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第1部 SHU始動編

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 仮想訓練から一週間が過ぎた。
 おおよそ戦闘員の全員は自身の特異性とAU外骨格の操作にも慣れ、戦闘技能の向上はカガミハラの目で見ても明らかだった。
 意外にも、1年・第3小隊のメンバー戸昏トグレダイが、戦闘班の中でも強力な特異性を持っており、今後の主力を張れるほどの実力を持っていることが判明した。
 ダイの能力は身体拡張トランジスタシス
 能力者の身体の一部を膨張・縮小・変形させることができ、例えば一つの細胞を拡張することで強固な細胞膜を周囲に展開したり、視神経を拡張することで広く視界を確保する、といったものだ。
 同時に一つの部位しか拡張できないものの、ダイ自身の応用力から成す戦闘行動は、攻撃・防衛のどちらにも役立つ。
 SCHの軍事部も、彼の能力はこれから重宝すると断言するほどのものだ。
 支援班の業務処理能力も優れている。
 「再生能力の活性化を促す」身体維持効果グリーン・グリーンを有する奥多摩オクタマハナを筆頭に活動している医療班。
 スラップスティックを有するサイダテスラが所属する装備班。
 「鷲になる」特異性鷲化イーグルスを有する王樹オウジュ率いる移動・補給班など、作戦の裏方の準備も単純作戦を遂行するなら十分に整った。
 ついに最初の目標、捕獲済みの特異獣の処理を実行に移せる。
 そうカガミハラは確信した。
 現在捕獲した特異獣は太平洋沖合の海底に建設された施設で厳重に保管されている。
 そこから白東中学校の強化体育館まで輸送し、そこで処理作業を行うのだ。
 長らく狭い場所で監禁された特異獣は、身体機能が鈍ってはいるものの、その分凶暴性が格段に跳ね上がっていることが予想される。
 カガミハラはそのことを、隊員116名に告げた。
 加えて、先の訓練に甘んじるなと。
 仮想訓練では実に優秀な成績を残したが、実際に脅威を目の前にした時身体がどのような反応をするかは、想像するだけではわからない。
 つまり何が起こるかわからない。
 最悪の場合、死に至る。
 そのことを深く心に刻んでおけと、念を入れてカガミハラは告げた。
 その真剣な表情に、生徒は皆固唾を飲んだ。
 二日後に、最初の特異獣が届く。
 訓練では第4小隊が相手をしたホログラムのモデルだ。
 よってSHU最初の実戦は第4小隊が参加する。

 第4小隊は全員が遠距離攻撃に秀でた特異性を持っている。
 小隊長を務める3年、唐墨カラスミリュウセイの特異性は「右腕をボルトアクションスナイパーライフルに変形する」狙撃特攻変形ジー・ジー
 そのほかのメンバーも、「能力者周辺16メートル外の空間に自由に爆発物を設置する」空間爆破ショートタイマーや、「『数学魔』という能力者から発生するガーゴイルのような特異性物体が、数学魔が口から放つ光弾の軌道を計算することで98パーセント相手を負傷させる」数学魔生成ダ・ヴィンチ・コードなど、長距離からの正確な攻撃を得意としたメンバーがそろっている。
 彼らは訓練の際も、遠距離から対象の弱点を手順通りに突くことで行動を阻害しつつ勝利した。
 戦闘班のなかでもサポート色の強い面々だ。
 基本近接攻撃のみを行う特異獣に対し、非常に有利な彼らであるが、実践では違った。

 元は狐と思われる特異獣の太い尾が、ショートタイマーを薙ぎ払った。
 堅い尾がショートタイマーの身体に触れたとき、彼は何かが壊れる音が体内からすることで死を悟った。
 彼の身体が勢いよく宙を進み壁に叩き込まれる。
 彼の隣にいたダ・ヴィンチ・コードCは、ショートタイマーが吹き飛ぶ瞬間の何かがきしむ音を聞いていた。
 それが彼女をパニックに陥れた。
 「ダ・ヴィンチ! 落ち着け! おいショートタイマー! 応答しろ!」
 狙撃ポイントからジー・ジーが呼びかける。
 返事がない。
 「全員距離を取って、即時撃滅! 早く!」
 オペレーターの透明化ザ・インビジブルが焦る。
 残された第4小隊はそれに従い、第二波の形成を始める。
 しかし特異獣がそれを許さない。
 5メートルの巨体が予備動作もなく、喚くダ・ヴィンチに向かって跳躍した。
 口を開け、人間との接触を高速移動しながら待っている。
 ダ・ヴィンチは動けなかった。
 逃げる意思はあったが、体が言うことを聞かない。
 (こんなところで死にたくない。)
 ダ・ヴィンチが目を瞑った。
 獣の上顎がダ・ヴィンチの頭に触れた。
 獣は勢いよく口を閉じようとする。
 巨体はその時、吹き飛ばされたショートタイマーから16メートル以上離れていた。
 突然獣の口内に爆弾が現れた。
 爆弾は獣の赤黒い咽頭に向けて爆風を送る。
 爆風は獣を飛び掛かった方向へ押し込む力を働かせた。
 獣の進行方向と逆行する爆風は巨体の首を膨らませた。
 その瞬間をジー・ジーは逃さない。
 右手を狙撃銃に変化させ、肉体の盛り上がりに向け構えた。
 その間わずか0,6秒。
 放たれた体組織製弾丸は巨体の首の膨張部を貫き、爆散させる。
 この瞬間、特異獣は生命力を失った。
 狐が頭をだらりと落としそうなほどにぶら下げながら倒れこんだ。
 不思議なことにその死体は黒い微粒子となって霧散した。
 「・・・特異獣消滅、確認しました。」
 インビジブルがマイクに向けて告げる。
 そのマイクをカガミハラが奪い取った。
 「今すぐショートタイマーを回収してこっちに持ってこい。急げ! 医療班、治療の用意を始めろ!」
 「了解!」
 暗雲が立ち込めていたが、今はまずやらねばならないことがある。
 AUは装備者を守るように作られてはいるものの、限度がある。
 そして先ほどの攻撃は、明らかにその限度を超えていた。
 SCHの医学顧問の診断では、全身に複雑骨折、肋骨の破片が肺に刺さっており、一部の内臓は破裂している。
 AUの損傷もひどく、彼の身体は医療班とともに特別治療室に運び込まれた。
 他隊員は戦慄していた。
 あれが失敗の代償だ。
 死んだほうがましとすら思われる苦痛。
 絶望していた。
 AU内では意識が途切れないようにするシステムが作動していると、開発者のテスラは言っていた。
 生き延びるチャンスを生み出すためだ。
 生に貪欲なことは、苦痛を生み出す。
 隊員がそれを無意識に理解した。
 ヒナタもまた、恐怖していた。
 だがどこかで、安心もしていた。
 何か道理に反するとヒナタ自身感じるものが、彼の中で芽生えつつあった。
 明日、第1小隊が相手をする特異獣が太平洋から送られてくる。
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