時間が終わる。それなのに、俺と手を繋ぐ相手は、未だに服一つ纏っていない。まだ、しばらくこうしていたい。
「いい」
自分に、こんな穏やかな情事の後が訪れるなんて思いもしなかった。なにせ、いつも番とのセックスの後は、泥のように眠り、目を覚ましても再び互いのフェロモンに当てられ、体を求め合うような激しいモノしか体験してこなかった。
発情期が終わる頃には、お互い体はボロボロ。正直、きつくて仕方が無かった。
けれど、今はどうだ。
-----ジル。仕事もあるんだ。恋愛なんて、気楽にやろうよ。
「……気楽だ。それに、なんだか楽しかった」
こんなのセックスで良いのだろうか。もっと、ちゃんとすべきでは。ふと、過った考えに懐かしい声が響いた。
------ジルは本当に真面目だね。
アイツからも同じように言われていた。アイツも元ベータだ。自分では意識した事は無かったが、どうやら、俺は真面目らしい。
知らなかった。番ったら、幸せにしなければならないと思っていたし、最後まで添い遂げる覚悟が要るのかと思っていた。でも、そんなに深く考えなくていい。
「苦しくなったら離れればいい、か。いいな、ベータの恋愛は……こんなにも気楽なのか」
「……ふふ」
微かに聞こえてきた笑い声に、隣で眠る“運命”ではない相手を見下ろした。
すると、そこには擦り寄って来た拍子に、俺の右手に手を添える手つなぎさんの姿があった。起きたワケではないようで、楽しい夢でも見ているのか、口元が微かに微笑んでいる。次いで、その口元から更に楽し気な声が漏れ出た。
「……じる。きもちぃ」
「なんだ。夢でも、俺とセックスしてるのか」
でも、さすがにもう勃たない。
俺は手だけをしっかりと繋ぎながら、眠る相手に、先程までの情事の姿を重ねた。
『っぁん……じる。もっと』
耳の奥に響く甘い声に、静かに手つなぎさんのうなじを撫でた。そこには、俺の歯型の痕が幾重にも重なって残されている。
噛んでも番にはなれない相手だが、俺は何度も何度も彼のうなじを噛んだ。
「あー、幸せだ」
ふと漏れた言葉に、俺はハッとした。
どうやら、俺は「運命」と番わなくても、幸せになれたらしい。
17
お気に入りに追加
496
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる