4 / 67
一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
終着×執着
しおりを挟む
本来アルルには極刑、つまるところは死罪が言い渡される予定だった。
民衆からの圧力に屈しアルルを次期皇太子妃候補に仕立て上げたはいいものの、辺境伯を筆頭とした貴族からの威圧にも屈し板挟みとなった結果、現状のような無責任で身勝手な結末が招かれたのだ。
たった一人の少女が強大な影響力を持っていたが為、貴族間の勢力図が大きく崩れたのが恨みを買った主な原因と言える。
特に各地を奔走し、魔物を浄化して回った際に与えた影響は大きい。
それぞれ東西南北に領地を持つ、四つの辺境伯の権力が著しく低下したのだ。
此処、ヴリードル帝国周辺には小さな国の一つすら存在しない為、同じ人間が攻め入って来た事など歴史上一度足りとも無い。
ヴリードル帝国は形骸化した勢力に関しては例え身内であろうとも積極的に排斥する方針を取っている。
その為、辺境伯勢力は魔物から国を守っているという大義名分を失うと、その権力の大半も同時に失ってしまうのだ。
アルルの元には度々暗殺者が仕向けられたが、主な依頼元はこの四方の勢力であったという。
しかし民衆から見れば、アルルの上げた功績は余りにも大きすぎた。尊羨が膨らみ過ぎてしまっていた。
アルルが民衆相手に築き上げた信頼は最早ヴリードルの城よりも高く聳えている。
国によって殺され、民によって生かされる。
その矛盾が混ざり合った結果が国外追放という判決。
しかし、そんな文句すらも建前に過ぎない。
世界の平定より、国の平定。
国外追放とは名ばかりの惨たらしい結末がアルルには待つ。
「退国処理が終わるまで牢に入れておけとの仰せだ。おとなしくしておけよ」
鉄の格子が立ち並ぶ灰一色の空間。
この災禍でアルルの持つ薄黄の髪が異彩を放つ。
「念の為、口封じの刻印を押しておけ。何を隠し持ってるか分からないからな」
兵士は懐から札の様な物を取り出し、見張り役の男に手渡す。
「これでいいんだよな? へいへいっと」
口封じの刻印。一切の発音を封じる呪い。
即ち、魔術の発動に口頭での詠唱を要する魔術師にとっては致命に等しい。
「では引き続き勤務に当たるように」
手足を拘束されたまま地面に打ち捨てられ、肋に衝撃が走り。
砂風味の苦渋が口に広がり。
冷たくじめついた感触が肌を伝う。
雑巾のように地面を這う他に与えられている自由は無い。
「はいはい、ちゃんと見張りますよっと」
終着と呼ばれるこの牢獄に伸びる影が一つ。
「あらあら、素敵な場所ね。大罪人には勿体無いほどでは無いかしら?」
この場に似合わぬ程に透き通った声が石の壁を反響する。
「これはアルル様、ご機嫌麗しゅう。まこと無様なお姿ですこと」
歪みに歪んだその口元は扇子の影に包まれている。
「哀れな聖女様。あら、もう聖女では無かったかしら? これはこれは失礼致しました」
聖女の化けの皮を剥いだ張本人としてその名を馳せたこの女、キーラ=エルネディは此処、ヴリードル王国の次期皇太子妃候補の一人である。
一部の貴族間では、"予備の聖女"とも名状されている。
本来皇太子妃候補に選抜されるべくは公爵、又は侯爵貴族の令嬢とされている。
平民の出であるアルルが成り上がり、その地位を手にするのは異例の事態であった。
その為、アルルの存在を忌まわしく思う者は非常に多い。
その上、剣聖及び剣の勇者であるギルニクス=イリーガルの意中の相手、などという噂も尾を引いた事が災いし、令嬢社会に限れば味方はおろか中立の存在すらも探す方が難しいという状態に置かれている。
その中でも、北に領地を持つエルネディ辺境伯の一人娘であるキーラは特にアルルを目の敵にしていた。
意中の相手であったメルキオを掠め取られ、皇太子妃の座を奪われた影響により、その嫉妬心は天をも貫く程。
度々悪役に仕立て上げられては人知れず目蓋を腫らしていたアルル。
しかし人前でその姿を晒すことは決して無かった。
