5 / 67
一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
浄化×消滅
しおりを挟む
「貴女、わたくしがいくら裏で仕立てようともボロを出さないんですもの。此度のヒトらしい失態、わたくし心底安心致しました。貴女は聖女などという大層な存在では無かったのです」
これからはキーラがアルルの代わりとなり民を照らす偶像となる。
しかし、煌く陽の光を目の当たりにしてしまった民衆が果たして淡い光で満たされるのかと問われれば、首を横に振る他無い。
「さようなら、アルル様。もう一度会える日を心の底よりお待ちしております」
可憐な少女が醜悪な笑みを浮かべながらこの場を後にしていく。
そうして間もなく空間が孤立し、じめついた空気が行き場を無くす。
「やぁっとジャマが失せたぜェ……なァ? オマエもそう思うだろう?」
一つの空間に少女と獣、その顛末は言うまでも無く。
この閉ざされた世界で如何なる狼藉を働こうとも、それを罰する者など存在しない。
故に、この場では当たり前の様に行われている"催し"である。
「今日はツイてるぜェ。誰もが憧れた聖女サマのカラダを隅々まで堪能出来るんだからよォ」
眼前に迫る汚物に対し鋭利な視線を刺す。
状況を忘れ飛び出した罵声は喉に辿り着く前にかき消された。
「イイねェその目。あぁ、益々滾って来ちまった……責任、取ってくれよ、なァ?」
色欲に塗れた獣の目。
身体の奥底からこの上ない程の嫌悪感が湧き立つ。
ギルニクスは一度足りともアルルに対し、このような目を向けたことは無い。
(あたしを――好いていたにも関わらず)
「この場所では俺こそがルール! 誰も抗えはしねェのさ」
このおぞましく汚らわしい獣に好き放題。
果たして、そんな運命をアルルという少女が黙って受け入れるだろうか?
――否。
(はあ、もう、聖女だなんてバカらしいや)
(悲劇のヒロインの真似事なんて、あたしには似合わない)
(ギルだってそんな事望んでないの、分かってたはずなのに)
澄んだ藍色の瞳が光を取り戻す。
「可愛い喘ぎが聴けないのは残念だがァ……その分たっぷりと愉しませて貰うからよォ?」
アルルには誰にも知られていない秘密がある。
浄化魔術は魔物にのみ効力を持つ。
故に、人類への驚異とはなり得ない。
――この国の貴族、そしてギルニクスすらも例外無くそう信じ込んでいる。
そしてもう一つ。
口頭での詠唱無しに魔術は発現不可能。
(あははっ、そんなワケ、ないじゃん)
善も、悪も、須らく救いの手を差し伸べる。
そんな誰もが憧れる理想の聖女は今日を以て息絶えた。
代わりに堕ちたのは禁忌に手を染める、一人の魔女。
消滅の魔女、アルルメイヤ=サリエル。
「おっとォ、大人しくしてた方が身の為だぜェ。まァどの道、汚れちまうのには変わりはねェがなァ!」
――邪魔。
「――あ? てめェ、なに、しや、がッ!? カラ、ダが、カユ――あッ、チィ! アチィアツイアツイアツイテェイテェイテェエエアガアアアアァァァッッッッ――」
浄化魔術は対象の邪な性質が強い程、そしてアルル自身の黒い感情が強い程、高い殺傷力を示す。
今回の標的に関しては塵一つ残さず浄化されるに違いない。
「ぁ……タス、くれ……ユル……し」
(もう、浄化なんて綺麗な力じゃ無くなっちゃった。これじゃ、まるで――)
そう。それは正に"消滅"と称するに相応しい力。
