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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
執事の絵空事×奇なるうつつ
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「アルル様! 侵入者を捕らえました! 如何致しましょう?」
鳥型の魔物の初仕事。
捕らえられている人影に見覚えのあるアルルがベランダから慌てて身を乗り出す。
「ちょっ、バグロス!? 待って待って、早く離してあげて!」
アルルが声を上げるも、当のバグロスは上の空。
急ぎ足で玄関へと向かう。
「お嬢様の名を騙る魔物に後れを取るなど、このバグロス、一生の不覚。かくなる上は――」
それは死を覚悟した者の目であった。
「ホントに来てくれたんだ! 怪我はない?」
アルルはバグロスの眼前に立ち、目立つ外傷が無いかを調べる。
どうやら大きな怪我は無かったようで、それを確認したアルルがホッと胸をなでおろす。
「嗚呼、お嬢様の幻が見える、そしてお声も。私もついに老い耄れたか……」
見当違いの方角へ遠い目を向けるバグロスを現実に引き戻そうと、アルルはバグロスの身体を懸命に揺さぶる。
「ちょっと本当に大丈夫!? 医療室は今空いてる筈だからすぐに案内出来ると思う、安心して」
「最早これまでか……無念」
完全に自分の世界に入り込んでしまったバグロス。
懸命なアルルの呼びかけすら届く事は無く、そのまま気絶。
「バグロスっーーー!?」
この後、事情を聴かされた魔物の切腹を宥めるのに一苦労したアルルであった。
◇
アルルは魔物たちの手を借り、気を失い倒れ込んだバグロスを介抱しながら館の医務室へと運んだ。
「栄養不足と極度の過労による貧血でしょう。栄養剤を投与しておきました故、命に別状は無いかと」
アルルの浄化の力による即席の治癒魔術は外傷にしか効果が無い為、精神面や内面の負担からくる症状は治す事が出来ない。
内面まで干渉するには特殊な媒体と膨大な魔力、時間を要する。
その為専門医であるトルクに診てもらう事にしたという訳だ。
トルクは人間と魔物の戦争時も最前線に立ち戦士たちのケアリング、またカウンセリングを行って来たという実績を持つ。
「良かった……ありがとう、トルク」
安堵を取り戻したアルルが今度こそ胸をなでおろす。
「いえいえ、お安い御用ですよ。お役に立てて光栄です」
「こ、ここは……死後の世界か? 願わくば天国――」
バグロスはおもむろに目を開けると、天井を見つめながらそんなうわ言を呟く。
その意識は未だ夢と現実の間で揺れている。
「バグロス! よかった、目が覚めたんだね」
こんどこそ本当に正気を取り戻したらしいバグロスの方にアルルは向き直す。
「嗚呼、お嬢様、御労しや……私が不甲斐ないばかりに」
アルルの姿を見つけると、哀れむような目を浮かべるバグロス。
どうやら未だに正気では無かったようだ。
「ちょっと!? 勝手に死なないで!? 殺さないで!?」
この執事、優秀なのは間違いないのだが、アルルの事となると極度に視界が狭くなってしまうという欠点を持っている。
それは一年前、聖女が討たれたと誤った情報が流れた時も、後を追うと本人が現れてからもしばらくの間、聞く耳を持たなかった程に重症である。
結局今回も話を噛み合わせるまで苦労しながらようやくバグロスを現に戻す羽目となったアルルであった。
「つまり、お嬢様がこの魔物達、そしてこの館の主であると?」
今度こそ本当に正気を取り戻したバグロスがアルルから打ち明けられた信じがたい現状について確認を取る。
「だから何回もそう言ってるでしょ!? はぁ、やっと分かってくれた……」
どっと疲れた様子のアルルが溜息を漏らしながらガクりと肩を落とす。
「……この奇跡が本物だとするならば、私めは此の場所に、此処に住む方々に受け入れられるのでしょうか」
ジゼ曰く――
一人で来たのは間違いないだろう、追跡魔術の形跡も見当たらない、何よりアルル殿の大切なお方なのだろう?
