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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

残された矜持×残された猶予

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 アルルは子供たちが親元へと戻っていったのを確認した後、ジゼから現状の戦況の確認を取った。
 曰く、残党兵は粗方片付き、危険はもう無いとの事。

 残りの戦後処理をジゼに任せ、アルルはゾディアス帝国の重罪人が流され処刑される事で有名な街へと向かった。
 道中、無傷のまま昏倒している人の姿を目に入れるうちに、アルルの心当たりは確信へと変わる。
 
 そのまま痕跡を辿っていくと、案の定ゾディアス帝国罪人の流刑地と呼ばれているヒュプリスの街へと到着した。
 既に街内は混乱状態に陥り、阿鼻叫喚の嵐となっていた。

「バ、バケモンが出た、逃げろ、逃げろッ!」

「あ、あぁ……胸が、息が、苦しい、くるしい……」

(思ってた通りのひどい有様だけど、直接被害を受けた人たちは居ないっぽいのが幸いかな?)

 それは彼の英雄としての捨て切れない矜持から来るものなのだろうか、今のところ血は一切流れていない。

 国自ら招いた災禍にも知らぬふり、そして大義名分の元、安全地帯から悠々と兵に指示を出す。
 直接被害を受けるのは結局民衆という訳だ。

 アルルは閉ざされていた城門を飛び越え、そのまま壁の縁に立ち詰め所の所在を探す。
 ウィロウ=バンディの気配は向かって右、対して目的地である詰め所の場所は真反対の左に位置した。
 囚われている筈の彼の恋人を救い出し、巡り合わせる事が出来ればあるいは、とアルルはそこまで考えた末、先に詰め所の方に向かう事にした。
 ジゼですらその剣圧の前に押されてしまったのだ、真っ向から戦って勝てる可能性は低い。

 そうして詰め所へと辿り着いたアルルは中の警護に残っている人影を探る。
 やはり騒動の解決に追われているようで、数はそう多くは無い。
 そしてとある一点に気配が集中している事も同時に把握した。
 転移魔術の犠牲から逃れ、口封じに処刑するべく囚われている民衆たちだろうとアルルは踏む。

(この兵たちに罪は無いし、ちょっと気絶させるだけにしとこ)

 警護に当たっていた兵たちは誰一人として侵入された事にすら気付けぬまま次々に健やかな寝息を立てていく。
 そうしていとも容易く詰め所の無力化に成功したアルルは先ほど捉えた気配の元へと向かう。
 すると巨大な空間が目の前に広がり、その中には大勢の民衆の姿があった。
 転移魔術の発現時に力を吸われてしまった為か、その誰もが未だ眠り続けている。
 アルルはその中から目的の人物を探すべく、牢を蹴破って回った。

(ジゼの話によると、恋人さんの特徴は赤い髪に黄色い瞳だったっけ。珍しい組み合わせだからすぐ分かると思うんだけど)

 そのまま20分ほど捜索を続けたアルルだったが、ついにその姿を見つける事は出来なかった。

(無事な人達は1800人は居たって話だけど……残りはどこにいるんだろ?)

 この詰め所では精々200人の収容が関の山だ。
 アテが外れ、どうしようかと迷っている最中、何やら不自然な気配がもう一組存在する事に気が付く。
 その場所には何やら感知阻害の類の魔術が施されていたらしい。

 大体の当たりをつけ、その地点へと向かうと、どうやら目的地はこの詰め所の中心、根幹とも言えるべき場所に存在する事が分かった。
 そのまま扉の前へと辿り着いてみれば、中から男女一組の気配が発せられている事まで把握出来た。
 
 先程の牢を蹴破るよりも少しばかり手こずりながらも、問答無用で扉を粉砕。

「――ッ!? な、何者だ貴様ッ!? 何処から侵入した!? 他の兵どもはどうしたッ!?」

 小太りした中年、という形容詞がピッタリ収まるその容姿。
 そして部屋の脇には赤い髪に黄色い瞳、そして夥しい数の鞭で打たれた傷跡を持った女の姿があった。
 その上、ぐったりと横たわり気絶している。

 その瞬間、アルルはすべてを察した。

「どうしたって、ぐっすり寝てるけど。寝不足だったみたいだし丁度いいんじゃない?」

 ここで働かされていた兵の目元に深いクマが浮き上がっていたのをアルルは思い出す。

「ッ!? この街の兵どもはどいつもコイツも使えない無能ばかり……! 何故国は俺をこんな辺境の地にッ……!」

(ふーん、こいつこの街の人間じゃないんだ。どうりで)

 その中年にはこれから自分が具体的に何をされるのかを理解する事は出来なかったようだが、それでも明確な殺意を向けられている事だけは察した模様。
 アルルの鋭い殺気に当てられ、ついには腰を抜かし尻餅を付く。

「さあ、自分の胸に聞いてみたら?」

 そう、本当にやましい事が無いのであればアルルの魔術は殺傷力を持たないのだから。

「俺はッ、職務を全うしているだけだッ! 使えない無能共に仕事を与えてやってるだけだッ!」

 ますます膨れ上がるアルルの殺意を前に、ついには失禁する中年。

「他人の痛みを理解するのが上に立つ者の役目ってよく言うよね」

 慈悲も容赦も無い感情が湧き出すと共に、翳した手の中に消滅の力が発現する。

「ああ゛ァァァアツいッ! や、やめっ、ああ゛ッ痛いッ、痛いッ! も、もうしない、ゆるし、嗚呼゛アアアァァッッッ――」

 そうして動かなくなったその男から興味を無くしたアルルは部屋の隅で横たわっている女の元へと歩み寄り、様態を調べる。

「まだ生きて……るけどこれは治療に時間かかりそう。それまであっちの方が持つかどうか」

 アルルはその事は一旦忘れ、今は目の前の人物の治療に専念する事にした。
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