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ライブハウスに着いた羊は店内を見渡す。今日も人が多い。狼を見つけられるだろうか。しばらくきょろきょろしていると知らない男に声をかけられた。
「あんた、羊だろ?」
客の声とざわめきの中で声が小さく聞こえるので、羊は自然な感じで男の方に耳を寄せた。眼鏡越しに男を見る。男は一瞬ひるむ。切れ長の目がこちらを見ている。噂になってる羊って本当にこいつか?ぜんぜんやばくないじゃん、むしろ…。
「俺になにか?」
羊が言う。声がすごくエロい。男がたじろぐ。羊からわずかにするボディソープの匂い。
「お、狼がバックヤードであんたを待ってるんだ。案内するよ」
こっちだと言う男の言葉に、羊は従った。
狼はバックヤードでなにをしているのかと羊は思った。男に言われた通り、大人しくついて来てしまった。楽屋の奥に、一部の人間にだけ解放している部屋があると男が説明するのを、羊は黙って聞いていた。ドアの前に着く。男が開けるように羊を促した。羊はドアノブをまわす。ドアの隙間から覗いたものを見て、羊はドアを開けたことを後悔した。ここに来たことにも。
ドアの向こうは薄暗かった。薄暗い部屋の中から人の叫ぶような、うめくような声が聞こえてくる。嗅いだことのあるような不快な匂い。ドアを閉めようと振り返るが、男が羊の背後に立っていた。羊から目をそらしているがここに入る以外の選択肢はないことを暗に言っている。羊は男の目を見る。男は羊を見ない。羊は仕方なく部屋に一歩踏み込んだ。男の手でドアが閉まる。
うめき声と喘ぐ声。狼が男をがんがん突いていた。狼の息づかいが聞こえる。部屋にはソファとベッドがひとつあって、サイドテーブルに飲みかけの酒の瓶が並んでいる。羊が来る前に飲んだものだろうか。狼はここから羊に電話してきたのか、酒の瓶と一緒にスマホが置かれている。
「羊…そこっ…ん…座って…」
ベッドのわきにソファがある。ソファの上に見たことのあるシャツが脱ぎ捨ててあった。いつの間にかなくなっていた羊のシャツだった。狼だろうと思っていたが、本当に狼が勝手に持ち出していたようだ。一瞬イラっとしたが、その感情はおそらく意味のないものだと思い直し、シャツをわきによけると、静かにソファに座った。
狼がはあはあ言いながら、のけぞって男を突いている。腰が男とつながっている。狼とつながっている男は目隠しと猿ぐつわをされていた。手はベッドに拘束具で結ばれている。拘束具の鎖がちゃりちゃりと鳴るのに合わせて、ベッドがぎしぎしと軋んだ。
「見て、羊」
狼が言う。
「見て見て。俺を見て、羊、俺を見て羊!羊っ!!」
狼が大きな声を出す。喘ぐ。ベッドの軋む音が大きくなる。ベッドが揺れて、狼の下で男が弾む。男の喘ぎに苦痛が混じる。本当は羊とこうなりたい。羊にこうしたい。羊の中に全部出したい。愛してるって言いたい。
狼が叫ぶ。羊は黙ってそれ見る。なにを?何を見ろと?狼はなにをしているのだろうか。これを見せるために俺を呼んだ?なんでだ。狼が男とやっているのを見せられて、俺にどうしろと?
胸の中になにか黒いものが沸いてくる。不快だ。とても。羊は自分の胸を鷲掴みにする。心臓の音がする気がする。心臓のこの大きな音の理由はなんだ。呼吸が早くなる。止めたい。奥歯を噛む。目の前で狼が、裸になって、男とアナルセックスしていることまでは理解できている。でもそれ以外が理解できない。なんで狼はこの男とそんなことをしてるんだ。俺にもしないのに?…なんだって?俺にもしないってなんだ。いや…なんだこの気持ちは、なんだ?
