黒靴短編

未田不可眠

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白々少年

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 白々少年の裸はまさに白く、例えば晴れた真昼に白々少年がプールサイドに寝転んでいると、直角に射す陽光が見事に四方に反射して、白々少年の周りに居る人々を肌を焼いてしまうほどであった。しかし当人はメラニンのメの字も窺い知れぬほどに白くあった。
 真っ裸になるとその白さは留まることを知らず、色が付いているとすればそれは毛、乳首、陰部といったところであろうか。まだ毛も生えない中学生であるため、そういう黒さは微塵もない。腕の静脈も見えないので、ある時に幽霊なのではという根も葉もない噂が立ったが、一週間で消えた。
 そこまで白くて、では不健康かといわれるとそうではなく、血色はよい。そこらの男子中学生と比べれば一回り小柄であるが、食べている。
 それでいて白いのだ。
 ドーランや白粉を塗っているわけではなく、彼自身はそれを求めているが学則には従わなければならず、そこに化粧の禁止が載っていたので仕方なく日焼け止めで我慢している。もちろん周りの者は「これ以上白くしてどうする」と言うが、気にするような白々少年ではなかった。
 さて、彼は中学生であるから制服を着る。この黒とも紺とも見えぬ制服の着用も学則であるから彼はこれを着る。彼はそれを、さすがに常識であると捉えているのでなんの疑念もなく白以外のものを羽織る。すると衣服の隙間隙間から覗く純白の皮膚が、もはや光って見える。その美しさを女子は話題にするが、彼に直接その美しさに対する感想を述べた者はいない。彼は他人と大して話そうとしないのが、周りも理解した結果である。
 彼の通う中学校は学区が狭いことで知られている。故に生徒数は少なく、少数精鋭である訳でもない。平々凡々、もしくはそれ以下の数十人の集まりである。
 白々少年らのおよそ十五代前の生徒らは大変な不良で、ただでさえ狭い校舎内をバイクで駆け、最早隠れずに煙草を蒸かし、あってはならぬほど成績が悪かった。そのためかこの学校の学則は非常に厳しいことでも有名で、例えば鋏を持つことでさえ生徒たちは禁じられている。
 そんな中で先日事件が起きた。
 白々少年の隣の席の、垂実たれざね君の給食費が盗まれたという。
 教師らは酷く狼狽して、間も無く怒りの捜査線を張った。
 まずは学校一番の不良が聴取を受けた。
 一日に三度問題を起こすが、内一つで給食費を盗んだのか、と大人は問う。
 しかし不良には体育館裏で煙草を蒸かしていたアリバイがあった。その結果本件とは関係なく停学処分となった。
 次に女子グループの頂点に立ついじめっ子に捜査の手が伸びた。
 負の魅力を持つ垂実君を嘲笑しようと言うのだな、と。
 しかしいじめっ子は事件当日、トイレに隠れ数人で一人を囲み屯していた。その結果本件とは関係なく囲まれた一人が不登校になった。
 以降教師らは三名ほどの生徒に聞いて回るが、これと言った成果は得られなかった。
 そして隣に座る白々少年の番になった。
 取り調べが進む。白々少年は無実を訴えており、実際彼は盗みを犯していなかった。
 だが、白々少年の無実たる証拠が足りていなかった。時刻と言い場所と言い、彼の発言と事実が全てが噛み合わなかった。
 すると白々少年は、酷く焦燥しだした。普段の彼からは想像のつかないほどに焦り、額の脂汗が照り、血の循環で顔に紅が映えた。
 そしてより一層無実を主張した。そうするほど教師は訝しんだ。
 それが更に白々少年を焦らせる。無意味な循環だった。
 やがて時間になったので、白々少年含めて生徒たちは下校した。だが彼の疑いが晴れたわけではなかった。
 帰る直前、白々少年は普段の倍の量の日焼け止めを露出した肌に塗った。その様子を見ているものはいなかったが、白い肌に赤いまなこが目立った。
 翌朝、彼は登校した。家を出る直前に普段の倍の量の日焼け止めを塗って登校した。
