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魔女退治を始めます 2
しおりを挟む「ああ、サクヤは知らないか。
あいつはゾンビというアンデットの魔物だ。通常の攻撃では死なない。しかもこいつらはかなり知性が高そうだから、ゾンビの中でもかなり上位の者達だろう」
「一応知ってます、存在は」
ファンタジーな生き物だったけど!
っていうか、こんなことしゃべってる場合じゃなくて……
「逃げないと!噛まれたら皆ゾンビになっちゃいますよ!?」
俺がそう叫ぶと、仲間の皆だけでなくゾンビ達まできょとんと固まった。
しばしの沈黙の後、愉快そうな笑い声が敵の方から上がった。
「あっはっはっは。面白い!主人から聞いていましたが異世界人というのは本当のようですねぇ」
「異世界ではゾンビは噛んで増えるんですか?くくく!素晴らしい!我々の仲間で地上を埋め尽くせます」
「フフフフ!兄様達、異界から来た方の無知を笑ったら悪いですよ。異界の貴方、我々はそんなに簡単な方法で増えることはできません。ご安心ください。フフフフ!」
ゾンビに爆笑されてしまった。
見た目は不健康ながらクールな紳士といった見た目の三人組なのに意外にも笑い上戸というか。中身は全然違うようだ。
心底楽しそうな様子に緊張が緩みそうだ。反応に困ってしまう。
ひとしきり笑ってようやく落ち着いて来たと思ったら、今度はジロジロこちらを値踏みするような視線を向けてきた。
「俄然興味が湧きました。魔女から人間どもを殺せと言われています。玩具はその限りではないが邪魔だった場合は別に壊してよしとの命令でしたが、それは勿体ない。異界の貴方、我々の仲間になりませんか?」
「それは名案ですねぇ。私も賛成です」
「貴方なら魔女も手元におくのに反対はしないでしょう。なにせ魔女の美に対するこだわりは異常ですからね。人手不足だというのに眼鏡に叶わないからと、どんどん潰していくのですよ、あの方は。おかげで上位アンデッドである我々が家事や汚れ仕事まで押し付けられるんです!ありえませんよね!?
その点あなたは、魔女がわざわざ異界から呼んだだけあって非情に美しい。ぜひぜひ、同僚として仲良く働きましょう」
「ないから!」
そんな話を聞いて働きたいと思う奴っている!?
そもそも俺は魔女のせいでひどい目にあって来たんだぞ?恨みこそすれ仕えたいなんて思うはずないだろ。
それにしても…、魔女の数少ない仲間であるはずのゾンビ達。
仕えている割に不満なオーラが全く隠せてないよ。なんで魔女の手下なんてやってんだろ?
「オラ、アンデッド風情が生意気な口きいてんじゃねーよ。サクヤに手を出してみな。細切れにしてやるぞ」
「ガロスさん…」
ゾンビの視線から守るようにずいっと俺の前に出てくれる。大きな背中を見てるとほっとした。
だが俺とは反対に、ゾンビ達は今までの気さくな雰囲気を一変させる。
口端は吊り上がっているが、氷りそうに冷たい瞳をガロスさんに向けてきた。
「……ふん、人間風情が我々に叶うとでも?」
「! ガロスさん、右から攻撃!」
戦闘開始は急だった。右端にいたゾンビがこちらに向かってすごいスピードで攻撃を仕掛けてきたんだ。かなり離れていたはずの距離が一気に縮まりヒヤリとする。
ガロスさんは俺の声を聞いてすぐに反応してくれ、ゾンビの攻撃を無事にかわしていた。
念のために、ゾンビ登場時から心の声を聞く魔法を発動する準備をしてたんだけど、やっててよかった!
それを皮切りにゾンビ三人が一斉に仕掛けてきて全面戦闘状態になった。
ガロスさん、レイシスさん、ウィルがそれぞれ一人ずつを相手に戦う。
ドゴーン!!
ゾンビ達の攻撃はまさかの肉弾戦だった。ひょろりとしたシルエットからは想像もつかない力を繰り出してくる。
今も避けられた攻撃が床に当たったんだけど、音がヤバイ。この音ってもう重火器の攻撃じゃない!?
「オラっ!」
一瞬の間に敵の後ろに回り込んだガロスさんが、剣を振りかぶりゾンビの右腕を切りつけた。
刃は腕に食い込み、大きな傷を作った。
すごい……!ゾンビは相当強そうなのにガロスさんも全然負けてない!
