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狼の街に来ました 2

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「あの…ッ」
「……」
「はぁはぁッ……あの!お店はもっと先なんですか?」

どこにお店があるのかって聞くのは案内に文句を言うようで、なかなか言い出せなかったが流石に気になって質問をした。
なにせお兄さんもこの世界の住人らしく大柄で長い足でずんずん進んでいくものだから、こっちはずっと小走りを続けているのだ。
息も切れるし、ゴールが分からないまま走るのは精神的にしんどい。

それにしても宿から結構な距離を歩いたな。細い路地も何度か入ったし。
これは確かに地図を見て案内されただけじゃ、たどり着けなかったかも。改めてお兄さんの親切に感謝する。

「……ッ。速かったか?」

「あ、いやいや。こんくらい追いつけるんで急いでくれて大丈夫ですよ!
仕事があるのに、わざわざこうして案内してくれてるんだし。ただ、どのくらいかかるか分かるとありがたいなーと思っただけで」

「悪かった。小さい子の世話したことがあんまりないんだ。体格の差を忘れていた」

げ。
このお兄さん親切だなーと感心してたけど、もしかして俺って子供だと思われているのか?
女だって勘違いされるよりはマシだけど…、うぅ、年相応の男に見られたい…。
とにかく自分の普段の歩調が俺にとっては相当速いってことが分かったようで、話しかけた後はゆったりした歩みに変えてくれた。

「疲れたか?安心しろ、もう着く。…ほら、ここだ」
「え…ここ?」

そうして案内されたお店は、石造りの二階建ての建物だった。
ただお店にしては看板もなければ、店内の様子が見えるような大きな窓もない。そして分厚いドアは人を拒むように閉ざされている。
路地裏だから辺りには人通りも少ない。疑っちゃ悪いけど、本当にお店?正直に言うとちょっと怖い。入るのに躊躇したくなる佇まいだ。
百歩譲ってわざとさりげない外観にしてる職人気質な店だとか?
確か日本でも高級な名店とかオシャレな店ってわざと看板とか出さなかったりしてたよな?わざと人気のない街外れにひっそりと作ったりして、そんなお店のグルメレポをテレビで見たような気がする。
ただ俺が欲しいのはカローリ達の餌だ。ズーレで店構えにこだわりような名店なんてあるのか?

……どうしよう。
案内してもらったのに入りたくない。
でもせっかく案内してくれたのに、怪しいから入りたくないなんて失礼過ぎる。

お兄さんをチラリと盗み見る。

単なる親切なお兄さんだと疑いもせずに付いてきた。でも、もしも、本当に万が一だけど、お兄さんが悪人だったとしたら?
ガロスさん達には散々誘拐される危険があるから俺は一人で出歩いちゃダメだって口酸っぱく言われてる。
可愛い云々は置いておいて、この世界では相当華奢で小柄、力が弱そうに見えるみたいだしな。攫ったりするのは簡単だろう。実際にお兄さんには子供だって勘違いされたまんまだし。
誘拐なんて大げさだなぁッてどこか疑っていたけど、考えてみればここは異世界なんだよな。
向こうだったら庶民を誘拐したって大した身代金なんか取れないし、すぐに捕まるからリスクが高いだけだ。ただここなら、もしかしたら本人を奴隷として売り飛ばしたりなんてこともできる?
こ、こわ……

まだ昼間だしこの街は治安も良さそうに見えた。買い物がてら門まで行って戻るだけ。
すぐに終わると思ったから軽い気持ちで出かけたんだけど、まだこの世界の常識も覚束ないんだから警戒するのに越したことはないかもしれない。

ぐるぐる考え込んで動けないでいたら、いつの間にかお兄さんが俺の目の前に来ていた。
細身に見えるけど筋肉はしっかりついている。背が高いし圧がすごい。
思わず見上げてしまい、目深に被っていたフードがずれた。茶色い瞳と目が合う。

ち、近い……。
いきなりの距離感ゼロに動揺した。パーソナルスペースを確保するべく後退ろうとしたら、両手で肩をぐっと掴まれてしまった。
えっ、何?この力?全然動けない。
そうして混乱する俺に、お兄さんは優し気な笑顔を向けた。

「安心しろ。俺達がお前を助けてやる」


◆◆◆

ギルドでの換金がやっと終わった!
この街は近くにダンジョンもねーし、街の規模の割りにギルドが小っせぇんだよな。
ここまでの旅程で結構な依頼分をこなしたから、確認と処理に思ったより時間が取られちまった。
まあ待たされたのは気に入らねえけど、おかげで懐はかなり暖かくなった。サクヤにいいところ見せたかったしいつも以上に張り切ったからな~。たんまり貯まった金を抱えて俺はほくほく顔だ。
隣のレイシスは相変わらずの無表情。内心は嬉しいはずだろうに。っとにつまんねー奴!
これがサクヤなら一緒になって喜んでくれるだろうによー。
『ガロスさんすごいですね!』って言って尊敬を込めたキラキラした目で見上げて来てさ。あ~、可愛い。想像だけでヤバイ。
その笑顔を思い浮かべただけで、レイシスの野郎にムカついていた気持ちが治まった。

