神様の遊び場

桜羽ひじり

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16話「和哉の過去③」

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 そしてクラス替えから一ヶ月が経ち――
 今日はあき君と颯太そうた君、二人とつるんでるクラスの子達数人に屋上に連れていかれ、冷たいコンクリートの地面に身体を押さえつけられた。

「痛っ! やめて! やめてよ颯太君! みんな!」
「うるせえ! てめえが●●を呼んでこなかったのが悪いんだろうが! 俺達の言うことを聞かないなんて最近調子に乗ってんじゃねえのかぁ和哉かずや! おい、何で連れてこなかった?」

 颯太君が僕の前髪をつかんで持ち上げた。
 強制的に目を合わせられた僕は、そのまま質問に答える。

「だって、●ちゃんに意地悪するつもりでしょ?」
「は? 当たり前だろ? だから怪しまれないようにお前に頼んだんだろうが!」
「颯太君……●ちゃんにひどいことしたら、僕も怒るよ」
「ぷっ! 怒るって何だよ。お前に何が出来んだ? いつもいつも言いなりの弱虫和哉がよぉ」
「うっ、髪ひっぱらないでよ」
「……颯太、もういい。離してやれ。お前らもだ」
「え? どうしたんだ秋?」「秋さん?」
「いいから離せ。和哉に聞きたいことがある」
「まあ、いいけどよ。どうしたんだ急に?」
「この前●●が言ってたんだよ。『和哉がやり返さない本当の理由がどうとか』あいつ、はっきりと答えを言わないまますぐに帰りやがった」
「はっ、そんなんすぐに分かんだろ。怖くて怖くて、今にもお漏らししちゃいそうで、手も足も動きませ~ん、だからこいつはやり返してこねえんだよ」
「…………和哉、お前いつも俺達に抵抗はしても、殴り返したりはしなかったよな。何でだ?」

 秋君は僕の目を見て、真剣にそう聞いて来た。
 僕は少し戸惑いながら、その質問に正直に答える。

「何でってそれは……殴ったら、殴られた人が痛いじゃないか」

 殴られたら痛いし、悲しい。
 だから僕は誰にも暴力は振るわないし、人に嫌なことはしないようにしてきた。
 でも、当たり前だと思っていたことはみんなには違ったようで、屋上に笑い声が満ちた。

「ぷはっ、こいつマジで言ってんのか? お前おかしいよ。殴られた相手が痛いからやり返さないって、馬鹿じゃねえの?」
 
 みんなが僕を笑う中、秋君だけは笑わずに静かに僕の目の前に立って僕を見下ろしていた。
 その目の奥に浮かぶくらよどんだ感情に、背筋に冷たいものが走る。

「ああ、わかったよ……お前をいじめてもいじめても満足しなかった理由……」
「秋、君……?」

 秋君は突然僕の胸倉むなぐらを掴み、

「俺が甘かったんだ、俺はお前に優しくしすぎた」

 僕の顔を何度も殴った。
 
「あっ、がっ、やめ! 痛い! 痛いよ!」
「ちょっ、秋!? さすがにそれはやり過ぎじゃ、先生にばれるぞ!」
「黙れ。こいつは、一回とことん痛い目に合わせねえとわかんねえんだ……」
「いっ、いたっ、やめてっ、いたいよ! やめてよぉ!」
「嫌なら殴り返してみろよ……その拳で俺を殴ってみろよ。それとも、こう言うつもりか? 善人の僕は、君みたいな酷い奴とは違うので殴り返しませんってか!?」

 秋君が拳を大きく振り上げた。
 その瞬間、

「馬鹿馬鹿しいわね」

 聞き覚えのある、りんとした女の子の声が聞こえた。

「あ˝? 誰だ?」
「あら、聞こえなかった? ば・か・ば・か・しいって言ったのよ、お山の大将君」

 助けに来てくれたのは、幼馴染の女の子だった。

「●ちゃん……」
「てめえ……ちょうど良かった。お前だよ。お前に用があったんだよ」
「あら、私を呼んでたの? なら直接呼びに来なさいよ。女の子一人まともに誘えないなんて、案外恥ずかしがり屋なのね」
「うるせえ女だな。女だからって殴られないとでも思ってんのか?」
「いいえ。ただ、あんたみたいな他人を傷つけて、自分の方が上だと確認しなきゃ自分の価値を感じられない人には、負ける気がしないってだけよ」
「口だけは達者たっしゃだな……いいぜ、やってやるよ。手加減なんてしねえからな」

