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7:手つなぎさん

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 週末占い師、手つなぎさん。
 今や、口コミが口コミを呼び、予約欄は朝から晩までギッシリ埋め尽くされていた。そんな中、俺は決意する。

「よし。価格を上げて、予約人数を減らそう」

 そうしなければ、ハッキリ言って休みが取れない。なにせ、平日は本業のサラリーマン。週末は副業の占い師だ。正直、一日も休みが無い状態だ。今の状態は、ちょっと……体が辛い。

「今が三十分、六千円だから……」

 最初は三十分千円から始まった俺の占い。そこから、値段は少しずつ上げていたが、お客さんは減らなかった。

「じゃあ、三十分……一万円?」

 うわ、下手なキャバクラより高い気がする。いや、行った事がないから分からないが。ともかく高い。

「でも、仕方ないよね」

 最初こそ、値段を上げるのに心が痛んだが、時間の切り売りをしている以上、売上を保ちつつ自分の時間を作るには、そうするしかない。
 それに、今回の目的は予約客を絞る事だ。さすがに、一万円にしたら客足も遠のくだろう。

「予約が減ったら、メガネを買いに行こ」

 最近、緩みに弛んだメガネが、ともかくズレる。少し動いただけで、鼻の下までズレて来る時だってあるのだ。

 そう、ちょっとだけ休暇を取るつもりの価格帯だった。
 そんなワケで、週末占い師。「手つなぎさんは、三十分一万円」の、ちょっとお高い男になったのである――


 が!!


「ねぇ、聞いた?海外事業部のジョー君。運命の番との婚約破棄したんだって!」
「聞いた聞いた!ヤバイよね……運命の番と出会って結婚しないカップルとか居るんだぁ」
「でも、ジョー君。最近、前より調子良いよね。なんか楽しそうっていうか。勢いが前よりヤバいって言うか……」
「あー、ヤバイ。私、今の彼と結婚しちゃっていいのかなぁ。運命ですら破局する世の中なんだよ。不安過ぎるんですけどぉ」


 ふと、俺の傍を通り過ぎて行った女の子達の会話が耳に入る。へぇ。まさか「運命の番」との結婚を望まない人間が、最近は増えているのだろうか。

 そんな事を、ぼんやりと思っている時だった。
 俺は、またしても軽く背筋を震わせる事になった。


「……手つなぎさんの予約も全然取れないし」
「え?まだ取れてないの?っていうか、最近、ちょっと値段上がってなかった」
「うん。今、三十分で一万二千円」
「うっそ!それで予約取れないってヤバくない。枠減らしてる感じ?」
「ううん、ちゃんと枠は朝から晩まであるんだよ。なのに、気付いたらいつも全部バツが付いてるの」
「すごいねぇ、手つなぎさん。世の中悩んでる人多いんだぁ」


 少しずつ、話し声が遠ざかっていく。
 俺は机の上を整理すると、小さく溜息を吐いた。机の下で、占いの予約画面を開く。そして、毎度ズレるメガネ。あぁ、もう鬱陶しい。

「……うーん」

 そうなのだ。予約人数を減らす目的で料金を倍以上に上げたにも関わらず、占いの予約は未だにぎっしり埋めつくされていた。

「おーい、三久地。今日、十六時から広報の企画会議って言ってなかったかー?」
「っは!」

 同僚から掛けられた声に、俺は思わずハッとする。時計を見れば、予定されていた会議時間の十五分前だった。
 良かった、今回はまだ余裕がある。

「三久地、お前週に何個会議入ってんだよ」
「えっと、いち、に、さん……六個くらい?」
「ほぼ毎日じゃねぇか。減らして貰えないのか?」
「なんか、居てくれるだけでいいからって。数合わせだから、まぁ……ほんとに居るだけだから良いんだけど」
「……そうですか、そうですか」

 何か言いたげな同僚に横目に、俺はデスクから資料を取り出しつつ、ポケットにスマホを仕舞った。

「……ほんとに、居るだけなんだよなぁ」
「ん?どうした?」
「何でもない」

 俺は自分の左手に思わず触れると、手に残る妙に熱い感覚に、再び深い溜息を吐いた。
 そう、居るだけだ。

 俺も、そして――


“彼”も。


◇◆◇


 土曜日、午前十時。
 今週も、週末占い師「手つなぎさん」の始まりである。


「来たぞ、手つなぎさん」
「……あ、はい。おはようございます」


 開店した瞬間、俺のブースに、気安い挨拶の声が響く。声自体は低く落ち着いた声色だが、その声は妙に弾んで聞こえる。うん、まぁ。いつ聞いても良い声だ。

「今日もよろしく頼む。手つなぎさん」
「……はい。よろしくお願いします」

 十時のオープンと同時にスルリとブースに入り込んで来た相手。
 それは、俺が「運命と番わなくても死なない」などと、極論を振りかざして無責任なアドバイスを与えたアルファの男……ジルさんだった。

「それでは、ジルさん。これから三十分よろしくお……」
「三十分?」

 「あれ、俺の予約は三十分だったかな?」と、詰問するような相手の声に、俺はグッと顎を引いた。そう、三十分ではない。俺は机の下で「いち、に……」と予約の枠を指折り数えた。

 そして、訂正する。

「それでは、これから……その、二時間。どうぞ、よろしくお願いします」
「はい、ひとまず“午前中”は二時間、よろしく頼む」

 “午前中”と強調して口にされるその言葉に、俺はゴクリと唾液を呑み下した。
 そうなのだ。このアルファこそ、俺の手繋ぎ占いの予約を満員御礼にしている張本人である。

「手つなぎさん。それでは手を」

 まるで、パートナーをエスコートするかのような、優雅な誘い文句だ。いつもそう。
 しかし、実際にソレを言われている相手は、この俺だ。しかも、ここは「占いの館」の狭い占いブースに過ぎない。

「さぁ、手つなぎさん?」
「……はい」

 何故、客である彼から手を要求されるのか。ちぐはぐ極まりない状況ながら、俺は言われた通り自らの左手を差し出す。なにせ、これは“俺”の決めた占いスタイルだ。
 俺は、机の上に差し出した自分の手に、ひんやりとした固い手が重なるのを感じながら、ふと思う。

 いつの間にこんな事になったのだろう。

 そう、あれは一カ月程前の事だ。あんなに怒っていた筈のアルファの男。ジルさんは、なんと次の週も俺の前に現れたのだ。


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