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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
四面楚歌×求める声
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アイリーネを背中に抱えたアルルが詰め所の外に出てみれば、民衆の避難は既に完了していたらしく街はもぬけの殻と化していた。
そしてアルルはすぐさまウィロウの気配を探るも――
「まずい、あちこちに気配が残留してるせいでどこにいるかわかんなくなっちゃったかも……」
強すぎる気配は感知範囲が広くなり過ぎてしまい、逆に探索が難しくなってしまうのだ。
行く先が漠然とした状態でありながらもアルルは何か手がかりを見つけるべく脚を動かす。
「っ! あちらだと思います!」
5分ほど探索した後、アイリーネはハッとしたような表情を浮かべると、ここより南西の方角を指し示した。
アルルの記憶によれば、貴族の住居が集合している区域だ。
「もしかして女のカンってやつ? わかる、何故かよく当たるんだよね」
現状他に頼れる情報もない為、選べる選択肢はその一つしかない。
だがアイリーネは、ウィロウは必ずそこにいると確信にも近い何かを得ているらしい。
「ウィル、早く、貴方に逢いたい……」
そうしてそのまま示された方角へ向かっていくと、ちらほらと兵の姿が散見し始めた。
怨嗟に当てられ気絶している者もいるが、強者揃いなのか今だ地に足を着けて立っている兵も多い。
進めば進むほど兵の密度も上がっていき、次第には隊列を組んだ兵団も数個隊見え始める。
目的の人物の元へと確実に近づきつつあるという暗示だろう。
アイリーネの勘は当たり、間もなくアルルは気配の根源を察知することが出来た。
「ほんとにいた、って……うっわぁ、めっちゃ囲まれてるじゃん……ちょっとめんどうかも」
現地の状況を整理すると、数十人の魔術士たちが結界を張りウィロウの動ける範囲を辛うじて制限しているようだ。
そこから近接兵、弓兵、攻撃魔術士が一気に攻撃を仕掛け、片を着けようという算段らしい。
残されている時間はかなり短いと予想される。
アルルは目の前に広がっている人溜まりに辟易としながらも、突入の意を決す。
「っ、遅かったの、でしょうか……」
しかしアイリーネの視点から見れば絶望的状況には違いない。
「さっきも言ったでしょ、死んでなきゃ安いって。しっかり掴まっててよ……!」
アルルはこの程度の窮地ならば両手両足に収まりきらない程には経験済みだ。
そのまま民家の屋根に飛び乗ると、次々と兵団の頭上を飛び越えていく。
しかし、一つ一つ歩を進めるごとに怨嗟の波は深く激しくなっていった。
「頭が、いたい……クラクラします……でも、ウィルをあのままにして倒れるわけには……」
ただのいち乙女でしかないアイリーネは、当然ながら怨嗟に打たれる耐性も低い。
目標まで後500メートルといったところで真っ青な顔を上げ、強い不調を訴え始める。
「あたしが治癒し続けるからなんとか耐えて! この際ごり押しでもなんでもいいから!」
しかしアルルの魔力も無尽蔵ではない。
どちらにしろ制限時間など長くは無かった、というわけだ。
やがて姿を隠せる物陰もなくなると、二人の少女の姿を兵士たちが目に捉え始める。
――な、なんでこんなところに女子供が!? 迷ったか逃げ遅れたのか!?
――それどころかバケモンのところに向かって行ってないか!? オイどうするッ!? 動かねぇと死んじまうぞッ!?
――待て! まだ攻撃命令が出ていない! 勝手に動いては駄目だ!
