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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
すれ違う罪悪感×身を裂く衝動
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「ロシェ~いる~?」
アルルが一声上げるも、あたりは依然として静まり返るばかり。
「……いないか」
諦めて帰ろうとしたその時になり、ようやく感じ慣れた気配を察知した。
「あ、生きてた」
木陰の奥より出でるその姿。
しかしどこか様子がおかしい。
アルルに対し近寄るな、と警告を投げ掛けているかの様に低い声を唸らせる。
「ちょまってあたしだってあたし。てかあんたまた瘴気濃くなってない? ヤバ過ぎるんだけど、さすがに酔いそう」
常人ならば触れただけで気絶するような瘴気が辺りに充満する。
しかしたった今、辛うじて目の前の人間がアルルだという事を認識出来たらしい。
「ま、ここら辺には人間なんかまず来ないし大丈夫か」
人間の世では瘴気が強い魔物はそれだけで討伐対象として手配される。
仮に見つかってしまえば直ちに討伐依頼が出されてしまうだろう。
「それにしても、またそんなケガしちゃって……あたしを待ってたの?」
腹部の抉れたような傷から、血が静かに滴り落ちている。
アルルはその犯人に薄々気づいてる様子を見せ、半ば呆れながらも――
「言っとくけど、あたしの治療を無償で受けようだなんて、そんな甘い話は無いからね?」
そんな言葉を並べる内に、手早く治療を済ませる。
「はい、もう大丈夫。じゃ、今日は5時間お願いね」
ロシェは喜びを表すかのように一声鳴くと、尻尾を揺らしながらいつもの場所へと足を運ぶアルルの背後に付いて歩く。
しかしその途中、何かを思い詰めているかのようにアルルの表情に陰りが差す。
やがて、逃げる事を止め、何かを決意したかのようにその口が開かれる。
「ねぇ、ロシェ。あたし……昨日、ロシェと同じ種族の魔物をいっぱい殺した」
一週間ほど前、ヴァイス=ウルフェンヴァイトの群れがある村を襲ったという報告がヴリードル帝国を通じアルルの元に上がって来た。
結果は当然、一匹残らず全滅。
「毛の色は……ちょっと違ったけど」
後ろめたい気持ちを押さえつけるかのように放たれたその言葉は――
「……なんて、しょうもない言い訳しか思い浮かばない」
自己嫌悪を益々深めるばかり。
「ほんとうに自分勝手だよね、あたしって。自分の都合しか考えてないんだからさ」
地位向上の為、他者を貶め、時には殺戮にまで至る。
聖女とはそのようにして生まれたのだ。
「ロシェを殺さないのは、殺せないのは、自分勝手な愛着を、情を、あんたに抱いちゃったから」
打算的だが、感情にも揺らされてしまう。
アルルはそんな自分の半端で情けない姿に心底嫌気が差したのだ。
「あの中には、ロシェの家族がいたかも知れない」
ロシェは黙してアルルの言葉を待つ。
「もしかしたら、ロシェを探して村を襲ってたのかもしれない」
尚も待つ。
「そう、それを分かった上で、あたしは――」
言葉を詰まらせ俯くアルルの様子を見兼ねたロシェが小さく、短く、一声鳴く。
「許してもらおうだなんて思わない。もし、あたしが逆の立場だったら、謝られても許さないから。あたしを、殺すから」
差し出されるように無防備に晒されたアルルの首筋。
ロシェがその元に近寄るも、アルルの目には遠い目が浮かぶばかり。
「あたしの血って、不老不死になれるんだって」
ヒトの世で流れた、眉唾の噂。
ロシェがその元で伏せるも、アルルはその姿から目を逸らすばかり。
「ほんとはとっくに気付いてたんだ。あんたが、ずっと無理して我慢してたの」
目の前にはアルルの首筋。
ロシェが口を開く、罪を断ずる音がアルルの耳元で響く。
「もう、その衝動に、あたしに縛られずに、生きたいように生きて」
――
――ロシェの舌を、柔らかな塩味が包み込む。
「……なに、こんなあたしでも受け入れてくれるって?」
ロシェはいつもより掠れた声で当たり前だと一声鳴く。
とうの昔に家族は捨てた、捨てられた。
アルルの元こそ、ロシェの帰るべき場所なのだ。
「そ、っか。それがロシェの選んだ生き方なら……あたしも、魔物のあんたを受け入れるから。もう少しだけ、あたしと一緒にいてくれる?」
あまりにも凶悪で、あまりにも悲しい、そんな運命を背負った一匹の魔物と。
独善のまま生きる、一人の聖女。
――
主を見送った後、触れた幸福に反作用するように地獄にも似た殺戮衝動が白き獣の身体中を駆け巡る。