突然、視界の隅で何かが動いた。いつの間にか自分のそばに人が立っている。羊はぎょっとした。思わずわっと声が出た。ライブハウスのボーイだった。薄暗い室内にぼーっと立っていた。
手にトレーを持っている。酒を運んできたようだった。ボーイはお待たせしましたと言うが、そのわきでは狼と男がベッドを軋ませながら喘いでいる。この状況で普通に酒を持ってきて、そして空いたグラスや瓶をさげて戻っていった。羊は今、混乱しているのは自分だけだということに、思いのほか動揺した。
狼が喘ぎながら酒をすすめてくる。とても飲む気にならなかった。狼が酒を1本とってほしいと言うので、羊は手渡した。半分ほど一気に飲み干して、また羊に返す。
「飲まないの?俺のおごりだよ?」
狼は挿入したまま、いつもの調子で話し出す。狼の喘ぎ声が異常に大きく聞こえる。頭がおかしくなりそうだった。くらくらする。狼の下で男がぜえぜえと喘いでいる。汗と涙でシーツに染みができている。
「俺にこんなもの見せて、楽しいのか?」
狼が笑う。
「楽しいよ…はあ…あはっ…」
狼は羊を見る。
「俺は全然楽しくない」
「こいつ、羊の悪口言ってたんだぜ」
狼が羊の言葉を遮った。羊が狼を見返す。
「羊があちこちで男を食い漁ってるって、こいつ、噂を流してたんだよ」
狼の下で、男が身をよじる。なにか言おうとしているが、猿ぐつわがさらに食い込むだけだった。
「そんな理由でお前、こいつを傷めつけてるわけ?そんな方法で?」
狼の表情がすっと冷める。狼は男から乱暴に自分を引き抜くとベッドに立ち上がった。男の股間を踏みつける。つま先に力を込める。男がうめく。
「そんなこと?そんなこと?」
狼がベッドから降りてきて羊に詰め寄る。
「なあ、羊、なんでわからないの?」
狼が羊の頭をつかむ。羊の唇に噛みついた。羊の身体に痛みが走る。狼は羊をソファに押さえつける。
「ねえ、羊、お前さ、俺がどれくらいお前が好きかとか、考えたことある?」
「ないね」
狼が無言で羊を見下ろす。
「お前が俺のことを好きかもなんて、少しも考えたことなかったよ」
「じゃあお前は俺のこと、好きって思ったことある?」
羊は狼を見つめる。狼は羊を見る。ふたりの目は無言のまま、しばらくの沈黙。重たい湿度。いつもと同じ、煙草の匂い。狼はマッチの匂いを思い出す。鼻の奥がつんと痛んだ。狼はソファの上のシャツを手に取る。羊は身構えた。
「なにもしねえよ」
狼が言う。羊の目を見ずに。シャツを着て、羊に言った。
「俺お前のそういうところ好きだよ」
羊は黙っている。狼の声は小さい。狼は羊ではなくどこか別のところを見ながら、自嘲ぎみに笑っていた。
「もう帰っていいよ。悪かったな」
羊に言う。羊は立ち上がり、無言でドアに向かった。背中で狼を感じる。羊はドアを開け、振り返ることもなく、そのままドアの外に出て、後ろ手に扉を閉めた。
「あんた、羊だろ?」
客の声とざわめきの中で声が小さく聞こえるので、羊は自然な感じで男の方に耳を寄せた。眼鏡越しに男を見る。男は一瞬ひるむ。切れ長の目がこちらを見ている。噂になってる羊って本当にこいつか?ぜんぜんやばくないじゃん、むしろ…。
「俺になにか?」
羊が言う。声がすごくエロい。男がたじろぐ。羊からわずかにするボディソープの匂い。
「お、狼がバックヤードであんたを待ってるんだ。案内するよ」
こっちだと言う男の言葉に、羊は従った。
狼はバックヤードでなにをしているのかと羊は思った。男に言われた通り、大人しくついて来てしまった。楽屋の奥に、一部の人間にだけ解放している部屋があると男が説明するのを、羊は黙って聞いていた。ドアの前に着く。男が開けるように羊を促した。羊はドアノブをまわす。ドアの隙間から覗いたものを見て、羊はドアを開けたことを後悔した。ここに来たことにも。
ドアの向こうは薄暗かった。薄暗い部屋の中から人の叫ぶような、うめくような声が聞こえてくる。嗅いだことのあるような不快な匂い。ドアを閉めようと振り返るが、男が羊の背後に立っていた。羊から目をそらしているがここに入る以外の選択肢はないことを暗に言っている。羊は男の目を見る。男は羊を見ない。羊は仕方なく部屋に一歩踏み込んだ。男の手でドアが閉まる。
うめき声と喘ぐ声。狼が男をがんがん突いていた。狼の息づかいが聞こえる。部屋にはソファとベッドがひとつあって、サイドテーブルに飲みかけの酒の瓶が並んでいる。羊が来る前に飲んだものだろうか。狼はここから羊に電話してきたのか、酒の瓶と一緒にスマホが置かれている。
「羊…そこっ…ん…座って…」
ベッドのわきにソファがある。ソファの上に見たことのあるシャツが脱ぎ捨ててあった。いつの間にかなくなっていた羊のシャツだった。狼だろうと思っていたが、本当に狼が勝手に持ち出していたようだ。一瞬イラっとしたが、その感情はおそらく意味のないものだと思い直し、シャツをわきによけると、静かにソファに座った。
狼がはあはあ言いながら、のけぞって男を突いている。腰が男とつながっている。狼とつながっている男は目隠しと猿ぐつわをされていた。手はベッドに拘束具で結ばれている。拘束具の鎖がちゃりちゃりと鳴るのに合わせて、ベッドがぎしぎしと軋んだ。
「見て、羊」
狼が言う。
「見て見て。俺を見て、羊、俺を見て羊!羊っ!!」
狼が大きな声を出す。喘ぐ。ベッドの軋む音が大きくなる。ベッドが揺れて、狼の下で男が弾む。男の喘ぎに苦痛が混じる。本当は羊とこうなりたい。羊にこうしたい。羊の中に全部出したい。愛してるって言いたい。
狼が叫ぶ。羊は黙ってそれ見る。なにを?何を見ろと?狼はなにをしているのだろうか。これを見せるために俺を呼んだ?なんでだ。狼が男とやっているのを見せられて、俺にどうしろと?
