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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

仕舞い込んだ鬱憤×晴らせば武勇

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 間もなく山頂が迫りくる。

「なんか緊張してきたね、ジゼはどう? って、すごい顔してる……」

 無くしたと思っていた大切なものが見つかろうとしている。
 しかし、もしもその希望が幻想に終わってしまったら。

 ジゼの中でそんな二つの思いが交差する。
 そしてついに己の身の内をアルルに打ち明かす事を決意したようだ。

「ここは我が生まれ、育った場所。当然、家族もいた」

 ジゼの中で未だ残り続ける、暖かくもあり冷たくもある大切な記憶。

「……そうだったんだ。なんとなく様子がおかしいとは思ってたけど」

 自分の背に乗るフィーレを気に掛けながら、アルルは歩を進める。

「お前の故郷は人間の手により壊され、住人も、そして家族までもが全員殺された。そう、唐突に告げられた」

 ジゼは悲痛な面持ちを浮かべながら、自分の運命を狂わせた忌まわしきその日を思い出す。

「諜報に来た魔物にそういう体にしてって頼んだんだっけ」

 紛れ込んでいる人間の諜報員の耳に誤った情報を掴ませるには、味方を欺くのが適切だったのだ。

「我は悲しみに暮れた。この世の全てに価値を見出すことが出来なくなった」

「大切な存在が奪われたときって、どうしてこう、この世の全てが憎くなったような気持ちになるんだろうね」

 つい最近その痛みを知ってしまったアルル。
 ジゼの悲しみや苦しみが鮮明に伝わってくる。

「そこから全てが狂い始めた。"破砕のジゼ"はその刹那、生まれた」

 そして、ジゼの魔物としての本能を縛り付けていた理性の鎖が解き放たれた瞬間でもある。

「あたしなんて狂い過ぎて魔物と手を組んでる始末だけど」

「数え切れぬ程の人間を斬った。斬って斬って、天にも届く屍の山を積み上げた。……しかし、武器を持たぬ者までは斬れなかった。我は己の甘さに嫌気が差した」

「分かる……それ……あたしも散々悩んだ」

 半端な慈悲は偽善にもなり得る。
 アルルは様々な葛藤を経ながらも、最後にはこの街を救う選択を取ったのだ。

「そして破砕のジゼとして名を轟かせた我に、差し向けられた一人の人間がいた」

「それって……」

「ギルニクス、イリーガル。武器を持つ人間の中で我が唯一斬り伏すに至れなかった御仁だ」

(ギルに勝てる剣士、か)

「恨みつらみ、思いの丈全てを刀身に乗せ、かの御仁と斬り組んだ」

「ギルとジゼの戦いは今でもはっきり覚えてる、一生忘れない、忘れられない」

 アルルですらその剣筋を追うので精一杯だったのだ。
 たった十数秒間、されど十数秒間。
 人智を超えた熾烈な戦いであったのは言うまでもない。

「剣を通じて我の悲痛が響いたのだろうか。気付けばギル殿は涙していた」

 "破砕のジゼ"は、ヒトの世では修羅にも等しい存在。
 確実に討ち滅ぼさねばならぬ絶対悪。
 ギルニクスはそれを理解していて尚、魔物に対し、ジゼに対し情を移してしまった。
 しかしながら情を移しても尚、決して迷わぬ強さをギルニクスは持っていたのだ。

「流石のあたしも、それに対してちょっかいは掛けられなかったっけ」

「強き者が流す涙は恥。そんな教えは戯言だと、その時確信を得た」

(ひょっとすると、ギルはバーバリフェルとジゼの関係に気付いてたのかも)

「この剣にならば、たとえ斬り伏せられようとも悔いは無い、恥も無い。そう思った」

 そう、敗北が必ずしも名誉の喪失になるとは限らない。

(ずいぶんと潔い事考えてたんだ)

「やがて必然であったかの様にその時は訪れ、我の身は焼き焦がされた」

「なんか……ごめん?」

 ジゼの口からどのような恨み節が飛び出すのかと身構えていたアルルだったが――

「地獄の業火か。否、それは救いの光であった」

 答えは意外なものだった。

「救いの光? 消滅の光でしょ」

「それもまた是。悲しみに覆いつくされた我の心は優しくほどかれ、やがて安らかな虚無が訪れた」

 ここで終わる筈だったジゼの物語は今も尚、続く。

「誰にだって勘違いの一つや二つぐらいありますよ。私もよく勘違いでお姉さまに迷惑を掛けてしまうので親近感を覚えました」

 事の顛末を全て吐き出したジゼに対し、フィーレがすかさずフォローを入れる。

「そうは言うが、我は情けなくて穴にでも入りたい気分だ」

 ガックリと項垂れるジゼ。

「誰が悪いって訳でも無いんだろうね。こういう問題ってさ。だからこそやり切れない気持ちでいっぱいになっちゃうんだけど」

 アルルは冗談っぽく微笑みながら、過去を悔やむジゼを諭す。

「二人のおかげで少し気が楽になった。礼を言わせてもらう」

 どこか哀愁の漂うその背中。

「はいはい、湿っぽいのはもう無し! もうすぐ頂上なんだから」

 それを見兼ねたアルルが山の頂きを勢い良く指し示す。

「いよいよ真実と向き合う時が来るのだな」

 尻込みをするジゼを追い抜き、アルルは一足先に山頂へと駆けていく。
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