 秋君はこぶしを握り締め、ゆっくりと立ち上がった。
 
「秋君……だめだよ……」
「離せよ和哉、邪魔だ」

 見下すような、強く鋭い眼で見下ろす秋君は怖かった。
 でも、僕は秋君の足を離さなかった。
 ズキズキと刺すような痛みを我慢し、秋君を止めた。
 そうじゃないと駄目だったからだ。
 じゃないと――

「駄目だよ……秋君が●ちゃんに酷いことをしたら僕は……秋君と友達になれなくなる」
「……は? お前、何言って……?」
  
 涙で視界がぼやけて秋君の顔は見えなかった。
 でも、声を聴く感じ驚いていたんだと思う。
 秋君はその場で立ち止まって、僕の方を見下ろし続けていた。

「くすくすくす。わかったかしら? 和哉があなた達にやり返さない本当の理由。和哉はそういう奴なのよ。あんた達に何度いじめられても、初めて出会った時に優しくしてくれたからってだけで、"今でも"友達になれると思ってるのよ」
「……理解出来ねえ」
「それはそうよ。あんたみたいな小物が和哉を理解できるわけないじゃない。ましてや、対等になれるとでも思ったの?」
「――っ! てめえは、そろそろ黙れよ……!」

 秋君は僕の手を振りほどき、彼女に向かって走り出した。
 彼女は後ろに一歩引き半身の状態になると、前に出した右手で一気に

「なっ!?」

 秋君を制圧した。

「くっ離せ! この――いっ、いててててて!!」
「いいこと教えてあげるわ。あなたはいじめを通して他の子達と仲間意識を感じているのでしょうけど、自分の方が上だと周りのみんなに知らしめたいんでしょうけど、あなたが将来、急に事故に会ったり、窮地きゅうちの危機におちいっても彼らは決して、助けてくれないわよ。なんたって――」
「くそっ……お前らも手伝え! こいつをどうにかしろ!!」
「あなたの事を本当に友達だと思ってる子なんて……」
「「「…………」」」
「なっ、なにしてる! 早くこいつを――」
「誰一人いないんだから」
「黙れえぇぇ!!」
「それとあなたの、あなた達の陰湿いんしつないじめも今日で終わりよ」
「先生こっちです! 早く!」

 遠くから誰かの声が聞こえ、階段を上ってくる音がした。

「やべえ、先生だ! お前らどこかに身を隠せ!」
「どこかって、屋上に隠れるところなんて……」
「お前、もしかして最初から……!」
「ええ、あなた達が和哉をつれていくところからばっちりね。動画もしっかり撮っておいたから安心してね」
「…………ははははは! そうか……お前も案外酷い奴だな。最初から見てたくせに和哉がボコボコにされてるところ黙って見てたんだろ?」
「…………」
「いや違うか、クラス替えの時点で気付いていたんだから一ヶ月も見て見ぬふりしてたのか! ははっ! お前も本当は俺達と同じ――」
「うるさいわよ……」
「ぐっ……図星か? 幼馴染おさななじみって言っても所詮しょせんその程度ってわけか」
「あんたにはわからないわよ。私がこの一ヶ月どれだけ我慢してきたかを……あの子は私にこう言ったのよ『ありがとう、心配してくれて』って。つらくて、苦しくてもう嫌だと弱音を吐くわけでも、助けてほしいと相談するでもなかったのよ……あなた達と仲良くなれると、ずっとそう言っていたわ」
「…………」
「本当は、和哉はこんな結末を望んでいなかったでしょうね……だから、これは私のわがまま。私の幼馴染を、大切な友達をこれ以上傷つけられて黙っているわけにはいかなかった。ただ、それだけよ」
「……なんだよそれ……俺には、わかんねえよ……」

 二人の話を僕は静かに聞いていた。
 どうすればよかったのだろう。
 彼女に心配をかけたくはなかったし、秋君達とも友達になりたかった。
 一体どうしていたら、もっといい方向に行けてたのだろうと繰り返し考え続けた。
 そして――
 
「お前達! 何をしてる!!」

 先生が駆け付け、この件は一旦終わりを迎えた。
 それから僕はいじめを受けなくなった。
 いじめていた子達が心を入れ替えたとかそういう訳ではなく、いじめの主犯格であった秋君と颯太君はしばらくの間自宅謹慎処分。
 いじめに加担していた子達は反省文を提出させられ、クラス替えが再び行われた。
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