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第1部 SHU始動編
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「・・・きろ。」
「お・・・、・・・きろ。」
「ヒ・・・、起きろ・・・。」
「・・・ヒナタ起きろ!」
誰かの叫び声を聞いて、日向ヒナタは目を覚ました。
バッと起き上がろうとすると、強烈な吐き気に襲われて、視界がぐらぐらと揺れる。
耳鳴りも激しくて、自分が今どんな体勢なのかさえ判らない。
「ヒナタ、大丈夫か。」
キンキンと鳴る音の隙間から自分に向けられた声を聞き取った。
ヒナタの友人、日隈カイトの声だ。
ヒナタは呻きながら答える。
「んん・・・大丈・・・夫・・・だと思う。」
「立てる?」
「待・・・って、ぅんん。」
声を出している内に、五感が元に戻ってきた。
依然として吐き気は残るが、ほとんどは問題なくなった。
カイトの手助けで立ち上がると視界も定まってきた。
所々ひび割れた白い壁、薄白い黒板、古い学校机と椅子。
ヒナタがさっきまで授業を受けていた教室だ。
しかし何か様子が違う。
周りにはヒナタと同じように倒れていたり、呻いている同級生が机の数だけいた。
そしてさっきから匂ってくる異臭、学校で嗅ぐことなどまずない臭い。
なんだこれ。
鉄?
「カイト、なんか変な臭いしない?」
「それは、・・・多分」
そういってカイトが指差した先、黒板の下には、赤いゲル状の何かが転がっていた。
覚束ない足取りで、机たちを支えにその赤い何かに向かって、あと数歩の所でヒナタは気づいた。
肉だ。
ミンチのような、新鮮な。
「カイト・・・これは?」
カイトはなかなか答えようとしなかった。
ようやく口を開くと、ぼそぼそと呟いた。
「多分・・・、先生。」
カイトの推論は正しかった。
この教室という空間で、同時刻に居た人々の内今いないのは教師だ。
そして授業中黒板の周りに居られるのも、ほとんどの場合教師のみだ。
ヒナタは何を言っているのか判らなかった。
時間が少し経って、ようやく言葉の意味が判ると、吐き気は頂点に達した。
口を押えながら教室隅の流し場に向かって嘔吐した。
無心で吐いた。
なにか捉え難い邪悪なものを感じながら。
吐き切って、冷静さを取り戻すと、他の同級生も皆同じような状態にあることを目視した。
五感が定まらず、ゲル化した教師を見て恐怖している。
まったく意味が判らない。
「カイト、これどういうことだ。」
「知らないよ。」
鼻と口をハンカチで押さえながらカイトはそう言った。
涙目をしていた。
ヒナタが吐しゃ物を流すために蛇口を捻ると、水は激しく噴き出した。
全身びしょ濡れになりながら、その水で顔を洗った。
蛇口を反対に捻っても水は止まらない。
「なんなんだよ、これ。」
咳き込みながらヒナタがそう言うと、
「一旦外に出よう。」
とカイトが同級生に呼びかけだした。
カイトに言われて、ヒナタともう二人、湯田ナツメと太刀前ハルキが他の教室を見て回ることになった。
彼らの白東中学校は山間の田舎にあるので生徒数が少なく、総人数116人、各学年2クラス約20人程度の人数だ。
大昔にはたくさんの子供がいたようなので「生きてる」教室も少なく、人がいるいないを見るのに全クラスを回る必要もない。
どこの人のいる教室も同じような環境だった。大多数の生徒は倒れこんでいて、かつて教師だったものが転がっている。
1年生の教室の方が、まだ倒れている人数が多かった。
一通り声を掛け、救護が必要そうな生徒がいたら外に運搬する。
やがて全生徒が校庭に集まった。
体育館に集まろうかともなったが、あそこはあそこで赤いそれが転がっていたので却下となった。