残る障壁は手足を縛る枷のみ。
幸いと言うべきだろうか。
両手は前で拘束されていた為、常日頃から口内に仕込んである針金で解除を試みる。
アルルは今程の力を持っていなかった頃にこれまで二回ほど拘束された経験があるが、後ろ手に拘束された時は親指の関節を外す羽目となり、その脳裏には地獄の痛みが焼き付いている。
そうしてすんなりと脱獄に成功したアルル。
静寂が降りた牢を後にしながら、これからの予定を練る。
最早この切り替えの速さは狂気の域に達する程だが、聖女家業と皇太子妃の真似事を同時にこなすには生半可な精神力ではやっていけなかったというのもまた事実であり確かである。
しかしやはり、ギルニクスとの決別はアルルの人生の中でも一二を争う程に辛い経験であったのは言うまでも無い。
(でも、いつまでも落ち込んでなんかいられない)
待っている筈の味方に別れの挨拶をするついでに服装を整えるべく、歩を進め。
肌を覆いつくせるだけの布を見繕い、見慣れた廊下へと忍び出る。
アルルにとって隠密はお手の物。例え詠唱中であろうとも高位の魔物にですら気付かれはしない。
「しっかしあの聖女様も災難だよなぁ。何でも、国としてのケジメを付けるため魔王討伐失敗の責を一身に背負われたとかって話だぜ」
「おいバカ、こんなとこでそんな話すんじゃねえ。聞かれたらどうするつもりだ」
「あっやべッ……誰もいなくて助かった」
「ったく、俺まで巻き添え喰らったらどうするつもりだよ」
「わりぃわりぃ、気ぃ付けるよ」
(ま、そんなところだろうとは思ってたけど。やっぱり裏切られたんだな、あたし。……いや、もとから味方なんて国側には一人も居なかったか)
しかし、味方で居続けてくれている人も少なからずはいる筈、疑心暗鬼になりすぎても自分が壊れてしまうだけだと、アルルは気を強く持ち直す。
(万が一裏切られたら、その時は浄化……そう、消しちゃえばいい。……例え脅されてても無いとは思うけど)
これからはキーラがアルルの代わりとなり民を照らす偶像となる。
しかし、煌く陽の光を目の当たりにしてしまった民衆が果たして淡い光で満たされるのかと問われれば、首を横に振る他無い。
「さようなら、アルル様。もう一度会える日を心の底よりお待ちしております」
可憐な少女が醜悪な笑みを浮かべながらこの場を後にしていく。
そうして間もなく空間が孤立し、じめついた空気が行き場を無くす。
「やぁっとジャマが失せたぜェ……なァ? オマエもそう思うだろう?」
一つの空間に少女と獣、その顛末は言うまでも無く。
この閉ざされた世界で如何なる狼藉を働こうとも、それを罰する者など存在しない。
故に、この場では当たり前の様に行われている"催し"である。
「今日はツイてるぜェ。誰もが憧れた聖女サマのカラダを隅々まで堪能出来るんだからよォ」
眼前に迫る汚物に対し鋭利な視線を刺す。
状況を忘れ飛び出した罵声は喉に辿り着く前にかき消された。
「イイねェその目。あぁ、益々滾って来ちまった……責任、取ってくれよ、なァ?」
色欲に塗れた獣の目。
身体の奥底からこの上ない程の嫌悪感が湧き立つ。
ギルニクスは一度足りともアルルに対し、このような目を向けたことは無い。
(あたしを――好いていたにも関わらず)
「この場所では俺こそがルール! 誰も抗えはしねェのさ」
このおぞましく汚らわしい獣に好き放題。
果たして、そんな運命をアルルという少女が黙って受け入れるだろうか?