胸の中になにか黒いものが沸いてくる。不快だ。とても。羊は自分の胸を鷲掴みにする。心臓の音がする気がする。心臓のこの大きな音の理由はなんだ。呼吸が早くなる。止めたい。奥歯を噛む。目の前で狼が、裸になって、男とアナルセックスしていることまでは理解できている。でもそれ以外が理解できない。なんで狼はこの男とそんなことをしてるんだ。俺にもしないのに?…なんだって?俺にもしないってなんだ。いや…なんだこの気持ちは、なんだ?
突然、視界の隅で何かが動いた。いつの間にか自分のそばに人が立っている。羊はぎょっとした。思わずわっと声が出た。ライブハウスのボーイだった。薄暗い室内にぼーっと立っていた。
手にトレーを持っている。酒を運んできたようだった。ボーイはお待たせしましたと言うが、そのわきでは狼と男がベッドを軋ませながら喘いでいる。この状況で普通に酒を持ってきて、そして空いたグラスや瓶をさげて戻っていった。羊は今、混乱しているのは自分だけだということに、思いのほか動揺した。
狼が喘ぎながら酒をすすめてくる。とても飲む気にならなかった。狼が酒を1本とってほしいと言うので、羊は手渡した。半分ほど一気に飲み干して、また羊に返す。
「飲まないの?俺のおごりだよ?」
狼は挿入したまま、いつもの調子で話し出す。狼の喘ぎ声が異常に大きく聞こえる。頭がおかしくなりそうだった。くらくらする。狼の下で男がぜえぜえと喘いでいる。汗と涙でシーツに染みができている。
「俺にこんなもの見せて、楽しいのか?」
狼が笑う。
「楽しいよ…はあ…あはっ…」
狼は羊を見る。
「俺は全然楽しくない」
「こいつ、羊の悪口言ってたんだぜ」
狼が羊の言葉を遮った。羊が狼を見返す。
「羊があちこちで男を食い漁ってるって、こいつ、噂を流してたんだよ」
狼の下で、男が身をよじる。なにか言おうとしているが、猿ぐつわがさらに食い込むだけだった。
「そんな理由でお前、こいつを傷めつけてるわけ?そんな方法で?」
狼の表情がすっと冷める。狼は男から乱暴に自分を引き抜くとベッドに立ち上がった。男の股間を踏みつける。つま先に力を込める。男がうめく。
「そんなこと?そんなこと?」
狼がベッドから降りてきて羊に詰め寄る。
「なあ、羊、なんでわからないの?」
狼が羊の頭をつかむ。羊の唇に噛みついた。羊の身体に痛みが走る。狼は羊をソファに押さえつける。
「ねえ、羊、お前さ、俺がどれくらいお前が好きかとか、考えたことある?」
「ないね」
狼が無言で羊を見下ろす。
「お前が俺のことを好きかもなんて、少しも考えたことなかったよ」
「じゃあお前は俺のこと、好きって思ったことある?」
羊は狼を見つめる。狼は羊を見る。ふたりの目は無言のまま、しばらくの沈黙。重たい湿度。いつもと同じ、煙草の匂い。狼はマッチの匂いを思い出す。鼻の奥がつんと痛んだ。狼はソファの上のシャツを手に取る。羊は身構えた。
「なにもしねえよ」
狼が言う。羊の目を見ずに。シャツを着て、羊に言った。
「俺お前のそういうところ好きだよ」
羊は黙っている。狼の声は小さい。狼は羊ではなくどこか別のところを見ながら、自嘲ぎみに笑っていた。
「もう帰っていいよ。悪かったな」
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