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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

魔族の英雄×孤独の寂寥

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「背中は任せる」

 ジゼは自分の体格に匹敵する程の刀身を三人の勇者へと向け、宣戦を布告する。

「キミは確か……破砕のジゼ。何故ここに、そして何故、生きているんだい?」

 死した筈の魔物の乱入にエンキドが狼狽える。

「貴様らに語る武勇など無い」

 主の命を背中に預かり、三人の勇者に問答無用で斬りかかるジゼ。
 最初の標的となったガランデがまるで超重量の鋼鉄の塊にでも押し潰されたかのような勢いで仰け反る。 

「チィッ! ――ゾーラ、エンキド!」

 槌の勇者が声を上げるも。

「ダメよ! 正面からじゃ私の矢は届かないわ!」

 豪雨の様に降り注ぐ矢を叩き伏せ。

「すまない! 即席の下級魔術程度では掻き消されてしまうらしい!」

 嵐の様に乱れ舞う火玉を打ち消し。

「どうした、勇者の力とやらはこの程度か?」

 彼らは勇者とは言えど、一騎当千に至るまでの戦闘力は無い。
 アルルですら魔物の世ではギルニクス無しには前線を維持出来ないのだ。

 ギルニクスの乱撃はこの勇者三人のそれよりも凄まじい。
 視界に入るもの全てを破砕してきたジゼが唯一それに至るに叶わなかった存在。
 しかして、たった数秒の間であろうともギルニクスと互角に斬り組んだ事にもまた違いは無いのだ。