――否。
(はあ、もう、聖女だなんてバカらしいや)
(悲劇のヒロインの真似事なんて、あたしには似合わない)
(ギルだってそんな事望んでないの、分かってたはずなのに)
澄んだ藍色の瞳が光を取り戻す。
「可愛い喘ぎが聴けないのは残念だがァ……その分たっぷりと愉しませて貰うからよォ?」
アルルには誰にも知られていない秘密がある。
浄化魔術は魔物にのみ効力を持つ。
故に、人類への驚異とはなり得ない。
――この国の貴族、そしてギルニクスすらも例外無くそう信じ込んでいる。
そしてもう一つ。
口頭での詠唱無しに魔術は発現不可能。
(あははっ、そんなワケ、ないじゃん)
善も、悪も、須らく救いの手を差し伸べる。
そんな誰もが憧れる理想の聖女は今日を以て息絶えた。
代わりに堕ちたのは禁忌に手を染める、一人の魔女。
消滅の魔女、アルルメイヤ=サリエル。
「おっとォ、大人しくしてた方が身の為だぜェ。まァどの道、汚れちまうのには変わりはねェがなァ!」
――邪魔。
「――あ? てめェ、なに、しや、がッ!? カラ、ダが、カユ――あッ、チィ! アチィアツイアツイアツイテェイテェイテェエエアガアアアアァァァッッッッ――」
浄化魔術は対象の邪な性質が強い程、そしてアルル自身の黒い感情が強い程、高い殺傷力を示す。
今回の標的に関しては塵一つ残さず浄化されるに違いない。
「ぁ……タス、くれ……ユル……し」
(もう、浄化なんて綺麗な力じゃ無くなっちゃった。これじゃ、まるで――)
そう。それは正に"消滅"と称するに相応しい力。
残る障壁は手足を縛る枷のみ。
幸いと言うべきだろうか。
両手は前で拘束されていた為、常日頃から口内に仕込んである針金で解除を試みる。
アルルは今程の力を持っていなかった頃にこれまで二回ほど拘束された経験があるが、後ろ手に拘束された時は親指の関節を外す羽目となり、その脳裏には地獄の痛みが焼き付いている。
そうしてすんなりと脱獄に成功したアルル。
静寂が降りた牢を後にしながら、これからの予定を練る。
最早この切り替えの速さは狂気の域に達する程だが、聖女家業と皇太子妃の真似事を同時にこなすには生半可な精神力ではやっていけなかったというのもまた事実であり確かである。
しかしやはり、ギルニクスとの決別はアルルの人生の中でも一二を争う程に辛い経験であったのは言うまでも無い。
(でも、いつまでも落ち込んでなんかいられない)
待っている筈の味方に別れの挨拶をするついでに服装を整えるべく、歩を進め。
肌を覆いつくせるだけの布を見繕い、見慣れた廊下へと忍び出る。
アルルにとって隠密はお手の物。例え詠唱中であろうとも高位の魔物にですら気付かれはしない。
「しっかしあの聖女様も災難だよなぁ。何でも、国としてのケジメを付けるため魔王討伐失敗の責を一身に背負われたとかって話だぜ」
「おいバカ、こんなとこでそんな話すんじゃねえ。聞かれたらどうするつもりだ」
「あっやべッ……誰もいなくて助かった」
「ったく、俺まで巻き添え喰らったらどうするつもりだよ」
「わりぃわりぃ、気ぃ付けるよ」
(ま、そんなところだろうとは思ってたけど。やっぱり裏切られたんだな、あたし。……いや、もとから味方なんて国側には一人も居なかったか)
しかし、味方で居続けてくれている人も少なからずはいる筈、疑心暗鬼になりすぎても自分が壊れてしまうだけだと、アルルは気を強く持ち直す。
(万が一裏切られたら、その時は浄化……そう、消しちゃえばいい。……例え脅されてても無いとは思うけど)
0
お気に入りに追加
1,508
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
婚約破棄された第一王女~婚約者を奪ったくせに今頃、帰ってきてくれ? ごめんなさい、魔王に溺愛されてるので難しそうです~
柊彼方
ファンタジー
「申し訳ございませんエリス様。婚約を破棄させていただきたく」
エルメス王国の第一王女である私、エリスは公爵令息であるマルクと婚約していた。
マルクは賢明で武術においても秀でおり、更には容姿も抜群に整っていた。要約すると最高の婚約者であるということだ。
しかし、そんなエリスの将来設計を一瞬でぶち壊す者がいた。
「ねぇ~マルク~私と姉さんどっちが好き~?」
「…………もちろんミーナ様です」
私の妹、第二王女のミーナだ。
ミーナは私の婚約者を奪ったのである。
エリスは第一王女としての価値を失い、父から第一王女の地位を剥奪されてしまう。
全てを失ったエリスは王宮から追放された挙句に平民になってしまった。
そんなエリスは王宮から出て一人頭を抱えてしまう。
そこでエリスは一つのことを思いだした。幼い頃に母親から読み聞かせてもらっていた冒険者の物語だ。
エリスはそのため、冒険者になることを決心した。
そこで仲間を見つけ、愛情を知っていくエリスなのだが、
ダンジョンである事件が発生し、エリスはダンジョン内で死んでしまった……ということになった。
これは婚約破棄をされ、更には妹に取られてしまうという不幸な第一王女が、冒険業でをしていたところ、魔王に溺愛され、魔界の女王になってしまうような物語。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる