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21:運命だから⑤
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◇◆◇
そんなある日の事だった。
『ジョー!お前いい加減にしろよ!上から言うのは簡単だけどな!現場の事も考えろ!』
『現場は、上からの期待に応えてこそでしょう!?職務放棄されるという事ですか!?』
『あのなぁっ!何でお前はそんな言い方しか出来ないんだ!現場の事を少しは――』
『現場を貴方の怠慢の理由に使わないでくださいっ!』
『なにっ!?』
その日の会議も、俺の意見で周囲は大いに沸いていた。
いや、沸いていたは……良く言い過ぎか。あぁ、そうだ。今日も会議は俺の無理難題のせいで、おおいに“揉めて”いた。
『あの、すみません。一つ良いですか』
しかし、揉めた傍からアイツ。
三久地 吉が口を挟む。最早、いつもの流れと言って良かった。
『すみません、俺が勉強不足で分かっていないので、技術部の事を教えて頂きたいんですが』
『……何だ。三久地』
『この……えっと、ジョーさんの意見を全くやらなかった場合と、全部取り入れた場合。技術部のどの行程に、どのくらい負荷がかかるのか知りたくて。作業工程の一覧とか……見せて頂いてもいいですか?』
『まぁ、確かにそうか。ビジュアル化した方が分かりやすいか。ちょっと待ってろ。デスクから取ってくる』
『お願いします!あと、一緒に現場の方とか……柏木さんとかも来て頂けると……俺がイマイチ、ピンときてなくて。直接教えて欲しくて』
『柏木か……いいな。連れて来よう』
先程まで俺の意見に『現場の事も考えろ』と突っぱねていた技術部が、三久地の言葉で途端に柔和になる。しかも、「やる」か「やらないか」の二者択一が……いつの間にか「やった場合どうなるか」という意見に、知らぬ間にシフトさせられている。
しかも、それだけじゃない。
『そうだ、三国さんはどう思われますか?この案の場合の予算とか。概案で良いので、すぐ、計算出来たりしますか?』
『えー……まぁ、出せなくは無いけど』
『三国さん、仕事早いから』
『早く終わらせてサボりたいだけー』
『結果は同じですよ。凄いです』
『あいあい、ちょっと待ってな』
更に、実力はあるのに、サボリ癖があり手を抜きたがる総務部長の三国さんも、三久地の言葉で椅子の背もたれから体を起こす。
『おい、三久地。作業工程持ってきたぞ。あと、柏木も』
『ありがとうございます!柏木さんもお久しぶりです』
『おっ、久々』
『ふふ。……あ。あの、ジョーさん。これ、どうですか?』
俺に軽く会釈しながら手招きをする三久地先輩に、俺は先程までの燃え上がっていた気持ちが、静かに鎮火していくのを感じた。
『……はい。ありがとうございます。三久地先輩』
ギスギスしていた会議の空気は一気に消え失せ、資料と現場の技術者との建設的な意見交流会に変わる。
『じゃあ、一旦コレでやってみるか』
『よろしくお願いします』
『おう。難しそうなら、また報告する』
『はい』
そして、ふと気付けば三久地先輩はまた、ひっそりと会議の脇に身を潜めていた。まるで最初から、何も発言などしなかったかのように。
『……三久地先輩』
『あ、はい。ジョーさん。どうされましたか?』
『渡しておきたい資料があるので、俺のデスクまで来て貰っていいですか?』
『わかりました』
三久地 吉。
コイツが俺同様、現状、社内に発足する全てのプロジェクトに参加する唯一の人間だ。しかも、自薦でプロジェクトに入った俺とは違い、他薦で加入させられている。
-----三久地?あぁ、事務部のヤツだろ。アイツが居ると、会議がスムーズに回るんだよ。だから、重要なプロジェクトには必ず入るように上からお達しが来るんだと。
ふと、課長の言葉が頭を過る。
そう、三久地先輩自身は特に何もしないのだ。会議の空気が淀んだ瞬間だけ、ほんの少し言葉を挟む。そして、周囲から不協和音を取り除く。そう、まるで――。
『ジョーさん?』
『あ、すみません。コレです』
------運命と番わなくても死にません。
まるで、相手がどんな言葉を求めているのか知っているかのように。
そういえば、三久地先輩。手つなぎさんの声に似ている気がする。
ふと、過った考えと共に、俺が資料を手渡した時だった。
『いてっ』
『っ!大丈夫ですか?』
『あ、はい!全然、大丈夫です。紙で切っただけなので』
そう言って書類を差し出す左手の人差し指には、紙によって綺麗に傷がついていた。そして傷からスッと赤い血が浮かび上がっている。
『絆創膏をした方がいい』
『……あ、いえ。持ってないので』
『総務から貰ってくればいい。あそこには救急箱も……』
『大丈夫です。このくらいだったらすぐに止まるので』
そう言ってアッサリと俺に背を向ける三久地先輩は、やはりどこか手つなぎさんを彷彿とする。
------お気を付けてお帰りください。
『まさか、三久地先輩が?』
週末占い師、手つなぎさん。
うちの会社は、先だって副業が全面的に許可されたところだ。そして「週末だけ」という占いスタイル。着ている服がスーツという事。
ただ、断定するには、三久地も手つなぎさんも、あまりにも“一般的”過ぎた。
当てはめようと思えば、その特徴は誰にでも当てはまる。声も、断定するには中々曖昧なところだ。
-----いたっ。