次、主がこの場を訪れるのは何時だろうか。
魔物は、その時だけを希望に苦しみの怨嗟を噛み締める――
――――
――
アルルが一声上げるも、あたりは依然として静まり返るばかり。
「……いないか」
諦めて帰ろうとしたその時になり、ようやく感じ慣れた気配を察知した。
「あ、生きてた」
木陰の奥より出でるその姿。
しかしどこか様子がおかしい。
アルルに対し近寄るな、と警告を投げ掛けているかの様に低い声を唸らせる。
「ちょまってあたしだってあたし。てかあんたまた瘴気濃くなってない? ヤバ過ぎるんだけど、さすがに酔いそう」
常人ならば触れただけで気絶するような瘴気が辺りに充満する。
しかしたった今、辛うじて目の前の人間がアルルだという事を認識出来たらしい。
「ま、ここら辺には人間なんかまず来ないし大丈夫か」
人間の世では瘴気が強い魔物はそれだけで討伐対象として手配される。
仮に見つかってしまえば直ちに討伐依頼が出されてしまうだろう。
「それにしても、またそんなケガしちゃって……あたしを待ってたの?」
腹部の抉れたような傷から、血が静かに滴り落ちている。
アルルはその犯人に薄々気づいてる様子を見せ、半ば呆れながらも――
「言っとくけど、あたしの治療を無償で受けようだなんて、そんな甘い話は無いからね?」
そんな言葉を並べる内に、手早く治療を済ませる。
「はい、もう大丈夫。じゃ、今日は5時間お願いね」
ロシェは喜びを表すかのように一声鳴くと、尻尾を揺らしながらいつもの場所へと足を運ぶアルルの背後に付いて歩く。
しかしその途中、何かを思い詰めているかのようにアルルの表情に陰りが差す。
やがて、逃げる事を止め、何かを決意したかのようにその口が開かれる。
「ねぇ、ロシェ。あたし……昨日、ロシェと同じ種族の魔物をいっぱい殺した」
一週間ほど前、ヴァイス=ウルフェンヴァイトの群れがある村を襲ったという報告がヴリードル帝国を通じアルルの元に上がって来た。
結果は当然、一匹残らず全滅。
「毛の色は……ちょっと違ったけど」
後ろめたい気持ちを押さえつけるかのように放たれたその言葉は――
「……なんて、しょうもない言い訳しか思い浮かばない」
自己嫌悪を益々深めるばかり。
「ほんとうに自分勝手だよね、あたしって。自分の都合しか考えてないんだからさ」
地位向上の為、他者を貶め、時には殺戮にまで至る。
聖女とはそのようにして生まれたのだ。
「ロシェを殺さないのは、殺せないのは、自分勝手な愛着を、情を、あんたに抱いちゃったから」
打算的だが、感情にも揺らされてしまう。
アルルはそんな自分の半端で情けない姿に心底嫌気が差したのだ。
「あの中には、ロシェの家族がいたかも知れない」
ロシェは黙してアルルの言葉を待つ。
「もしかしたら、ロシェを探して村を襲ってたのかもしれない」
尚も待つ。
「そう、それを分かった上で、あたしは――」
言葉を詰まらせ俯くアルルの様子を見兼ねたロシェが小さく、短く、一声鳴く。
「許してもらおうだなんて思わない。もし、あたしが逆の立場だったら、謝られても許さないから。あたしを、殺すから」
差し出されるように無防備に晒されたアルルの首筋。
ロシェがその元に近寄るも、アルルの目には遠い目が浮かぶばかり。
「あたしの血って、不老不死になれるんだって」
ヒトの世で流れた、眉唾の噂。
ロシェがその元で伏せるも、アルルはその姿から目を逸らすばかり。
「ほんとはとっくに気付いてたんだ。あんたが、ずっと無理して我慢してたの」
目の前にはアルルの首筋。
ロシェが口を開く、罪を断ずる音がアルルの耳元で響く。
「もう、その衝動に、あたしに縛られずに、生きたいように生きて」
――
――ロシェの舌を、柔らかな塩味が包み込む。
「……なに、こんなあたしでも受け入れてくれるって?」
ロシェはいつもより掠れた声で当たり前だと一声鳴く。
とうの昔に家族は捨てた、捨てられた。
アルルの元こそ、ロシェの帰るべき場所なのだ。
「そ、っか。それがロシェの選んだ生き方なら……あたしも、魔物のあんたを受け入れるから。もう少しだけ、あたしと一緒にいてくれる?」
あまりにも凶悪で、あまりにも悲しい、そんな運命を背負った一匹の魔物と。
独善のまま生きる、一人の聖女。
――
主を見送った後、触れた幸福に反作用するように地獄にも似た殺戮衝動が白き獣の身体中を駆け巡る。
次、主がこの場を訪れるのは何時だろうか。
魔物は、その時だけを希望に苦しみの怨嗟を噛み締める――
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