「結構いい金になったよな。旅も順調だし、どうせならパーッと使っちまいてえなぁ」

「……少しくらいなら構わないぞ。今日その金で飲みに行ったらいい」

「マジ!?……って待てよ。お前もサクヤも酒飲まねえじゃん。それってお前がサクヤのこと独り占めしてえだけじゃねえか。そうはいくかっつーの!」

「ちっ。気づいたか」

「全く油断も隙もねえ!」

「まあいい。それならせっかくの街だ。連れ出すのは少し心配だが、サクヤをいいレストランに連れて行ってやろう」

「お、それはいいな。サクヤの奴、いっつも小鳥みてえな量しかくわねーもんなあ。旨いもんならもっと食えるだろ。もうちっと太った方が抱き心地もいいしな!」

「……」

チリン。
宿屋に戻り階段を上る。部屋の前にくるとドアをリズムに乗せてドカドカ叩いた。

「うぉーい!帰ったぞー!」

「おいっ!いきなりそんな怒鳴り声をあげる奴がいるかっ!まだ疲れて寝ているんじゃないか?」

「そんなら余計に起こす必要あるじゃねーか。おーい!」

「やめんか!!しばらく滞在するんだぞ、周りに迷惑をかけるな」

「んなこと言ったって、鍵開けてくんなきゃ入れねーし」

おかしいな。扉はまだ開かれない。声を掛けるとすぐに笑顔で返事をしてくれるサクヤにしちゃらしくない。
嫌な予感がしてドアに耳を引っ付ける。

「……物音がしねえ」

音だけじゃねえ。人のいる気配が全然ない。念のためとドアノブを回すがやはり鍵が掛かってる。

「あれだけお前がバカ騒ぎをしたのに寝ているとも思えん。どこかに出掛けたのか?‥‥‥!ガロスッ!」

レイシスが横で何かブツブツ言っているがそんな暇はねえ。もし出歩いているんだとしたら一刻も早く確保しねえと!
あんな美人が一人でうろついていて無事でいられるわけねえ。ただのナンパならまだマシだ。下手したら拉致られてすぐに売っぱらわれちまう。
いや、もしかして宿屋から攫われたのか?
鍵は掛かっていたが窓からならありえる。ましてや宿の奴がグルだったら?
悪い想像がどんどん湧き出て止まらない。
俺はドカドカと階段を駆け下りた。

「オイッ、親父!」

カウンターから叫ぶと宿屋の主人がのそりと出てきた。

「…何だ?」

「連れがいなくなったんだよ!何か知ってんだろ?知ってることは全て吐け!」

「はあ?何を言ってるんだ。いねえならその辺に出掛けただけだろう?」

キョトンとした態度にかっと頭に血が上る。
一緒に宿に入ったはずのサクヤがいなくなったのだ。さっきまでここにいたのに!
もし攫われて連れ去れたなら物音くらい聞いてるはずだし、出掛けた場合だってここを絶対に通っているんだ。何か知ってなきゃおかしいのに親父はうんざりした顔を向けるだけだ。
唯一の手掛かりだっていうのに、何かヒントくらい出しやがれっ!
思わず勢いのままおっさんの襟ぐりを掴む。

「おっさん、何か知ってんだろ!?知ってること全部話しやがれ!」

だが宿屋の親父は一見穏やかそうな顔つきに似合わず、がっちり鍛えられた体をしていて俺の力でもビクともしない。
その時俺に追いついたレイシスが間に入った。その途端、頭が冷える。
そうだった、こいつらは‥‥‥

「連れが無礼を働き申し訳ない。仲間の身を心配してのことなので容赦してもらえないだろうか。
宿に残った者はまだ見習いで戦闘経験もほとんどないんだ。
私たちは仲間ではあるが保護者でもある。彼の身に何かないか心配なのだ。その者は出掛けるなら必ずここに鍵を預けているはずだ。調べてみて欲しい」

レイシスの言葉にハッとする。
サクヤは能天気な性質だからあれだけ注意したのに一人で出掛けるってのはあり得る。
でも鍵を持ったまんまってのはちょっと考えにくい。気にすんなって言ってんのにアイツは俺たちにすごく気を遣ってるからなぁ。何が引け目なのか説明されてもイマイチ分かんねえんだけど。
とにかくそんなサクヤが、俺達を部屋の前にうっかり待ちぼうけさせてしまうなんてどうしても思えねえ。

「は、はぁ…しかし、そうは言われてもねぇ。さすがに声を掛けられりゃ気づくだろうが、ただ出掛けるだけだってならこっちは一々は把握なんかしちゃいないからな。
鍵が掛かっているなら、自分で鍵を持ったまま出掛けたんじゃないか?」