「全員いるね。・・・良かった。生徒は欠けてない。」
そう言うカイトは全体に声を掛ける時こそ凛々しいが、独り言のように隣のヒナタに呟く時は息が震えて、涙目になっているようだった。
「・・・大丈夫?」
「うん。」
これも震えていた。
他の生徒の態度も様々だったが、誰として落ち着いている者はいなかった。
泣いている者、同級生と感情を共有している者、震えている者。
ヒナタもまた恐怖を覚えていた。あまりにも未知な状況下に怒りさえ覚えた。
けれどもカイトは生徒の方をまっすぐ見て、落ち着いた様子で指示を出している。
彼も不安で満ちているはずなのに。
生徒会長だからだろうか。
ヒナタはそうも思えない。
カイトの指示を受けて職員室へ向かい、110番を掛けに向かったナツメによると、電話は故障しているのかつながらないらしい。
「判った。ありがとう。」
「カイト、俺商店街に行こうか?」
そうヒナタが走り出そうとした瞬間、
「いい、ヒナタ。ここに居て。」
とカイトに手首をつかまれた。
ビックリして彼の方を向くと、その目が潤んでいた。
個人的な要件のようだ。
「判った。」
とはいえどうするべきか、この場にいる子供たちには、カイトも含め誰にも判らなかった。
幸い六月の気候はまだ生徒を干からびさせることはなかったが、この特殊な状況に置かれているだけで体力を消耗する。
じきに生徒たちも静かになった。
その静寂の中、いくつもの走行音が生徒の間を抜けた。
数台の軍用車両に続いて黒い一般車が校庭に乗り込み、生徒と校舎を囲んだ。
突然の出来事に生徒たちは混乱し、慌てふためいた。
先ほどの事件も相まって情緒が乱れている。
車両から武装した軍人が完璧な身のこなしで降りて素早く生徒を包囲した。
向けられた銃口を四方に子供たちは恐怖のあまり身じろぎして叫んだ。
中には腰を抜かして動けなくなっている者もいた。
明確な警戒態勢を執っている兵士の間から、スーツ姿の男が部下らしき男女を牽いて生徒の前に立った。
厳格そうな男だった。
生徒を見渡して、男は言った。
「我々は国家隠匿組織、特異因子事象対策本部だ。現在君たちは、特異因子の影響下に晒されているため、武力を持って包囲している。ただいまよりいくつかの指令を告げる。これは国連の意向である。」
・・・・・・。
あまりにも突然で何を言っているのか判らなかったが、従わなければ死ぬかもしれないことだけは、周りの銃口から察せれた。
だがそんな中で、ヒナタの隣のカイトが男に向かって歩き出した。
一部の兵士はカイトに銃を向ける。
ヒナタはカイトの横顔が恐怖に満ちて、目が震えているのを見た。
ヒナタが手を出そうとすると小声で、
「だめ。」
と言われ、下唇を噛みながら手を引いた。
両手を挙げながら男に近づき、あと2メートル少しの所で立ち止まった。
「生徒会長の日隈カイトです。先生方が皆死亡したため今現在生徒をまとめています。まず生徒たちが怖がっているので、銃をおろしてください。」
男の目をまっすぐと見ていた。
男はしばらく鋭い眼光をカイトに浴びせると、兵士にハンドサインを送った。
金属音のような物音を立てながら兵士が銃を降ろしたのを確認すると、次の要求を示した。
「ありがとうございます。では、質問をさせてください。あなた方がどなたなのか、詳細を教えてください。」
男はまたカイトの目を見つめると、瞼を閉じて一息ふっと笑った。再び目を開けると先ほどの鋭利さはほとんどなくなっていた。
「まさか今の子供たちがこんなにもしっかりしているとは、思わなかったよ。分かった。立場を対等にしよう。ただその前にけが人の治療だけさせてくれ。」
「・・・ありがとうございます。」
男は後ろに侍る部下にいくつか命令を出して、その命に従って隊員が動き始めた。
それを背にカイトはヒナタのもとに帰ると、すっかり垂れ込んで荒い呼吸をして、ヒナタの首に腕を回したまま座り込んでしまった。同級生が集まってくる。
近くで顔を見ると、カイトはやつれていた。
酷く疲れているようだった。
「カイト大丈夫?」
口で小刻みな呼吸をしながら、時々笑って、落ち着いたころに答えた。
「だいじょうぶ、・・・ちょっと、疲れちゃった。」
無理するからだ、とヒナタは声を掛けようとしたが、やめた。
何名かの怪我人に応急処置が施されて、ひとまず落ち着いたところで男は再び話し始めた。
「改めて、私たちは国家により隠匿された組織、「特異因子事象対策本部、通称『SCH』だ。私はその部長、各務原ソウジという。私たちは特異因子事象と呼ばれる、いわば怪奇事件を取り扱う秘密組織だ。」
そう言うと、彼の部下が用意した資料を生徒たちに配り始めた。
10枚のプリントが束ねられたそれには細かい字で意味の分からない単語群が並べられていた。
「まず特異因子について説明しよう。今配布した資料の一番最初だ。」
・・・特異因子の確認は今から11か月前。長野県東部の山野で「凶暴で大きな動物がいる」という連絡が地元の猟友会に寄せられ、6人の猟師が処理しに向かった所全員死亡。その際の死体鑑定で、傷口から特異因子が確認された。
当初は細菌か何かと思われていたが、研究の結果まったく未知のものであることが判明し、追加実験で「動物を変異させる」効果があることが確定した。この無色透明で微細な物体は特異因子と命名され、その影響を受けた生命体を特異生命体、または特異獣と呼び、研究が進めれられた。
しかし、世界初の人間の特異生命体、卜夕日ケンタが確認されたことで事態は一変する。これまで動物にのみ影響を与えるとされてきた特異因子だが、何らかの要因で人間に影響し、人間が特異生命体となったことで、人間もまた特異獣のように凶暴化するのではないかとと懸念された。
だが人間、あるいはウラユビケンタの場合影響前と身体状況は変わっていないようである。
ウラユビケンタの近辺を調査すると、彼の付近では特異因子を確認できる死体が発見されており、外見的特徴の変化はなくとも何らかの変化は起きていることは判明した。そこで研究員はウラユビケンタと接触し、研究に協力を要請することを決定、実行に移した。
対象はそれを拒否。対象と接触した研究員全員を殺害した。死体からは特異因子を確認できたこと、また研究員が撮影していた映像に、明らかに特殊な方法で殺害していたことから、人間における特異生命体化は、人間的理性を残したまま特殊な能力「特異性」を有することが現在の研究の結論となった。
そのため特異性を有する人間(他研究対象と分別するため特異性保持者と呼称)は人民の安全の為国家含め国際組織の監視下に置かなければならない。
よって特異因子事象対策本部を日本国内に設置することが某日に決定された。
「君たちがこの特異因子に影響されていることは確かな事実だ。因子測定器も人に影響を与えうる数値を捉えている。」
「じゃあ、僕たちの先生が、あの・・・ああなっているのも」
「確証はないが、特異因子の影響だろう。」
再び静寂が生徒を覆った。今度は暗くて重い。
「話を当初に戻そう。」
カガミハラが暗闇に落とすように言った。
「現在、特異獣の報告はまだいくつか挙がっている。ウラユビケンタも対処できていない。何よりも特異生命体は特異生命体でなければ致命傷を与えれられない。特異生命体の攻撃には特異因子が含まれている。その攻撃のみが、特異生命体に傷をつけることができるからだ。」
一息、カガミハラが瞼を閉じてまた開くと鋭い眼光が彼の目に戻っていた。
「我々は君たちに次の要求をする。1、我々SCH下に協力し、研究対象となること。2,SCH直属の特殊部隊として特異生命体の対処にあたること。3、これを拒否した場合にはこの場で拘束し、研究に協力すること。」
誰もが思慮した。その内容をカイトは口にした。
「つまり・・・僕たちに戦えと?」
「そうだ。」
戦う、その訳わからない能力を使って、訳わからない凶暴な動物か、人と戦う。
ヒナタは問うた。
「場合によっては人を殺さないといけないし、・・・
・・・死ぬかもしれないんですよね?」
「そうだ。」
死ぬかもしれない。
・・・死ぬ。
まだ若い彼らにとって、想像もつかない、未知の物。
それは恐怖と同じものだった。
「もちろん支援はする。装備、軍需品はすべて支給し、生涯困ることのない報酬も支払われる。」
その代価に戦わなければならない。
「拒否権はほとんど、ないわけですね。」
「君たちが戦うか、より多くの国民が被害にあうかだ。」
自分たちにしか出来ない。
特異性を用いて戦い、国民の安全を守ることは。
映画の中の戦士たちは死の恐怖の隣に生きていたのだと、生徒は知った。
体感した。
「君たちにしかできないんだ。」
そう、僕たちにしかできない。
ヒナタは隣を見た。
少し下をうつむきながら、カイトが黙考している。
確かカイトの父親って、警察官だっけ。
ヒナタはカガミハラの方を向いて、言った。
「やります。」
生徒の注目が彼に集まる。
「僕はやります。」
カガミハラもその部下もヒナタを見ている。
「名前は。」
「ヒュウガヒナタ、三年です。」
「いいんだね。」
「はい。」
躊躇いはなかった。恐怖はあったが、カイトを見ていたらそんなことを気にしなくなった。
ヒナタに続いて、声が挙がる。
「僕もやります。」
「私も」
「僕も」
・・・・・・。
カイトは生徒たちの声を受けて、驚いたような表情をしていた。
生徒代表として生徒に危険のないよう導こうとしてきたが、それとは相反する言葉が飛び出してくる。
何よりも親友の言葉を始点に起きている。
確かに拒否権はほとんどない。
臆している様子もある。
それでもだ。
「カイト、どうする?」
ヒナタが声を掛けた。
・・・・・・。
どうするも何もない。
「どうするも何もないよ。」
カガミハラに向けて宣言した。
「やります。私たちもその組織に参加します。」
カガミハラが承認した。
「協力に感謝する。では早速、特異性と装備の確認をはじめよう。梓屋、校内の清掃は終わったか?」
「はい、清掃処理、完了しております。」
「了解。では全員、体育館へ移動してくれ。詳細を説明する。」
「お・・・、・・・きろ。」
「ヒ・・・、起きろ・・・。」
「・・・ヒナタ起きろ!」
誰かの叫び声を聞いて、日向ヒナタは目を覚ました。
バッと起き上がろうとすると、強烈な吐き気に襲われて、視界がぐらぐらと揺れる。
耳鳴りも激しくて、自分が今どんな体勢なのかさえ判らない。
「ヒナタ、大丈夫か。」
キンキンと鳴る音の隙間から自分に向けられた声を聞き取った。
ヒナタの友人、日隈カイトの声だ。
ヒナタは呻きながら答える。
「んん・・・大丈・・・夫・・・だと思う。」
「立てる?」
「待・・・って、ぅんん。」
声を出している内に、五感が元に戻ってきた。
依然として吐き気は残るが、ほとんどは問題なくなった。
カイトの手助けで立ち上がると視界も定まってきた。
所々ひび割れた白い壁、薄白い黒板、古い学校机と椅子。
ヒナタがさっきまで授業を受けていた教室だ。
しかし何か様子が違う。
周りにはヒナタと同じように倒れていたり、呻いている同級生が机の数だけいた。
そしてさっきから匂ってくる異臭、学校で嗅ぐことなどまずない臭い。
なんだこれ。
鉄?
