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森でまた攫われました 2

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「ん…?」

あれ、ここは?

顔に当たる布の感触に一瞬宿にいるのかと思ったが、目が覚め頭がはっきりした途端に青くなった。
そうだよ。昨日から魔物の森に入って、いつも通り後衛で戦闘のサポートとかしていたら、いきなり何かに攫われたんだ。
やたら太い腕はに抱え上げられたと思ったら、いきなりすごい速さで爆走して。その途中引っかいたり叩いたり力の限り抵抗してもビクともしなかった。

皆は目の前の敵に集中してたし、俺が攫われたことにはすぐには気づかなかっただろうな。
いきなり俺がいなくなってびっくりしたに違いない。

その内抵抗に疲れてきて、いつの間にか寝ちゃったのか?
いやいや、攫われて寝るってどれだけ図太いんだ!ただ森は暗いし、がっちり安定感のある抱えられかたで、同じリズムで振動があると、こう眠気が……。

ま、まあ、終わったことは良しとしよう!
それより俺は誰に攫われたんだ?

辺りを見回すと、ボロボロだけど小屋の中のようだ。
ベッドや調理道具など生活にいるものは一通りあるみたい。誰か住んでる家なのかな?
そこのベッドの上に寝かせられてたみたいだけど…、そういえは別に縄で縛られてもいない。ベッド横の窓は開いたままだし。あれ、攫われた後で誰かに助けてもらった後なのか?
うーん、状況が分からない。
まず状況把握だよな。
そろりとベッドから降りて小屋の外に出ようとすると、ドアのすぐ隣からすすり泣きのような声が聞こえてきた。

「グす…うう…俺はもう駄目だ…最低だ…」
「あの~、大丈夫ですか?」
「!!!」

誰かがドアの外でうずくまっているみたいなんだけど、外は真っ暗でよく見えない。
攫われた時にずいぶん移動したように感じたけど、ここはまだ森の中らしく鬱蒼とした木々が月灯りの邪魔をする。さらにその月も雲でちょうど隠れてしまったようで、シルエットすらはっきり見えなかった。この人がさっきから聞こえている泣き声の主なのかな。

「えーと、あなたが俺を助けてくれたんですか?ありがとうございます」
「ち、ちがう…俺が…俺が…」
「?」
「俺がッ、あんたを攫ってきたんだ!」

そう言って彼はガバッと立ち上がった。
その時ちょうど雲の隙間から月明かりが覗いた。
その光は木々の隙間から差し込み、叫び声を上げた人物を照らし出した。

見上げる巨体に豚の顔、目の前にいるのは昨日話していたオークだった。


◆◆◆


「ひ…」
「あ……、お、俺……」
「やめ…ッ」
「お、おびえないでくれ。あなたをどうこうしたりしない」

……。

あ、あれ?普通に会話してるな?
確かレイシスさんの話だとすごく知能が低いはずだけど会話ができるって相当頭よくないと無理だよね?これじゃ人間と変わらないんじゃないか?

「いや、俺がこんなことを言っても信じないよな。どの人間も俺の姿をみるなり悲鳴を上げて狂ってしまう。あなただって……。ああ、俺はなんてことを……」
「あ、あの~」
「あんなに可愛い女子の心を壊してしまうなんて、やっぱり俺は村になんか行ってはいけなかったんだ」
「あの!」
「そうしたら、あんたもこんな目に……うん?」
「あの、あなたはオークなんですか?でも話が通じますよね?人間?」
「き、君。俺を見て……返事を???気を失わないのか!?悲鳴は!??」
「え、えーと……」

うーん。やはりどう見ても悪い魔物には見えない。
俺の唯一の取り柄を使ってみるか。本人に言わずに使うのは信条に背くけど、怪しい事態だっていうのは確かだしな。
心の中で魔法を唱え心の声を覗き見る。
その結果、やはり直感通り。目の前の人物は危険人物じゃなかった。少なくとも今は俺をどうこうしようなんてて考えていない。
それどころかむしろ聞こえたのはさっきの声と同じ、強い後悔と自己否定ばっかりだった。