「やった!――……あ、あれ?」
? おかしいぞ。あれだけ派手に切られたのにゾンビはよろけることもなく、普通に立ったまま。それに残りの2人もケガを負ったゾンビを見ても全く動じてない。
理解できない光景に急いで思考を読む。
え……、強がりでも何でもなく、本当に何にも思ってない?
そんなことってある?だって腕が千切れそうなくらいの大怪我なのに!?信じられずに怪我を凝視してみてやっと俺は気が付いた。血が全然出ていない。
「ええっ!?」
血が出ないどころじゃない!
それどころか次第に傷口が塞がっていってる!?まるで逆再生の動画みたいのようにき、しばらく後には傷一つない姿に戻っていた。
見た目は一見、人のように見えるのに、……本当にゾンビなんだ。初めに聞いていたはずなのに分かってなかった。
「チッ。切りがねえ。これだから、アンデッド系は嫌なんだよ」
「どけ、ガロス!」
レイシスさんから放たれた火魔法がゾンビを包む。
まだ再生中で動けないからか、ゾンビは避けもせず火魔法に包まれた。
予想よりも魔法の範囲が広かったのか、残りの2人のいる場所にも火が襲い掛かった。
氷魔法に比べて得意じゃないって言っていたけど、すごい火力だ!レイシスさんが同時に張ってくれた風の防御壁があるのに熱がこちらまで届く。
これで、やっつけた…?少なくとも大きなダメージを与えてるはずだよね。
そう思ったのに…、その願いは炎の中からゆっくり姿を現した三つの影に打ち消された。
ゾンビ達は燃え盛る火の中から服を煤で汚しながらも軽快な足取りで平然と歩いていた。
「嘘……」
俺の呆然とした呟きを余所に、ゾンビ達はさっきまでと全く変わらない様子で話し始めた。
「これだから下手に戦闘ができると思ってる人間は嫌いなんですよ。服が汚れちゃったじゃあないですか」
「毛ほどのダメージもないですけど邪魔されるのは鬱陶しいですね」
「その子とこれからのことを早く話したいですし、残りの奴らはさっさと片づけてしまいましょう」
そう言って3人は地面を蹴り、攻撃を再開してきた。
相手の攻撃をリークして皆の援護を続けながらも不安になる。
攻撃をしても効果がない相手なんてどうやってやっつけたらいいんだ?
何か、何かヒントは?焦りながらも、今まで見てきた小説や映画を思い出そうと脳みそを振り絞る。
えーと、ゲームとかだと確か頭を破壊すると動きを止めたような……
「ウィル!右後ろ!」
「!」
俺の言葉に即座に反応してくれたウィル。その鋭い爪が隙をついてゾンビの頭を切り裂いた。
色々なものが空中に飛び散っていく。
……グロ!
あ、でもそうだった!
さっき思い出しかけてたこと。
ゾンビって頭が弱点じゃなかったか?大抵のゾンビ映画じゃそうだったはず!流石にこれなら止めを刺せたんじゃ――
「マジかよ」
だめだ……。ぐちゃぐちゃに潰れた頭さえも見る間に元通りの形に戻っていく。
普通の傷よりも治るのに時間はかかったものの、数十秒後には傷一つない顔を取り戻していた。
別のゾンビ相手に雷魔法を叩きこんで、一時後退したレイシスさんが俺の横にスタっと降り立った。顔が苛立たしげに歪んでる。
「チッ。火もダメ、頭部の破壊すら致命傷にならないとは…。大抵のアンデッドならここまですれば殲滅できるはずなのに、上位種の名は伊達じゃないということか」
「レ、レイシスさん。他に効く攻撃って……」
「……心配するな。手がない訳じゃない」
「ふん、おしゃべりとは余裕ですねぇ」
「!」
気付かない内に、回復していたゾンビが目の前に立っていた。
こんな近距離、魔法使いのレイシスさんが許せる間合いじゃない。
とっさに攻撃から庇おうと体が動く。
でもそんな俺の動きを押し留めるようにレイシスさんが一歩前に出た。
「レイシスさん!?」
素早くバックから取り出した何かをゾンビに向けて投げつける。
その途端、今までどんな攻撃を受けても余裕そうだったゾンビが悲鳴を上げて苦しみ出した。体からは煙が上がっている。
「ぎやああああああ!」
すごい!一体何の武器を?