「とか言ってたし大丈夫じゃないかな? 何はともあれもっと気楽にいこうよ。あの城よりも快適だからさ、ここ」
アルルは数日の間に完全にこの状況に適応してしまったようだ。
「私めは、まだ貴女様の執事を名乗っても宜しいのでしょうか」
バグロスは己の不手際を憂い、暗い面持ちを浮かべ顔を俯かせる。
「今更何言ってんの、当ったり前でしょ。寝惚けるのもほどほどに今日はしっかり休んで。昼ご飯の用意も出来てるからさ」
さ、行こ。とアルルは立ち上がり、バグロスを館の食堂へと促すべく扉を指し示す。
「……有難う御座います、お嬢様。このバグロス、そのお言葉に甘えさせて頂きます。この数日間、この老骨には少々荷が重すぎたようです」
深い忠義と感謝を表すかのような表情が浮かぶ。
「バグロスが無事ならそれで十分なんだから。仮にお客さん引き連れてようが追い返すつもりなんてなかったし」
ひっそりと涙したバグロスの背中をトルクが優しくさすっていたのは、先に昼食の準備に向かったアルルには知る由もない。
鳥型の魔物の初仕事。
捕らえられている人影に見覚えのあるアルルがベランダから慌てて身を乗り出す。
「ちょっ、バグロス!? 待って待って、早く離してあげて!」
アルルが声を上げるも、当のバグロスは上の空。
急ぎ足で玄関へと向かう。
「お嬢様の名を騙る魔物に後れを取るなど、このバグロス、一生の不覚。かくなる上は――」
それは死を覚悟した者の目であった。
「ホントに来てくれたんだ! 怪我はない?」
アルルはバグロスの眼前に立ち、目立つ外傷が無いかを調べる。
どうやら大きな怪我は無かったようで、それを確認したアルルがホッと胸をなでおろす。
「嗚呼、お嬢様の幻が見える、そしてお声も。私もついに老い耄れたか……」
見当違いの方角へ遠い目を向けるバグロスを現実に引き戻そうと、アルルはバグロスの身体を懸命に揺さぶる。
「ちょっと本当に大丈夫!? 医療室は今空いてる筈だからすぐに案内出来ると思う、安心して」
「最早これまでか……無念」
完全に自分の世界に入り込んでしまったバグロス。
懸命なアルルの呼びかけすら届く事は無く、そのまま気絶。
「バグロスっーーー!?」
この後、事情を聴かされた魔物の切腹を宥めるのに一苦労したアルルであった。
◇
アルルは魔物たちの手を借り、気を失い倒れ込んだバグロスを介抱しながら館の医務室へと運んだ。
「栄養不足と極度の過労による貧血でしょう。栄養剤を投与しておきました故、命に別状は無いかと」
アルルの浄化の力による即席の治癒魔術は外傷にしか効果が無い為、精神面や内面の負担からくる症状は治す事が出来ない。
内面まで干渉するには特殊な媒体と膨大な魔力、時間を要する。
その為専門医であるトルクに診てもらう事にしたという訳だ。
トルクは人間と魔物の戦争時も最前線に立ち戦士たちのケアリング、またカウンセリングを行って来たという実績を持つ。
「良かった……ありがとう、トルク」
安堵を取り戻したアルルが今度こそ胸をなでおろす。
「いえいえ、お安い御用ですよ。お役に立てて光栄です」
「こ、ここは……死後の世界か? 願わくば天国――」
バグロスはおもむろに目を開けると、天井を見つめながらそんなうわ言を呟く。
その意識は未だ夢と現実の間で揺れている。
「バグロス! よかった、目が覚めたんだね」
こんどこそ本当に正気を取り戻したらしいバグロスの方にアルルは向き直す。
「嗚呼、お嬢様、御労しや……私が不甲斐ないばかりに」
アルルの姿を見つけると、哀れむような目を浮かべるバグロス。
どうやら未だに正気では無かったようだ。
「ちょっと!? 勝手に死なないで!? 殺さないで!?」
この執事、優秀なのは間違いないのだが、アルルの事となると極度に視界が狭くなってしまうという欠点を持っている。
それは一年前、聖女が討たれたと誤った情報が流れた時も、後を追うと本人が現れてからもしばらくの間、聞く耳を持たなかった程に重症である。
結局今回も話を噛み合わせるまで苦労しながらようやくバグロスを現に戻す羽目となったアルルであった。
「つまり、お嬢様がこの魔物達、そしてこの館の主であると?」
今度こそ本当に正気を取り戻したバグロスがアルルから打ち明けられた信じがたい現状について確認を取る。
「だから何回もそう言ってるでしょ!? はぁ、やっと分かってくれた……」
どっと疲れた様子のアルルが溜息を漏らしながらガクりと肩を落とす。
「……この奇跡が本物だとするならば、私めは此の場所に、此処に住む方々に受け入れられるのでしょうか」
ジゼ曰く――
一人で来たのは間違いないだろう、追跡魔術の形跡も見当たらない、何よりアルル殿の大切なお方なのだろう?
「とか言ってたし大丈夫じゃないかな? 何はともあれもっと気楽にいこうよ。あの城よりも快適だからさ、ここ」
アルルは数日の間に完全にこの状況に適応してしまったようだ。
「私めは、まだ貴女様の執事を名乗っても宜しいのでしょうか」
バグロスは己の不手際を憂い、暗い面持ちを浮かべ顔を俯かせる。
「今更何言ってんの、当ったり前でしょ。寝惚けるのもほどほどに今日はしっかり休んで。昼ご飯の用意も出来てるからさ」
さ、行こ。とアルルは立ち上がり、バグロスを館の食堂へと促すべく扉を指し示す。
「……有難う御座います、お嬢様。このバグロス、そのお言葉に甘えさせて頂きます。この数日間、この老骨には少々荷が重すぎたようです」
深い忠義と感謝を表すかのような表情が浮かぶ。
「バグロスが無事ならそれで十分なんだから。仮にお客さん引き連れてようが追い返すつもりなんてなかったし」
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