 教師らは彼を目に捉えると、目をきつく細めた。無罪である証拠もないが、有罪である証拠もない。しかし時期に判るだろうと教師は践んでいた。
 その教師の視線は白々少年にストレスを与えた。
 確かに盗っていないのに、教師は自分を怪しむばかり。
 隣の席では垂実君が悲しそうな顔をして座っている。それが白々少年を腹立たせた。
 取り調べは朝から始まった。白々少年以外で疑いのある生徒は一応集められたものの、教師の関心は全て白々少年にあった。
 ほぼ関係ない生徒の聴取が終わり、さて白々少年の番である。
 白々少年は昨日と同じことを繰り返した。
 やっていない。だからやっていない。潔白です。
 教師も同じことを繰り返す。ただ昨日よりも口調は荒かった。
 お前が盗ったんだろう。そうに決まってる。早く盗ったといえ。
 証拠がないとはいえ、ここまで怪しいのだ。教師内では最早白々少年は自分らの生徒でなかった。
 白々少年は更に焦った。焦って赤くなった顔を見て次は憤った。憤って赤くなった顔を見て次は悲しんだ。
 その様子を見た教師が一人居たが、何を悲しむフリをして、と気に留めなかった。
 その日も進展はなく、ただ白々少年が消耗して下校時刻となった。白々少年は昨日の倍の量の日焼け止めを塗って帰った。
 幼心では支えきれない怒りと焦りと、特大の承認欲求が彼の足を早く回した。なので普段よりも早く家に着いたはずなのに、彼には砂漠を渡りきった時と似たような感覚があった。
 狭いアパートの部屋、ドアを開けると暗くじめじめしたいわば汚い廊下が五六歩分延びており、その汚さは居間にまで続いた。到るところに脱ぎ捨てた服だのいつぞやの塵が溢れていて、足で掻き分けると寝転ぶ父親の姿を見ることが出来る。
 白々少年はそれらに脇目も降らず自分の部屋に流れると、すぐに三面鏡の前に座って手当たり次第白い化粧品を身体中に塗りつけた。塗れば塗るほど自分が潔白であることが証明されていくようで、しかし事態は何も解決していないことを思い出しまた化粧品を塗る。やがて二日前に開けたばかりのドーランが空になった。
 空の容器を、きちんとゴミ箱に捨てた。人工的な白色は窓から射し込む西日を反射した。それが白々少年にとって潔白の証明である。白々少年は潔白である。そう、白々少年はいつでも潔白なのだ。
 彼の妹が犯し殺された時もそうであった。彼は潔白だった。だか確かにあの時妹の股は血でベタベタに濡れていて、泡を吹いて死んでいた。第一発見者である彼は真っ先に容疑者として疑われた。彼は潔白だったのに。
 母親は彼をひとしきり殴った後、家を出た。親戚は彼を見放した。父親はこの事件以降仕事に就いていない。だが彼は潔白だったのだ。
 妹を犯したのは全くの赤の他人であったが、それを知ってなお、彼の下へ戻ってきた者はいなかった。彼は潔白だったのに。
 翌朝、また彼は教師の取り調べを受けた。時間のない教師らは痺れを切らして自白を促し始めた。衰弱していた白々少年であったが、意思は堅かった。
 まずは言葉で責め立てる。お前がやったのだろう。白々少年は首を振る。
 次に情に訴えかける。垂実君の顔を見たまえ。白々少年にはそのようには見えない。
 そして怒鳴りつける。早く認めろ! 白々少年の脳裏に焼き付いた記憶がまた浮かび出る。
 最後に髪を掴んで振り回す。もう言葉などない。白々少年が過去に受けたものとすべて一緒であった。
 この世のものとは思えぬ恐ろしい母の顔、十六方から聞こえる嫌悪の声、誰からも無視され、相談はおろか会釈さえ交わすことの出来ない人間地獄。
 それが白々少年の心中を頂点に至らしめた。
 声帯を無尽蔵に震わせながら彼は叫んだ。聞き取れた者は居なかったが、先と明確に様子が違った。その内叫びながら身体中を搔き散らし、そこで白さは失われた。けれども少年は指を皮膚に立てて擦りつけ、ついに尋問室から走り出した。
 自由への挑戦だ!
 潔白などクソの次に汚らしい!
 そうして汚れることを気にせず校舎を飛び出した彼は、直後教師の車に撥ねられ狂死した。
 なお垂実君の給食費事件は彼が川に集金袋を落としたことに由来する。
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