「悪いけど魔法を使ってあなたの本心を見せてもらいました。あなたは俺に危害を加えたりしないですよね?
それに見た目はオークなのに普通に会話できるし……、まずは事情を教えてください。
ここはどこ?どうして俺はここにいるんですか?」
「う……」
「う?」
「…おおおおうおおおおう!!!!!」
「うわっ」

オークはぶるぶる震えたかと思ったら、大音量で泣き出した。
訳が分からないけど、大の大人?が手放しで泣いている姿を見てほっとけるはずもなく、遠慮がちに背中をポンポン叩いてやる。
何がどうなってるんだ?

とにかくドアの外でうずくまって泣かせるのは可愛そうだ。
手を引いて小屋の中に引き込もうとしたら、立ち上がって素直について来てくれた。よかった。俺の力じゃこんな巨人動かせれないもんな。

小屋の床には水たまりになりそうな涙のシミが広がってる。そうしてしばらく経つと、ようやく少し落ち着いたのかオークが嗚咽を堪えつつ話し出した。

「うぅぅ、あ、ありがとう。まさかまた人間と話ができるなんて思わなかった。それも暴言じゃない。対等な態度で話し掛けてくれるなんて……ッ。
グスン。……迷惑かけた上にこんなこと言えた義理じゃないのは百も承知だ。それでもお願いだ。俺の話を聞いてくれないか。聞くだけでいいんだ。忘れてしまって構わない。誰かに、うぅ、誰かに聞いてもらえればそれだけで俺は…」
「わ、わかったから。聞くから話してみて」

そうしてオークは身の上話を始めた。

どうやらこのオークは突然変異の個体みたいだ。
人間並みの知能を持っていて、そのためにオークの習性になじめず群れから追い出されたらしい。
それでも頭のどこかに群れで暮らすオークの本能が残ってたみたいで、一人での暮らしは寂しくてひどくつらかったそうだ。
それで孤独に耐えかねて人間と何度も関わろうと頑張ったって。
だけど人間の村に近づいた途端、みんな逃げて行ったそうだ。いろんな村を訪ね歩いたけどどこも同じ。
何度も自分は人を襲ったりしないって言ってもだめだったって。
その後は、しばらく森で一人で暮らしていたらしい。

けど偶然、盲目の薬師に拾われて数年共にすごしたそうだ。
そこで薬草のことを学び、今じゃそれで生計を立てているとか。
薬師の伝手の仲買人が数ヶ月置きに買付に来るそうだ。
会うことはなく置き手紙のみでやり取りをしてるって。

この小屋も薬師のものだったそうだ。
薬師は寿命で亡くなった。とてもいい人だったけど、どうしても最後まで自分が人間じゃなくてオークだってことは怖くて言えなかったそうだ。

「じいさんなら、俺がどんな奴か知ってるって…どんな見た目だってきっと態度を変えないって、そう思った。思ったけど、どうしても言えなかった。
じいさんの顔が、村の人間たちみたいに恐怖に歪んでしまったらと思うと、怖くて、どうしても言えなかったんだ」
「そうなんだ…」
「それは俺が弱いからだ。爺さんを信じきれなかった。それから俺はずっと一人で生きてきた。
俺は普通のオークとは違う。どんな本能も理性で抑え込める。弱っちい俺だけど、それだけは自信が持てた。だから今は無理でも、ずっと人間を襲わず礼儀正しく過ごしていれば、いつか人間とまた過ごせるかもって。それを心の縁に生きてきたんだ…。
たまに村の近くにいき、遠くから人間たちを見ては、いつかともに暮らしたいと夢見ていた。
なのに、俺は今日、本能に負けて…うぅぅ…匂いにつられて…俺はあんたを攫ってしまった……ッ」