そんな姿は民が思う聖女の姿に相応しくない、皇妃に座する者として相応しくない。そして、一人の女としての価値が下がる。
そう、信じていた。
それが面白くないキーラの嫌がらせは益々増長する一方。
この結末に辿り着いた要因の一つと言える。
そしてアルルを養女として引き取ったセントレア公爵家当主であり宰相でもある義父、その夫人である義母からは一切の愛情を向けられる事は無かった。
その令息、令嬢からもどこか距離を置かれ、会話をしたことなど片手で数えられる程しかない。
だが加虐を受けなかっただけ幸福だったのだとアルルは常々思っている。
――実際はただアルルの存在が恐ろしく手が出せなかっただけなのだが。
その本人の意固地と他人の妬みにより、アルルの日常生活は恵まれていたとは言い難い。
アルルが人より恵まれた天性の才を授かったのは事実ではある。
しかし他の人間が同じ状況下に置かれたとしても、その才を活かす前に破滅していたに違いない。
その裏には目まぐるしい程の努力の山が積み上がっているのだから。
"浄化の力"のみで成り上がれる程、この世は甘く無い。
アルルが未だ年相応の外面を保ち続けられているのは、生来の天真爛漫さ故の奇跡と言える。
民衆からの圧力に屈しアルルを次期皇太子妃候補に仕立て上げたはいいものの、辺境伯を筆頭とした貴族からの威圧にも屈し板挟みとなった結果、現状のような無責任で身勝手な結末が招かれたのだ。
たった一人の少女が強大な影響力を持っていたが為、貴族間の勢力図が大きく崩れたのが恨みを買った主な原因と言える。
特に各地を奔走し、魔物を浄化して回った際に与えた影響は大きい。
それぞれ東西南北に領地を持つ、四つの辺境伯の権力が著しく低下したのだ。
此処、ヴリードル帝国周辺には小さな国の一つすら存在しない為、同じ人間が攻め入って来た事など歴史上一度足りとも無い。
ヴリードル帝国は形骸化した勢力に関しては例え身内であろうとも積極的に排斥する方針を取っている。
その為、辺境伯勢力は魔物から国を守っているという大義名分を失うと、その権力の大半も同時に失ってしまうのだ。
アルルの元には度々暗殺者が仕向けられたが、主な依頼元はこの四方の勢力であったという。
しかし民衆から見れば、アルルの上げた功績は余りにも大きすぎた。尊羨が膨らみ過ぎてしまっていた。
アルルが民衆相手に築き上げた信頼は最早ヴリードルの城よりも高く聳えている。
国によって殺され、民によって生かされる。
その矛盾が混ざり合った結果が国外追放という判決。
しかし、そんな文句すらも建前に過ぎない。
世界の平定より、国の平定。
国外追放とは名ばかりの惨たらしい結末がアルルには待つ。
「退国処理が終わるまで牢に入れておけとの仰せだ。おとなしくしておけよ」
鉄の格子が立ち並ぶ灰一色の空間。
この災禍でアルルの持つ薄黄の髪が異彩を放つ。
「念の為、口封じの刻印を押しておけ。何を隠し持ってるか分からないからな」
兵士は懐から札の様な物を取り出し、見張り役の男に手渡す。
「これでいいんだよな? へいへいっと」
口封じの刻印。一切の発音を封じる呪い。
即ち、魔術の発動に口頭での詠唱を要する魔術師にとっては致命に等しい。
「では引き続き勤務に当たるように」
手足を拘束されたまま地面に打ち捨てられ、肋に衝撃が走り。
砂風味の苦渋が口に広がり。
冷たくじめついた感触が肌を伝う。
雑巾のように地面を這う他に与えられている自由は無い。
「はいはい、ちゃんと見張りますよっと」
終着と呼ばれるこの牢獄に伸びる影が一つ。
「あらあら、素敵な場所ね。大罪人には勿体無いほどでは無いかしら?」
この場に似合わぬ程に透き通った声が石の壁を反響する。
「これはアルル様、ご機嫌麗しゅう。まこと無様なお姿ですこと」
歪みに歪んだその口元は扇子の影に包まれている。
「哀れな聖女様。あら、もう聖女では無かったかしら? これはこれは失礼致しました」