その疑問が伝わったのかレイシスさんが懐から何かを取り出す。見せられたのはキラキラ輝く液体の入った小瓶だった。
「聖水だ。毒や変化などあらゆる状態異常を回復させてくれる。アンデッドはどんなに上位種だろうと聖魔法や聖水だけは絶対に効くからな。数に限りがあるからできれば他の手段で殺したかったが……」
「あ…、俺の魔法が他の人にも使えれば…」
俺には一応聖魔法の適性があるんだけど、自己回復限定なんだよな。
仕方ないこととはいえ、悔しさに唇を噛むとレイシスさんがポンと肩を叩いてくれた。
「気にするな。サクヤは十分役に立ってくれている」
「は、はい」
そうだ。今は悔やんでいる場合じゃない。
戦闘だってまだ続いているんだ。できることをまずやらないと。
「やってくれましたねぇ……」
煙が薄くなってきて先ほどまでの表情とはがらりと様子が変わったゾンビがこちらを睨んできた。
「さっさと片づけて勧誘に時間を掛けようと思っていましたが、気が変わりました。あなたには嫌というほど苦しんで死んでもらいます!」
「レイシスさん!下から土壁が!」
「チッ!」
肉弾戦しかできないと思ったけど魔法も使えるのか?
魔法か特性かは謎だけど、ゾンビの思考を覗いてみると周りの土壁やレンガを操れるっぽい。やばい……、聖水攻撃で少し苦しそうなものの、まだ全然平気そうに動いているぞ。
奥の手の聖水を使っても致命傷までは与えられないって……これ、詰んでないか?
先程から戦い続けている皆は、どんどん疲労が溜まっていってるはず。
このままズルズル戦っていたら、増々こちらの不利な状況になっちゃう!
かと言ってこのゾンビ達を振り切って、魔女のところに進めるかというとそれも難しいし…。
「ガロス!聖水を使え!」
「! いいのかよ!?」
「どの道このままじゃ持たん!」
ガロスさんも懐から聖水を取り出し投げつけた。
そして風魔法を使ってウィルにも聖水を手渡す。
そのお陰で3人共、さっきよりは戦いに余裕が出てきた。でもそれだけ。
聖水の手持ちはすぐになくなる。今の内に打開策を考えないと!
えーと、ゾンビには聖魔法が効くって言ってたよな?
ても俺には自分にしか使えない。
誰かに掛けられればと思いて今までずっと練習してたけどやっぱり無理だった。
今頑張ったところですぐ使えるようになることは絶対ない。
他の方法…、聖魔法をあいつらにぶつける方法……。
「…あ、これなら、もしかして…」
思いついた方法は馬鹿馬鹿しいものだった。
でも他に方法がないなら、ダメ元でもやるしかない。
何より俺のせいでこの優しい人達が死ぬかもしれないなんて絶対に嫌だ!
「よし!」
俺は大きく息を吸うと、自分に向かって回復魔法を目いっぱい掛けた。
…うん、掛かってるみたい。自動回復はオート状態だから、回復魔法ってあんまり使ったことなかったんだけど、ちゃんと発動してホッとした。
そして俺はゾンビが移動したタイミングに合わせ、突進した。
伸ばした右手は何とかゾンビの服を掴めたようだ。思考を読んだおかげで人外の素早さでもなんとかできた。
「?自分から囚われに来るとはいったい何のつもりで――」
でもこれだけじゃ駄目。ゾンビの腰に思いっきりしがみ付く。
「「「サクヤ!?」」」
俺の奇行に仲間達がギョッとした声を上げる。
そうだよね、めっちゃ強い皆でさえ対等に持ち込むのがやっとな相手。俺が適うはずなんてない。
でも聖魔法が使えれば、話は変わってくる。
俺が考えたのは聖魔法をまとった俺が体ごとぶつかればダメージを与えられるんじゃないかっていうことだ。
短絡的なのは百も承知。でもどうせ活路がないならダメ元で試すしかないと思ったんだ。
俺が腰にしがみついているゾンビは微動だにしないまま。
これは……もしかして本当に効いてる!?
回している両手に汗が滲む。
さらに気合を入れて回復魔法を使おうとした瞬間。
俺の視界はいきなり暗転したのだった。
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