「カイト、なんか変な臭いしない?」
「それは、・・・多分」
そういってカイトが指差した先、黒板の下には、赤いゲル状の何かが転がっていた。
覚束ない足取りで、机たちを支えにその赤い何かに向かって、あと数歩の所でヒナタは気づいた。
肉だ。
ミンチのような、新鮮な。
「カイト・・・これは?」
カイトはなかなか答えようとしなかった。
ようやく口を開くと、ぼそぼそと呟いた。
「多分・・・、先生。」
カイトの推論は正しかった。
この教室という空間で、同時刻に居た人々の内今いないのは教師だ。
そして授業中黒板の周りに居られるのも、ほとんどの場合教師のみだ。
ヒナタは何を言っているのか判らなかった。
時間が少し経って、ようやく言葉の意味が判ると、吐き気は頂点に達した。
口を押えながら教室隅の流し場に向かって嘔吐した。
無心で吐いた。
なにか捉え難い邪悪なものを感じながら。
吐き切って、冷静さを取り戻すと、他の同級生も皆同じような状態にあることを目視した。
五感が定まらず、ゲル化した教師を見て恐怖している。
まったく意味が判らない。
「カイト、これどういうことだ。」
「知らないよ。」
鼻と口をハンカチで押さえながらカイトはそう言った。
涙目をしていた。
ヒナタが吐しゃ物を流すために蛇口を捻ると、水は激しく噴き出した。
全身びしょ濡れになりながら、その水で顔を洗った。
蛇口を反対に捻っても水は止まらない。
「なんなんだよ、これ。」
咳き込みながらヒナタがそう言うと、
「一旦外に出よう。」
とカイトが同級生に呼びかけだした。
カイトに言われて、ヒナタともう二人、湯田ナツメと太刀前ハルキが他の教室を見て回ることになった。
彼らの白東中学校は山間の田舎にあるので生徒数が少なく、総人数116人、各学年2クラス約20人程度の人数だ。
大昔にはたくさんの子供がいたようなので「生きてる」教室も少なく、人がいるいないを見るのに全クラスを回る必要もない。
どこの人のいる教室も同じような環境だった。大多数の生徒は倒れこんでいて、かつて教師だったものが転がっている。
1年生の教室の方が、まだ倒れている人数が多かった。
一通り声を掛け、救護が必要そうな生徒がいたら外に運搬する。
やがて全生徒が校庭に集まった。
体育館に集まろうかともなったが、あそこはあそこで赤いそれが転がっていたので却下となった。
「全員いるね。・・・良かった。生徒は欠けてない。」
そう言うカイトは全体に声を掛ける時こそ凛々しいが、独り言のように隣のヒナタに呟く時は息が震えて、涙目になっているようだった。
「・・・大丈夫?」
「うん。」
これも震えていた。
他の生徒の態度も様々だったが、誰として落ち着いている者はいなかった。
泣いている者、同級生と感情を共有している者、震えている者。
ヒナタもまた恐怖を覚えていた。あまりにも未知な状況下に怒りさえ覚えた。
けれどもカイトは生徒の方をまっすぐ見て、落ち着いた様子で指示を出している。
彼も不安で満ちているはずなのに。
生徒会長だからだろうか。
ヒナタはそうも思えない。
カイトの指示を受けて職員室へ向かい、110番を掛けに向かったナツメによると、電話は故障しているのかつながらないらしい。
「判った。ありがとう。」
「カイト、俺商店街に行こうか?」
そうヒナタが走り出そうとした瞬間、
「いい、ヒナタ。ここに居て。」
とカイトに手首をつかまれた。
ビックリして彼の方を向くと、その目が潤んでいた。
個人的な要件のようだ。
「判った。」
とはいえどうするべきか、この場にいる子供たちには、カイトも含め誰にも判らなかった。
幸い六月の気候はまだ生徒を干からびさせることはなかったが、この特殊な状況に置かれているだけで体力を消耗する。
じきに生徒たちも静かになった。
その静寂の中、いくつもの走行音が生徒の間を抜けた。
数台の軍用車両に続いて黒い一般車が校庭に乗り込み、生徒と校舎を囲んだ。
突然の出来事に生徒たちは混乱し、慌てふためいた。
先ほどの事件も相まって情緒が乱れている。
車両から武装した軍人が完璧な身のこなしで降りて素早く生徒を包囲した。
向けられた銃口を四方に子供たちは恐怖のあまり身じろぎして叫んだ。
中には腰を抜かして動けなくなっている者もいた。
明確な警戒態勢を執っている兵士の間から、スーツ姿の男が部下らしき男女を牽いて生徒の前に立った。
厳格そうな男だった。
生徒を見渡して、男は言った。
「我々は国家隠匿組織、特異因子事象対策本部だ。現在君たちは、特異因子の影響下に晒されているため、武力を持って包囲している。ただいまよりいくつかの指令を告げる。これは国連の意向である。」
・・・・・・。
あまりにも突然で何を言っているのか判らなかったが、従わなければ死ぬかもしれないことだけは、周りの銃口から察せれた。
だがそんな中で、ヒナタの隣のカイトが男に向かって歩き出した。
一部の兵士はカイトに銃を向ける。
ヒナタはカイトの横顔が恐怖に満ちて、目が震えているのを見た。
ヒナタが手を出そうとすると小声で、
「だめ。」
と言われ、下唇を噛みながら手を引いた。
両手を挙げながら男に近づき、あと2メートル少しの所で立ち止まった。
「生徒会長の日隈カイトです。先生方が皆死亡したため今現在生徒をまとめています。まず生徒たちが怖がっているので、銃をおろしてください。」
男の目をまっすぐと見ていた。
男はしばらく鋭い眼光をカイトに浴びせると、兵士にハンドサインを送った。
金属音のような物音を立てながら兵士が銃を降ろしたのを確認すると、次の要求を示した。
「ありがとうございます。では、質問をさせてください。あなた方がどなたなのか、詳細を教えてください。」
男はまたカイトの目を見つめると、瞼を閉じて一息ふっと笑った。再び目を開けると先ほどの鋭利さはほとんどなくなっていた。
「まさか今の子供たちがこんなにもしっかりしているとは、思わなかったよ。分かった。立場を対等にしよう。ただその前にけが人の治療だけさせてくれ。」
「・・・ありがとうございます。」
男は後ろに侍る部下にいくつか命令を出して、その命に従って隊員が動き始めた。
それを背にカイトはヒナタのもとに帰ると、すっかり垂れ込んで荒い呼吸をして、ヒナタの首に腕を回したまま座り込んでしまった。同級生が集まってくる。
近くで顔を見ると、カイトはやつれていた。
酷く疲れているようだった。
「カイト大丈夫?」
口で小刻みな呼吸をしながら、時々笑って、落ち着いたころに答えた。
「だいじょうぶ、・・・ちょっと、疲れちゃった。」
無理するからだ、とヒナタは声を掛けようとしたが、やめた。
何名かの怪我人に応急処置が施されて、ひとまず落ち着いたところで男は再び話し始めた。
「改めて、私たちは国家により隠匿された組織、「特異因子事象対策本部、通称『SCH』だ。私はその部長、各務原ソウジという。私たちは特異因子事象と呼ばれる、いわば怪奇事件を取り扱う秘密組織だ。」
そう言うと、彼の部下が用意した資料を生徒たちに配り始めた。
10枚のプリントが束ねられたそれには細かい字で意味の分からない単語群が並べられていた。
「まず特異因子について説明しよう。今配布した資料の一番最初だ。」
・・・特異因子の確認は今から11か月前。長野県東部の山野で「凶暴で大きな動物がいる」という連絡が地元の猟友会に寄せられ、6人の猟師が処理しに向かった所全員死亡。その際の死体鑑定で、傷口から特異因子が確認された。
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しかし、世界初の人間の特異生命体、卜夕日ケンタが確認されたことで事態は一変する。これまで動物にのみ影響を与えるとされてきた特異因子だが、何らかの要因で人間に影響し、人間が特異生命体となったことで、人間もまた特異獣のように凶暴化するのではないかとと懸念された。
だが人間、あるいはウラユビケンタの場合影響前と身体状況は変わっていないようである。
ウラユビケンタの近辺を調査すると、彼の付近では特異因子を確認できる死体が発見されており、外見的特徴の変化はなくとも何らかの変化は起きていることは判明した。そこで研究員はウラユビケンタと接触し、研究に協力を要請することを決定、実行に移した。
対象はそれを拒否。対象と接触した研究員全員を殺害した。死体からは特異因子を確認できたこと、また研究員が撮影していた映像に、明らかに特殊な方法で殺害していたことから、人間における特異生命体化は、人間的理性を残したまま特殊な能力「特異性」を有することが現在の研究の結論となった。
そのため特異性を有する人間(他研究対象と分別するため特異性保持者と呼称)は人民の安全の為国家含め国際組織の監視下に置かなければならない。
よって特異因子事象対策本部を日本国内に設置することが某日に決定された。
「君たちがこの特異因子に影響されていることは確かな事実だ。因子測定器も人に影響を与えうる数値を捉えている。」
「じゃあ、僕たちの先生が、あの・・・ああなっているのも」
「確証はないが、特異因子の影響だろう。」
再び静寂が生徒を覆った。今度は暗くて重い。
「話を当初に戻そう。」
カガミハラが暗闇に落とすように言った。
「現在、特異獣の報告はまだいくつか挙がっている。ウラユビケンタも対処できていない。何よりも特異生命体は特異生命体でなければ致命傷を与えれられない。特異生命体の攻撃には特異因子が含まれている。その攻撃のみが、特異生命体に傷をつけることができるからだ。」
一息、カガミハラが瞼を閉じてまた開くと鋭い眼光が彼の目に戻っていた。
「我々は君たちに次の要求をする。1、我々SCH下に協力し、研究対象となること。2,SCH直属の特殊部隊として特異生命体の対処にあたること。3、これを拒否した場合にはこの場で拘束し、研究に協力すること。」
誰もが思慮した。その内容をカイトは口にした。
「つまり・・・僕たちに戦えと?」
「そうだ。」
戦う、その訳わからない能力を使って、訳わからない凶暴な動物か、人と戦う。
ヒナタは問うた。
「場合によっては人を殺さないといけないし、・・・
・・・死ぬかもしれないんですよね?」
「そうだ。」
死ぬかもしれない。
・・・死ぬ。
まだ若い彼らにとって、想像もつかない、未知の物。
それは恐怖と同じものだった。
「もちろん支援はする。装備、軍需品はすべて支給し、生涯困ることのない報酬も支払われる。」
その代価に戦わなければならない。
「拒否権はほとんど、ないわけですね。」
「君たちが戦うか、より多くの国民が被害にあうかだ。」
自分たちにしか出来ない。
特異性を用いて戦い、国民の安全を守ることは。
映画の中の戦士たちは死の恐怖の隣に生きていたのだと、生徒は知った。
体感した。
「君たちにしかできないんだ。」
そう、僕たちにしかできない。
ヒナタは隣を見た。
少し下をうつむきながら、カイトが黙考している。
確かカイトの父親って、警察官だっけ。
ヒナタはカガミハラの方を向いて、言った。
「やります。」
生徒の注目が彼に集まる。
「僕はやります。」
カガミハラもその部下もヒナタを見ている。
「名前は。」
「ヒュウガヒナタ、三年です。」
「いいんだね。」
「はい。」
躊躇いはなかった。恐怖はあったが、カイトを見ていたらそんなことを気にしなくなった。
ヒナタに続いて、声が挙がる。
「僕もやります。」
「私も」
「僕も」
・・・・・・。
カイトは生徒たちの声を受けて、驚いたような表情をしていた。
生徒代表として生徒に危険のないよう導こうとしてきたが、それとは相反する言葉が飛び出してくる。
何よりも親友の言葉を始点に起きている。
確かに拒否権はほとんどない。
臆している様子もある。
それでもだ。
「カイト、どうする?」
ヒナタが声を掛けた。
・・・・・・。
どうするも何もない。
「どうするも何もないよ。」
カガミハラに向けて宣言した。
「やります。私たちもその組織に参加します。」
カガミハラが承認した。
「協力に感謝する。では早速、特異性と装備の確認をはじめよう。梓屋、校内の清掃は終わったか?」
「はい、清掃処理、完了しております。」
「了解。では全員、体育館へ移動してくれ。詳細を説明する。」
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SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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