突如躍り出たその陰に対し、兵たちが慌てふためくのは当然。
「……バケモノ、ですか。確かに、周りから見れば今のあの人にはそっちの呼び名の方が相応しいのかもしれません」
怨嗟が濃すぎる影響か、霧が掛かっているかのようにウィロウの姿は朧げと化している、正にバケモノだ。
だが、その程度の蔑称で彼の英雄が動じぬことをアイリーネは理解していた。
「ま、人にどう呼ばれようと関係ないんじゃない?」
聖女と呼ばれ、魔女とも呼ばれ、呼び名に対し深い因縁を持つアルルから放たれたその言葉には並々ならぬ説得力がある。
「仰る通りです。私の中ではあの人は、ウィルは、何があっても英雄なんです」
過去はもちろん、今も、そして未来にも、アイリーネの中には確かな英雄の姿が存在する。
それだけは決して何者にも揺るがない、揺るがす事は出来ない。
「なら、アイリーネの信じる英雄を、バケモノの中から引っ張り出してあげて」
アイリーネは小さくこくりと頷きアルルの背中から降りると、そのままゆっくりとウィロウの元へと歩み寄っていく。
だが、その姿に気が付いたウィロウは何かに怯えるように後ずさってしまう。
その場に居合わせている兵の誰もが、その異様な光景を固唾を飲んで見守っている。
攻撃命令は、まだ下されていない。
「ウィル。私よ、アイリーネよ。待ちきれなくって私の方から迎えに来ちゃったの……ごめんなさい」
ウィロウは胸の中に生まれた葛藤を消し飛ばそうと、悶え苦しむような咆哮を上げる。
次の瞬間、地面を踏み切り、剣を振りかぶり、その切っ先がアイリーネの首筋を捉え――
遂には血飛沫が宙を舞う。
「――っ! ……ウィル、こんな姿になっても、貴方は変わらない。だって貴方ってば、優しすぎるんだもの」
ウィロウは切っ先が届くその寸前、自らの脚を斬り、破壊衝動を止めて見せた。
愛する者を守るための剣で、愛する者を斬るなど英雄には出来るはずもなかった。
「ァ゛、ィ……」
アイリーネの意思は確かにウィロウの元へと届いている。
だがしかし正気を取り戻すには未だ程遠い。
「私の為に怒ってくれているんでしょう? 私の為に無理をしてくれたのでしょう? でももう大丈夫、私はここに、貴方の前にいるもの」
アイリーネが再び静かに歩み寄れば――遂には両者、目の前。
「……さ、ム……ぃ――」
霧の中から響く、愛する者を求める声。
「もう、頑張らなくていいの。だからおねがい、もとのあなたに、もどって……? じゃないと、私……」
霧の中へと手を伸ばし、探り探り背中に手を回す。
「……ォ、レは――」
ウィロウの孤独に冷え切った身体が、優しいぬくもりに包まれていく。
「……誰よりも優しくて、誰よりも英雄に相応しい。そんなあなたを、私は誰よりも愛してる――」
その身体が、霧の中へと呑まれていく――
そしてアルルはすぐさまウィロウの気配を探るも――
「まずい、あちこちに気配が残留してるせいでどこにいるかわかんなくなっちゃったかも……」
強すぎる気配は感知範囲が広くなり過ぎてしまい、逆に探索が難しくなってしまうのだ。
行く先が漠然とした状態でありながらもアルルは何か手がかりを見つけるべく脚を動かす。
「っ! あちらだと思います!」
5分ほど探索した後、アイリーネはハッとしたような表情を浮かべると、ここより南西の方角を指し示した。
アルルの記憶によれば、貴族の住居が集合している区域だ。
「もしかして女のカンってやつ? わかる、何故かよく当たるんだよね」
現状他に頼れる情報もない為、選べる選択肢はその一つしかない。
だがアイリーネは、ウィロウは必ずそこにいると確信にも近い何かを得ているらしい。
「ウィル、早く、貴方に逢いたい……」
そうしてそのまま示された方角へ向かっていくと、ちらほらと兵の姿が散見し始めた。
怨嗟に当てられ気絶している者もいるが、強者揃いなのか今だ地に足を着けて立っている兵も多い。
進めば進むほど兵の密度も上がっていき、次第には隊列を組んだ兵団も数個隊見え始める。
目的の人物の元へと確実に近づきつつあるという暗示だろう。
アイリーネの勘は当たり、間もなくアルルは気配の根源を察知することが出来た。
「ほんとにいた、って……うっわぁ、めっちゃ囲まれてるじゃん……ちょっとめんどうかも」
現地の状況を整理すると、数十人の魔術士たちが結界を張りウィロウの動ける範囲を辛うじて制限しているようだ。
そこから近接兵、弓兵、攻撃魔術士が一気に攻撃を仕掛け、片を着けようという算段らしい。
残されている時間はかなり短いと予想される。
アルルは目の前に広がっている人溜まりに辟易としながらも、突入の意を決す。
「っ、遅かったの、でしょうか……」
しかしアイリーネの視点から見れば絶望的状況には違いない。
「さっきも言ったでしょ、死んでなきゃ安いって。しっかり掴まっててよ……!」
アルルはこの程度の窮地ならば両手両足に収まりきらない程には経験済みだ。
そのまま民家の屋根に飛び乗ると、次々と兵団の頭上を飛び越えていく。
しかし、一つ一つ歩を進めるごとに怨嗟の波は深く激しくなっていった。
「頭が、いたい……クラクラします……でも、ウィルをあのままにして倒れるわけには……」
ただのいち乙女でしかないアイリーネは、当然ながら怨嗟に打たれる耐性も低い。
目標まで後500メートルといったところで真っ青な顔を上げ、強い不調を訴え始める。
「あたしが治癒し続けるからなんとか耐えて! この際ごり押しでもなんでもいいから!」
しかしアルルの魔力も無尽蔵ではない。
どちらにしろ制限時間など長くは無かった、というわけだ。
やがて姿を隠せる物陰もなくなると、二人の少女の姿を兵士たちが目に捉え始める。
――な、なんでこんなところに女子供が!? 迷ったか逃げ遅れたのか!?