そうだったんだ……。

う~ん、確かに見た目だけでいえば相当怖い。
ぶっとい腕に、大きな牙の生えた口。
でも大きな体を丸めてグズグズ泣いているところを見てたら、そんな恐怖なんてどこかに消えた。

だってさっき魔法でこのオークの心の中見たし。
ただ攫っただけなのに後悔一色で、悪だくみをするその辺の盗賊のがよっぽど怖いよ。

そうして見てみると岩のような大きな体も牙も怖くなくなった。
顔はブタっぽいけどこう、耳をぺたんと下げてしょげてる犬みたいだ。
俺は被害者側なんだけど、これはちょっとほっとけないなぁ……。

「あの、大丈夫だから、そんな気にしないでいいよ。攫われただけで何かされたってわけじゃないし」
「いや…まだ手を出していないだけで、攫った時点でおんなじだ。俺は理性で本能を絶対に抑え込めると思ってたのに、森からすごくいい匂いがして、あなたを見かけてどうしても我慢が出来なかった。
俺は醜いオークなんだ。見た目も、中身も欲望にまみれて、汚くてたまらない。
俺なんて生きている意味がないやつなんだ。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「え~」

だめだ、自分の中で答えを出しちゃってて俺の声が届かない。
それだけ長い間苦しんでたんだろうなぁ。
そんな暮らしをしている中、人間を襲わなかったのが唯一自分を信じられる根拠だったみたいだ。
それがポキッと折れてしまい、今は自己肯定感がゼロを突き抜けマイナスになってるってことなんだろう。

遠呼びの腕輪は着けたままだから、これでみんなを呼べば俺はすぐに逃げられる。だけどこのまま行っちゃうのはかなり後味が悪い。
このままほっとくと自殺でもしちゃいそうだし。

あ、そうだ。

部屋の中を見渡すとベッド横の棚上に小さな鏡が置いてあった。
それを手に持ち魔法を掛ける。

「!?魔法?」
「攻撃魔法じゃないから安心して。それよりほら、この鏡を見てくれる?」
「??? 鏡なのに、俺が映っていない?誰だこれは?お前の仲間か?」
「その人、どんな人に見える?」
「どういう意味だ?お前の仲間ならお前が何より知っているだろう」
「いいから、言ってみてよ」
「……。20代くらいの男だな。何かの獣人の血でも混じっているのか肌の色が少し変わっている。体も大きくかなり強そうに見える。
だが、きっとこの者は力任せに野蛮なことはしないだろう。落ち着いた優しい目をしている。見目もいい。どこぞの騎士だろうか?きっと女人にもてるだろう」

おお、べダ褒めだ。
でも俺もそう思う。
体は大きいけど心優しそうなイケメンだ。ゴールデンレトリバーっぽい。

聞きたかったことが聞けて思わず笑顔が出る。
そういえば名前聞いてなかったな。
普通のオークなら名前なんてなさそうだけど、数年薬師と師匠と生活してたなら呼び名くらいあったよね?

「名前聞いてもいいかな?俺はサクヤって言うんだけど」
「サクヤ……、いい名だ。
名前か……そんなもの久しぶりに口にするな。薬師は俺のことを『ゴードン』と呼んでくれた」
「ゴードンさん、この鏡に映っている人はあなただよ」
「は?」
「俺の魔法。鏡に真実の姿を映すんだって。ほら、映像じゃないよ。この机とか後ろの棚とか普通に映ってるでしょ」
「そ、そんな魔法聞いたことがないぞ?」

そういいつつ顔の向きを変えたりして自分かどうか確認しながら食い入るように鏡を見つめてる。

「さっき自分は見た目も中身も醜いっていってたじゃん。あれ違うよ。
さっきゴードンさんが鏡を見て優しくて誠実そうでかっこいいって言ってたけど俺もそう思う。これがゴードンさんの心の姿だよ」

百聞は一見に如かず。

どんな慰めよりも心に届いたようだ。
ゴードンさんは顔を真っ赤に染め、その目からポロリと涙を零した。
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