聖女の化けの皮を剥いだ張本人としてその名を馳せたこの女、キーラ=エルネディは此処、ヴリードル王国の次期皇太子妃候補の一人である。
一部の貴族間では、"予備の聖女"とも名状されている。
本来皇太子妃候補に選抜されるべくは公爵、又は侯爵貴族の令嬢とされている。
平民の出であるアルルが成り上がり、その地位を手にするのは異例の事態であった。
その為、アルルの存在を忌まわしく思う者は非常に多い。
その上、剣聖及び剣の勇者であるギルニクス=イリーガルの意中の相手、などという噂も尾を引いた事が災いし、令嬢社会に限れば味方はおろか中立の存在すらも探す方が難しいという状態に置かれている。
その中でも、北に領地を持つエルネディ辺境伯の一人娘であるキーラは特にアルルを目の敵にしていた。
意中の相手であったメルキオを掠め取られ、皇太子妃の座を奪われた影響により、その嫉妬心は天をも貫く程。
度々悪役に仕立て上げられては人知れず目蓋を腫らしていたアルル。
しかし人前でその姿を晒すことは決して無かった。
そんな姿は民が思う聖女の姿に相応しくない、皇妃に座する者として相応しくない。そして、一人の女としての価値が下がる。
そう、信じていた。
それが面白くないキーラの嫌がらせは益々増長する一方。
この結末に辿り着いた要因の一つと言える。
そしてアルルを養女として引き取ったセントレア公爵家当主であり宰相でもある義父、その夫人である義母からは一切の愛情を向けられる事は無かった。
その令息、令嬢からもどこか距離を置かれ、会話をしたことなど片手で数えられる程しかない。
だが加虐を受けなかっただけ幸福だったのだとアルルは常々思っている。
――実際はただアルルの存在が恐ろしく手が出せなかっただけなのだが。
その本人の意固地と他人の妬みにより、アルルの日常生活は恵まれていたとは言い難い。
アルルが人より恵まれた天性の才を授かったのは事実ではある。
しかし他の人間が同じ状況下に置かれたとしても、その才を活かす前に破滅していたに違いない。
その裏には目まぐるしい程の努力の山が積み上がっているのだから。
"浄化の力"のみで成り上がれる程、この世は甘く無い。
アルルが未だ年相応の外面を保ち続けられているのは、生来の天真爛漫さ故の奇跡と言える。
0
お気に入りに追加
1,508
あなたにおすすめの小説
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
婚約破棄された第一王女~婚約者を奪ったくせに今頃、帰ってきてくれ? ごめんなさい、魔王に溺愛されてるので難しそうです~
柊彼方
ファンタジー
「申し訳ございませんエリス様。婚約を破棄させていただきたく」
エルメス王国の第一王女である私、エリスは公爵令息であるマルクと婚約していた。
マルクは賢明で武術においても秀でおり、更には容姿も抜群に整っていた。要約すると最高の婚約者であるということだ。
しかし、そんなエリスの将来設計を一瞬でぶち壊す者がいた。
「ねぇ~マルク~私と姉さんどっちが好き~?」
「…………もちろんミーナ様です」
私の妹、第二王女のミーナだ。
ミーナは私の婚約者を奪ったのである。
エリスは第一王女としての価値を失い、父から第一王女の地位を剥奪されてしまう。
全てを失ったエリスは王宮から追放された挙句に平民になってしまった。
そんなエリスは王宮から出て一人頭を抱えてしまう。
そこでエリスは一つのことを思いだした。幼い頃に母親から読み聞かせてもらっていた冒険者の物語だ。
エリスはそのため、冒険者になることを決心した。
そこで仲間を見つけ、愛情を知っていくエリスなのだが、
ダンジョンである事件が発生し、エリスはダンジョン内で死んでしまった……ということになった。
これは婚約破棄をされ、更には妹に取られてしまうという不幸な第一王女が、冒険業でをしていたところ、魔王に溺愛され、魔界の女王になってしまうような物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる