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第1部 SHU始動編

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 第1小隊の作戦は成功した。
 一部行動は変更したが、結果特異生命体を倒せていれば問題ない。
 この戦いでペーパーバックの評価は大きく高まった。
 単純な破壊力、高度な判断能力を持つことがこの作戦で認識され、SCH軍事部門も賞賛していた。
 それ以外にも第1小隊は高く評価された。
 攻撃と支援の両方において、小規模戦闘で活躍することが認められこれにはカガミハラも直接誉めあげたほどだった。

 「ヨル、大丈夫だった?」
 ヒナタが控室で声を掛ける。
 ヨルと呼ばれた1年、ヘッジホッグこと平塚ヒラツカヨルはひどく疲れた様子だった。
 ヒナタの幼馴染だ。
 「大丈夫、・・・はあ、ちょっと、疲れた・・・。」
 「無理もないよ、あんなのが直撃しそうになったら、ねえ。」
 と言う女子は2年穂之那賀ホノナガルカ。レッドだ。
 「あそこで急に動きを変えるとは思ってなくて・・・。」
 「痛みで悶えてる状況なら、行動も不規則になるさ。」
 ヒナタが言った。
 「そうですよね。・・・はあ、不注意だった。」
 「ただ判断自体は悪くない。レッドに攻撃させるまでできるだけ沈静化させておきたいなら、あそこを狙うのは間違いじゃなかったと思う。」
 「なら、・・・なら? でも。」
 「俺たちは6人いるんだ。それにあいつは移動専門だぞ。回避にも徹してる。」
 と言ってヒナタが指差したのは、1年石羽原イシハバラナオツグ、D.D.Lの保持者だ。
 彼はヒナタの視線に気づくと、彼もまた疲れ切った表情で手を挙げ会釈した。
 「何かミスしかけても問題ない。勝って、生き残ってればいいさ。」
 「・・・了解。」
 そう言うと、小柄なヨルは笑みを浮かべながら敬礼した。
 
 残りの作戦で負傷者は出なかった。
 どの小隊も迅速な行動により、30秒以内に決着した。
 第8小隊がいささか怪しかったが、問題はなかった。
 SCH軍事部はこの結果に満足はしていたが同時に一つの懸念を抱く。
 彼らが兵器として扱われた場合、それは核兵器と同等の破壊力を持つのではないだろうか。
 戦場における単純な攻撃力、潜入、偵察、情報収集、果てはインフラ供給まで可能な彼らは、これから先一つの国家以上の能力を有してしまうのではないか。
 カガミハラは答える。
 「SCHの長として多くを語ることはできませんが、現在特異因子関連の兵器の扱い国際レベルで取り締まるよう各国のトップが動いてくれています。特異因子についても日本以外で未確認とのことから国外への持ち出しを徹底して禁止するよう努めています。と言っても、国外へ持ち出そうとすると消滅してしまうことが7か月前の実験で明らかになったのですが。」
 とにかく現在のSCHおよびSHUの目標は特異因子に関わる事象の被害を抑え、隠蔽し、原因解明することだ。
 その目標が達成されない内は、SHUが解散すること、すなわち処分されることもない。
 カガミハラはそう定例会議でこう語った。
 その宣言通り、次の作戦は世界最初の特異性保持者・ウラユビケンタの調査に決定した。
 対象とは数か月前のSCH研究員との接触から消息を掴めていない。
 ただ明らかに人間には不可能な殺害方法をとられている死体は、ウラユビケンタの住居の周りで発見されており、警察の捜査権限を操作しているSCH担当スタッフは、
 「死体の発見場所が徐々に白東中学校に近づいている。」
 との報告した。
 対象は白東中学校の現状を知っているか、なぜ知っているのか、なぜ中学校へ向かっているのか、それらが明らかになるかは、今後の対象の態度次第である。

 「そこで、支援班の偵察チームと第3小隊のトランジスタシスにウラユビケンタの調査を任命する。可能な限り早く、正確な情報を確保してほしい。最優先で持ってきてほしいのはウラユビケンタの位置だ。その次に特異性。これを調べてくれ。SCHの情報統制部がサポートする。頼んだ。」
 「了解。」
 偵察チーム5名とトランジスタシスが了承した。
 「戦闘班とオペレーション班は変わらず戦闘訓練を。ウラユビケンタがどういった行動を起こすかはわからないが、恐らく戦闘は避けられないだろう。気を引き締めてかかれ。」
 「了解。」
 校内に設置された指揮室に生徒の声が響く。
 その後カガミハラによって解散した隊員は訓練の後帰宅した。
 生徒たちの両親は、子供たちが特異性に目覚め国の命令で戦っているとは知らない。
 SCH開発の、生徒たちの行動・健康状態・特異因子数値の変化を確認するバイタルリングには、所有者の関係者の記憶を改ざんする機能も含まれている。
 テスラが2年支援班の真名旅マナタビアスカの特異性、記憶操作キャッチャー・イン・ザ・ライの効果を可能な限り真似た努力の逸品だ。
 ただこの複製品は「記憶の消去」が不可能なので、もし仮に隊員が死亡した場合、キャッチャー・イン・ザ・ライC. i. t. Rが隊員の血縁者のもとに訪れ、直接記憶操作することになっている。
 大変な作業だが、特異因子の存在を隠し通すために必要だった。

 ヒナタの家は、恐らく学校から最も遠い、南の方の地区にある。
 およそ3キロメートルある帰路が彼を帰宅部にしたといっても過言ではない。
 今となっては所属部活など関係ないのだが。
 日本的な洋式の家屋の、やや重い扉を開けた。
 「ただいまー。」
 「おかえりー。」
 母親の声だ。遅れて弟も返す。
 「お帰り。」
 弟のユウヒは玄関空けてすぐのソファで本を読んでいた。
 今彼は小学6年生で、にしては体躯が小さい。
 「遅かったのね。」
 と母親。
 逆だ、母親が早く帰ってきている。 
 母親は町の薬剤師をやっていて、大抵は帰りが遅い。
 だが今日は早く帰ってきて、夕ご飯を作っている。
 珍しい光景だった。
 「図書館にいたからね。」
 「あ兄ちゃん、これ返すよ。」
 ユウヒが隣に置いていた文庫本をヒナタに渡した。
 「ありがと。・・・こんなん貸したっけ。」
 「3週間前に。」
 「あ、そっか。」
 中学の図書館の蔵書だ。
 小学校の図書館はつまらない本しかないと、ユウヒがヒナタにせがんで借りてきてもらったものだった。
 「面白かった?」
 「うん。」
 「そりゃよかった。」
 表情がほとんどない会話だが、ユウヒはかなり喜んでいるようだ。
 周りからは、会話が無くて仲の悪い兄弟と思われているようだが、実際はそうではなく、単に弟の口数が極端に少ないだけでお互い嫌悪感はない。
 「ユウヒ、何借りたの?」
 と母親が聞いた。
 「マロ。」
 「あら家なき子? いいじゃない! 母さんも昔に何度も・・・」
 弟と対照的に母親はおしゃべりだった。
 一度話し出すと最低3分はしゃべりだすので、彼女が息子たちのスルースキルを育て上げたといっても良いほどによくしゃべる。
 ヒナタは口にだけ起こる多動症だと踏んでいた。
 話が終わったのを確認して、ヒナタは聞いた。
 「晩御飯はなに?」
 当たり障りのない質問だ。
 「茄子の揚げびたし。」
 「お米はもう炊いたの?」
 「あらやだ。」
 「さっきぼくが炊いたよ。」
 ユウヒが声を挟む。
 ちょうどその時炊飯器のアラームが鳴った。
 「あらホントだ。ありがとうユウヒ。」
 「ん。」
 本当に素っ気ない奴だ。
 「あと10分でご飯できるから、先お風呂入っときなさい。」
 「判った。」
 キッチン手前のドアを開けると、階段と洗面台に接続する廊下が短く伸びていて、洗面台の奥に風呂場とトイレがそれぞれ個別の部屋に置かれている。
 洗面所に洗濯機があるから、下着だけ中に放り込んだ。
 40度のお湯が浴槽に張られている。
 先にシャワーで身体を流してから湯に浸かるのがヒナタの風呂の入り方だ。
 髪を洗い、顔を洗い、身体を洗う。
 一通り終わって立ち上がると、シャワーの湯気で曇らなかった鏡の一部がヒナタの裸を映した。
 1か月前よりも筋骨隆々と、しかし細い。
 鏡に置いた手を、ペーパーバックで残してみた。
 手首から先、指の曲がり方まで同一の手が鏡に触れている。
 その手を残して風呂に浸かった。
 まだ鏡に触れる手は残っている。
 それを見ていると、この短期間に起きた出来事が思い出される。
 火急に進んだ1か月が、未だに噓のようだった。
 演習の代わりに身体を鍛え、座学の代わりに訓練を行い、テストの代わりに獣を殺す。
 あまりにも現実離れしている境遇に、可笑しくなって口角が吊り上がった。
 両手でお湯を掬い上げ、顔に飛ばす。
 そうしても宙に浮かぶ手は消えずに固定されている。
 次の作戦は、もしかしたら戦闘になるかもしれない。
 相手は獣じゃない。
 人だ。
 そっか、俺人殺すかもしれねえんだ。
 ・・・・・・、嫌だなぁ。
 また手を見つめる。
 それから自分にくっついている手を見つめた。
 浴槽の中で能力を使うと、鏡を触る手は消えた。
 「兄ちゃん。」
 ヒナタの心臓が跳ね上がった。
 「兄ちゃんタオル。」
 「ああありがとう。」
 「ん。」
 ・・・・・・。
 そろそろ10分経つだろう。
 能力を解除して立ち上がる。
 身体に纏わりつく湯水が音を立ててざばざばと垂れていった。
 風呂場の戸を開けて、ユウヒが持ってきたタオルを手に取った。