 魔王が待ち構える扉の一歩前で戦闘不能となった彼らが敵う筈も無い。

「隙ありだぜええぇぇッッッ!」

 ガランデの目には隙の様に映ったそれは、巧妙な誘いの一手であった。

「愚かな――」

 ジゼが身を翻し。
 勢いそのままガランデが持つ槌の柄を弾き飛ばし追撃の一太刀。

「ああ……しくじっちまたぜ、オイ……」

 その背中から鮮血が散り。
 槌の勇者、ガランデが地に伏した。

「愚かなのはキミだよ――喰らうがいいッ」

 極大魔術の詠唱を終えたエンキドが放出の構えに入る。
 ガランデを犠牲にして得た絶好の機会。

 回避は間に合わぬと悟ったジゼが防御態勢に入る。
 しかし炎の勇者、エンキドの最高火力を耐えきれる保証はどこにもない。

 ――しかし、最高火力を構えていたのはエンキドだけでは無かった。

 あまりにも大きな二対のエネルギーの発現により、地面が激しく揺れる。

「ジゼっ! 死にたくなかったら少しだけ屈んで!」

 半分反射的に防御を解き身を屈めるジゼ。

「なッ――!?」

 相反する巨大な二つのエネルギーを目の当たりにしたジゼが驚愕の様相を浮かべる。

「あたしを信じて! こっちも最大出力ッ!」

 フヨイガミが眩いばかりの閃光を纏い、その刀身が暴発する寸前――

 二対の強大な力がぶつかり合い、相殺し、間もなく消滅した。

「クソッ、仕留め損なったか! ゾーラ、一旦引くぞ!」

「チッ、覚えてなさい! 次こそは射貫いて差し上げるわ!」

 魔力を使い切ったエンキドがこれ以上の継戦は愚策と判断し、ゾーラと共に撤退。

 同じく、追うのは愚策と判断したジゼがアルルの元に駆ける。

「無事か、アルル殿」

「あたしは大丈夫、それよりもフィーレが……」

 状況を把握し、遠方の物陰に隠れていたロシェがフィーレを背に乗せ、アルルの元へと駆け戻る。

「ありがとう、ロシェ。……これ以上は危ない、ここで治すしか」

 フィーレの様態は益々悪化していた。

 額からは汗が滴り、苦しみに悶えるその様がアルルの心を締め付ける。

「安心しろ、追っ手が来ようが流れ弾の一つもよこす気は無い」

 ジゼはアルルの背を守るように通路で仁王立つ。

「……あたしね、一瞬ジゼの後ろ姿がギルに重なっちゃってさ」

 フィーレの傷を塞ぎながら胸の内を語るアルル。

「ほう、ギル殿にか。剣士冥利に尽きるというものだな」

 アルルに背を向けたまま、ジゼは答える。

「助けに来てくれて、嬉しかった。ありがとう。ごめんね、勝手に無理しちゃって」

 そうして俯きがちに語る間にも、フィーレの傷は見る見る内に癒えていく。

「反省しているのならば何も言うことは無い。だが、このような無茶は程々にして欲しいものだな」

 アルルの腕の中に納まっていたフィーレが微かに動く。

「うぅ、ここは……アルル姉さま?」

 首を持ち上げたフィーレの視界に、アルルの安堵したような、また不安げな表情が映る。

「よかった、気が付いて。調子はどう?」

 そのまま身体を反転させ、うつぶせになったフィーレがアルルの温もりを堪能する。

「お姉さまのふともも、やわらかくてあたたかくて気持ちいいです」

「……もう、すっかりいつもの調子なんだから。心配して損した」

 安堵を取り繕いながら、擦り付くフィーレの頭を優しく撫でる。

「心配して下さったのですか?」

 からかう様に笑みを浮かべるフィーレ。
 しかしアルルの袖を握るその手はやはり震えている。

「うーん、よく考えたらあんまり心配してなかったかも」

 それに気付かない振りをしながら、からかいを入れる。

「うっ、なんだか急に死にそうになってきました」

 手を放り出し、完全に脱力しきるフィーレ。

「はいはい、ゆっくりおやすみ」

 その背中をぽんぽんと優しく叩き、軽口を叩くアルル。

「ひどいっ!?」

「アルル殿とフィーレ殿はずいぶんと仲がいいのだな」

 渦中の外にいたジゼが声を上げると、フィーレがひっくり返るような勢いで驚愕した。

「お、おおお姉さま!? そこに魔物がいるんですけど!? お知り合いですか!?」

「あー、まあ、そんな感じ? 大丈夫、害は無いから、多分」

 ジゼを横目に入れ、双方の反応を楽しむアルル。

「我を危険物扱いしないで貰いたいのだが」

 溜息を漏らしながら、やれやれと肩を揺らすジゼ。

「……察するに、お姉さまを助けて下さったのは貴方なのですよね? お礼を申し上げます」

 未だ警戒を続けるフィーレであったが、ある程度は心を許した様子で頭を下げる。

「礼には及ばぬ」

 その律儀な様子に、ジゼも悪い気は起きなかったようで。
 ふう、と一息吐き、警護を続ける。

「さっきの話に戻るけど、あたしにとっては妹みたいな感じだしね。フィーレがどう思ってるかは知らないけど」

(あたしの事をお姉さまとか呼んでくるぐらいだし、似たような感じだとは思うけど)

「私はお姉さまとそれ以上の関係を望んでいるのですが」

 いつもの病気が出たらしい、とアルルが肩を竦める。

「またそんな寝惚けたこと言って、あたしの背中で二度寝でもする?」

「……ありがとうございます、お姉さま」

 フィーレの寝言を軽く流したアルルがジゼに問う。

「ところで、こいつ――ガランデはどうする? 一応生かしといてくれたんだ」

 敵対したとは言え、かつての仲間を葬るのは流石のアルルでも気が引けるようだ。

「このまま捕らえてしまおう。話を聞きだせれば御の字だ」

 ジゼはガランデの首根っこを掴み、一息で肩に担ぐ。

「そっか。じゃあそっちは任せるね」

 フィーレを背に乗せたアルルがゆっくりと立ち上がる。

「向こうの物陰に馬車を控えさせてある、アルル殿も休むといい」

「ほんと? よかった、あたしももう割と限界来てたんだ」

 アルルの表情からは疲労が見え隠れしている。

「そんなに辛いのであれば、我が抱えて運んでいってもいいが」

 それを見兼ねたジゼが足を止め、手を差し出す。

「それは遠慮しとく……」

「お姉さま」

 アルルの背中に手を回し、弱々しく囁くフィーレ。

「どうしたの? ひょっとしてまだどこか痛む?」

「……もう、私を……一人にしないでください」

 アルルは徐ろに伸びてきたその手を優しく握り、肯定の意を示した。
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