――それどころかバケモンのところに向かって行ってないか!? オイどうするッ!? 動かねぇと死んじまうぞッ!?
――待て! まだ攻撃命令が出ていない! 勝手に動いては駄目だ!
突如躍り出たその陰に対し、兵たちが慌てふためくのは当然。
「……バケモノ、ですか。確かに、周りから見れば今のあの人にはそっちの呼び名の方が相応しいのかもしれません」
怨嗟が濃すぎる影響か、霧が掛かっているかのようにウィロウの姿は朧げと化している、正にバケモノだ。
だが、その程度の蔑称で彼の英雄が動じぬことをアイリーネは理解していた。
「ま、人にどう呼ばれようと関係ないんじゃない?」
聖女と呼ばれ、魔女とも呼ばれ、呼び名に対し深い因縁を持つアルルから放たれたその言葉には並々ならぬ説得力がある。
「仰る通りです。私の中ではあの人は、ウィルは、何があっても英雄なんです」
過去はもちろん、今も、そして未来にも、アイリーネの中には確かな英雄の姿が存在する。
それだけは決して何者にも揺るがない、揺るがす事は出来ない。
「なら、アイリーネの信じる英雄を、バケモノの中から引っ張り出してあげて」
アイリーネは小さくこくりと頷きアルルの背中から降りると、そのままゆっくりとウィロウの元へと歩み寄っていく。
だが、その姿に気が付いたウィロウは何かに怯えるように後ずさってしまう。
その場に居合わせている兵の誰もが、その異様な光景を固唾を飲んで見守っている。
攻撃命令は、まだ下されていない。
「ウィル。私よ、アイリーネよ。待ちきれなくって私の方から迎えに来ちゃったの……ごめんなさい」
ウィロウは胸の中に生まれた葛藤を消し飛ばそうと、悶え苦しむような咆哮を上げる。
次の瞬間、地面を踏み切り、剣を振りかぶり、その切っ先がアイリーネの首筋を捉え――
遂には血飛沫が宙を舞う。
「――っ! ……ウィル、こんな姿になっても、貴方は変わらない。だって貴方ってば、優しすぎるんだもの」
ウィロウは切っ先が届くその寸前、自らの脚を斬り、破壊衝動を止めて見せた。
愛する者を守るための剣で、愛する者を斬るなど英雄には出来るはずもなかった。
「ァ゛、ィ……」
アイリーネの意思は確かにウィロウの元へと届いている。
だがしかし正気を取り戻すには未だ程遠い。
「私の為に怒ってくれているんでしょう? 私の為に無理をしてくれたのでしょう? でももう大丈夫、私はここに、貴方の前にいるもの」
アイリーネが再び静かに歩み寄れば――遂には両者、目の前。
「……さ、ム……ぃ――」
霧の中から響く、愛する者を求める声。
「もう、頑張らなくていいの。だからおねがい、もとのあなたに、もどって……? じゃないと、私……」
霧の中へと手を伸ばし、探り探り背中に手を回す。
「……ォ、レは――」
ウィロウの孤独に冷え切った身体が、優しいぬくもりに包まれていく。
「……誰よりも優しくて、誰よりも英雄に相応しい。そんなあなたを、私は誰よりも愛してる――」
その身体が、霧の中へと呑まれていく――
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