 「・・・おい。なんだよ。」
 おばさん。
 「こっちみんな!」
 おなかがすいたんだ。
 「このクソガキがッ!」
 ごめんなさい。
 「なんでアタシしかいなかったんだ! もう・・・。」
 おねがい、ゆるして。
 「今日はそこに居な。」
 いたい、やめて。
 「まったくクソガキが。」
 いたい。
 いたい。
 おねがいです。
 ゆるしてください。
 ゆるしてください。

 「おまえ、ぞうきん好きだったよな?」
 やめて。
 わらうな。
 「ほら、」
 どいて。
 はなして。
 「食えよ。」
 やめて。
 「おい、食えつってんだろ。」
 やめてっ、うっ。
 「おい! ほんとにコイツ食いやがった!」
 やめてよ。
 わらわないで。
 なんで。
 「おい、自分でどうするべきか考えてから俺んとこに来いよ。」
 たすけてください。
 「まあお前も弱いからなあ、やり返せないからなあ。」
 たすけてくれないの。
 「あ、お前まだ集金袋もらってないぞ。」
 やめて。
 「ほら、だせよ。」
 いたい。
 「このクソガキ。」
 いたい。
 いたい。
 「みんなお前のことが大好きだからああして遊んでくれるんだぜ?」
 いたい。
 やめて。
 「ほら、俺もお前のことが大好きだからよ。」
 やめて。
 いたい。
 やめて。
 やめて。
 やめて。

 やめて。


 やめて。



 やめて。




 やめて。






 やめて。







 
 「止めろ!!」

 周りの水たまりから突風が飛び出して辺りの地形を砕いた。
 夜の帳に轟音が響く。
 汗を顎から溢しながら、どこかの町の公民館外のベンチから飛び起きた。
 荒れた息を整えて、初めて周りを見回すと、公民館の一部が抉られていた。
 砂埃が立ち、ウラユビケンタは咳き込んだ。
 埃を吐き切り、人影に尋ねる。
 「ねえ、これ、ぼくが・・・?」
 簡単な質問なら答えられる人影が長い首を縦に振った。
 その仕草を確認して、もう一度半壊した建築物を眺める。
 「ぼくが、・・・やった。」
 笑いが込み上げてきた。
 自分の力に幸せを見出した。
 奴らは、あの最悪な人間どもはぼくに力を与えた。
 これがその力だ。
 クソ野郎あいつらのおかげだ!
 嬉しくって、息苦しくなるまで笑い転げた。
 肺が限界に達したので一度息を大きく吸って、ようやく落ち着いた。
 心臓は高鳴るが、頭は冴えている。
 感覚も、今なら鋭い。
 東の遠くに見える大きな山から、彼は何かを感じた。
 何か重要で、面白そうなものを。
 その山をしばらく見つめると、ケンタは心の中で何かを決意した。
 上着の内側から3つ小瓶を取り出し、それを同じく上着に張り付けた鏡に映す。
 中身はそれぞれ違う子供の指、眼、骨片だ。
 鏡面から3つ飛び出した。
 一つは腕が肥大化し、下半身の無い男の子。
 一つは両手足が長く細くなり顔をなくした四足歩行の女の子。
 一つは肋骨が胴体から飛び出た、四肢の無い宙に浮く男の子。
 三人とも皮膚が爛れて、所々変色していた。
 「あの山に行って、何があるか探してこい。」
 声も拒否権もない三人が頷く。
 「何かあったら、・・・ぼくもそっちに向かうから、先になんかしてていいよ。」
 三人はまた頷く。
 「じゃあ、行け。」
 主の命令に従って三人の異形が駆け出した。
 指定された山に向かって直行している。
 彼らの主は彼らを送り出してからもう一度寝ようとしたが、もうすっかり目が覚めてしまったので散歩することにした。
 行先はもちろん、東の山である。
 後ろに人も車も集まってきたが関係ない。
 楽しいことがきっと待っている。
 彼はいつでも暇だから、こういうものはいくらあっても足りることはない。
 ケンタは闇の中をゆっくりと進み始めた。
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