『明日、確認してみるか』
今日は金曜日。明日は占いの日だ。
そんなある日の事だった。
『ジョー!お前いい加減にしろよ!上から言うのは簡単だけどな!現場の事も考えろ!』
『現場は、上からの期待に応えてこそでしょう!?職務放棄されるという事ですか!?』
『あのなぁっ!何でお前はそんな言い方しか出来ないんだ!現場の事を少しは――』
『現場を貴方の怠慢の理由に使わないでくださいっ!』
『なにっ!?』
その日の会議も、俺の意見で周囲は大いに沸いていた。
いや、沸いていたは……良く言い過ぎか。あぁ、そうだ。今日も会議は俺の無理難題のせいで、おおいに“揉めて”いた。
『あの、すみません。一つ良いですか』
しかし、揉めた傍からアイツ。
三久地 吉が口を挟む。最早、いつもの流れと言って良かった。
『すみません、俺が勉強不足で分かっていないので、技術部の事を教えて頂きたいんですが』
『……何だ。三久地』
『この……えっと、ジョーさんの意見を全くやらなかった場合と、全部取り入れた場合。技術部のどの行程に、どのくらい負荷がかかるのか知りたくて。作業工程の一覧とか……見せて頂いてもいいですか?』
『まぁ、確かにそうか。ビジュアル化した方が分かりやすいか。ちょっと待ってろ。デスクから取ってくる』
『お願いします!あと、一緒に現場の方とか……柏木さんとかも来て頂けると……俺がイマイチ、ピンときてなくて。直接教えて欲しくて』
『柏木か……いいな。連れて来よう』
先程まで俺の意見に『現場の事も考えろ』と突っぱねていた技術部が、三久地の言葉で途端に柔和になる。しかも、「やる」か「やらないか」の二者択一が……いつの間にか「やった場合どうなるか」という意見に、知らぬ間にシフトさせられている。
しかも、それだけじゃない。
『そうだ、三国さんはどう思われますか?この案の場合の予算とか。概案で良いので、すぐ、計算出来たりしますか?』
『えー……まぁ、出せなくは無いけど』
『三国さん、仕事早いから』
『早く終わらせてサボりたいだけー』
『結果は同じですよ。凄いです』
『あいあい、ちょっと待ってな』
更に、実力はあるのに、サボリ癖があり手を抜きたがる総務部長の三国さんも、三久地の言葉で椅子の背もたれから体を起こす。
『おい、三久地。作業工程持ってきたぞ。あと、柏木も』
『ありがとうございます!柏木さんもお久しぶりです』
『おっ、久々』
『ふふ。……あ。あの、ジョーさん。これ、どうですか?』
俺に軽く会釈しながら手招きをする三久地先輩に、俺は先程までの燃え上がっていた気持ちが、静かに鎮火していくのを感じた。
『……はい。ありがとうございます。三久地先輩』
ギスギスしていた会議の空気は一気に消え失せ、資料と現場の技術者との建設的な意見交流会に変わる。
『じゃあ、一旦コレでやってみるか』
『よろしくお願いします』
『おう。難しそうなら、また報告する』
『はい』
そして、ふと気付けば三久地先輩はまた、ひっそりと会議の脇に身を潜めていた。まるで最初から、何も発言などしなかったかのように。
『……三久地先輩』
『あ、はい。ジョーさん。どうされましたか?』
『渡しておきたい資料があるので、俺のデスクまで来て貰っていいですか?』
『わかりました』
三久地 吉。
コイツが俺同様、現状、社内に発足する全てのプロジェクトに参加する唯一の人間だ。しかも、自薦でプロジェクトに入った俺とは違い、他薦で加入させられている。
-----三久地?あぁ、事務部のヤツだろ。アイツが居ると、会議がスムーズに回るんだよ。だから、重要なプロジェクトには必ず入るように上からお達しが来るんだと。
ふと、課長の言葉が頭を過る。
そう、三久地先輩自身は特に何もしないのだ。会議の空気が淀んだ瞬間だけ、ほんの少し言葉を挟む。そして、周囲から不協和音を取り除く。そう、まるで――。
『ジョーさん?』
『あ、すみません。コレです』
------運命と番わなくても死にません。
まるで、相手がどんな言葉を求めているのか知っているかのように。
そういえば、三久地先輩。手つなぎさんの声に似ている気がする。
ふと、過った考えと共に、俺が資料を手渡した時だった。
『いてっ』
『っ!大丈夫ですか?』
『あ、はい!全然、大丈夫です。紙で切っただけなので』
そう言って書類を差し出す左手の人差し指には、紙によって綺麗に傷がついていた。そして傷からスッと赤い血が浮かび上がっている。
『絆創膏をした方がいい』
『……あ、いえ。持ってないので』
『総務から貰ってくればいい。あそこには救急箱も……』
『大丈夫です。このくらいだったらすぐに止まるので』
そう言ってアッサリと俺に背を向ける三久地先輩は、やはりどこか手つなぎさんを彷彿とする。
------お気を付けてお帰りください。
『まさか、三久地先輩が?』
週末占い師、手つなぎさん。
うちの会社は、先だって副業が全面的に許可されたところだ。そして「週末だけ」という占いスタイル。着ている服がスーツという事。
ただ、断定するには、三久地も手つなぎさんも、あまりにも“一般的”過ぎた。
当てはめようと思えば、その特徴は誰にでも当てはまる。声も、断定するには中々曖昧なところだ。
-----いたっ。
『明日、確認してみるか』
今日は金曜日。明日は占いの日だ。
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