レイシスが氷のような笑顔を浮かべる。にこやかな顔しててもさっきから全然目が笑ってねえ。

「いや、それはありえないな。彼の性格なら入れ違いになる可能性もあるのに部屋の鍵を持ち歩くはずがない」

「そう言われても、こちらも何も預かっちゃいない」

「……」

見た感じおっさんが嘘を付いているようには思えない。もちろん、印象なんてあやふやなもんがどれだけ信用に足りねえもんなのかなんて俺らは嫌って程知っているが。
だが、親父がこうして知らない体を貫いている以上、こいつから情報は得られんだろう。
レイシスも同じ考えのようだ。横から小さな舌打ちが聞こえる。
こういう時にサクヤの魔法があったらな…。くそっ。

「わかった。
それでは質問を変えたい。受付にはあなたがずっといたのか?確かチェックインした時は別の者もいたように思うが」

「ああ、倅に手伝ってもらってるからな。少しの時間なら受付を任せる時もある。それが何か?」

「何かって、じゃあそいつを…もごもご!」

レイシスに口を塞がれる。何すんだ!

「一旦引くぞ」

「もごもごー!」

親父から合鍵を借りて部屋に戻る。
部屋の中にはやはりサクヤの姿はなかった。荷物は整然と置かれており争った形跡もない。窓も割れたりしていないし鍵もしっかり掛かっていた。
これだけを見れば、自分で出掛けた線が濃厚だな。

狭い部屋の中、ベッドに腰掛けレイシスと向かい合う。
はあ、今までずっとパートナーでやって来たはずなんだけどなー。こいつと二人っきりってテンションが下がるわ。
あ~、サクヤぁ。本当だったら金をたんまり稼げたって報告して、あのクソ可愛い笑顔で誉めてもらう予定だったのに!
ん?くんくん、サクヤの匂い!
シーツに顔を埋めると大好きな匂いが微かに残っていて肺一杯に吸い込んだ。すーはーすーはー。

「やめろ変態」

「お前にだけは言われたくねえ。っつーか、さっきなんで止めたんだよ。どう考えてもその息子がなんか知ってんだろうが!」

「はあ、お前は血が上ると本当に使えないな…。お前だってこの街がどういう街か知らんわけじゃないだろう」

まあ、言いたいことは分かる。

「狼の街、か」

「そういう事だ。ここは狼獣人の集落が発展した街だ。狼獣人の強さや仲間同士の結束力のおかげでこの街は外の街に比べ格段に治安がいい。単なる旅人として利用するならいい街だろう。
だが一旦身内を攻撃してみろ。街の人間全てを敵に回すことになる」

「だからってこのままにできるかよ!息子がぜってぇ怪しいだろーが!上手いことサクヤを言いくるめて連れ出したんじゃねーのか!?」

「その可能性は高い…が、宿の主人は正直分からないな。仲間なのか、それともこの件には関わっておらず、息子だから庇っているだけなのか…。この宿は門番からの紹介だ。小銭も渡したし、第一街の警護をするべき門番が怪しげなところを紹介するなど普通では考えられない。それを考えるとあの主人の方はシロで息子単独の犯行なのか…。くそっ、こういう時こそサクヤの魔法があれば助かるんだがな…」

さっき俺が思ったことをコイツも感じたようだ。
サクヤは役立たずの魔法だっていってしょんぼりしてたが、はっきりいってとんでもねー便利な魔法なんだからな!
ああ、今どうしているんだ。無事でいるのか?
直ぐにでも駆け付けたいのにもどかしい。って、待てよ!?

「遠呼びの腕輪!あれを使えば…、レイシスは移動魔法で飛んでいけるんじゃねーか!?」

「無理だ。私のもだがお前の腕輪も何も反応していない。サクヤからの呼び出しがなければ位置は分からん」

「……ックソ!」

呼び出しがねえってことは今は危険じゃないのか?
それとも腕輪を取り上げられているのか。確かにカスタムしちゃいるが見た目ですぐに分かる。誘拐したなら犯人はすぐに外したいだろう。
…まさかとは思うが、それどころじゃない状態ってことはねえよな?
サクヤの呪いは頭を撫でるだけで簡単に発動する。そんな状態になったサクヤを前に正気でいられる男なんているはずがねー。犯人達に輪されてんじゃ…。

「~~~ッ。こんなこと言ってる時間が勿体ねえ。俺は一人だろうが行くぞ!殴りこんで息子の居所を吐かせてやる!」

「落ち着け。私とて同意見だ。だが力技では返って他の面倒を呼びサクヤの救出が遅れかねん。まずは情報を集めるぞ。私はギルドに行って裏の情報屋を紹介してもらう。この宿や従業員について調べ上げる。お前は建物内の構造を把握し、従業員を全て見張れ。特に外部と接触するようなら後を付けろ。見つかるなよ」

「げぇ。諜報活動か…苦手なんだよなぁ」

「泣き言を言うな」

「分かってるさ」

もちろん、苦手だろうが何だろうがやってやるよ。
サクヤの笑顔を目に浮かべ、俺は気合を入れ直した。

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