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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
潔白×罪業
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罪人の潔白を祈るかのように煌々と輝く白い壁。
罪人の業を断ずるかのように幽々と輝く黒い床。
規則正しく並ぶ大理石。
上に座するはこの国の重鎮。
一人ひとりが自分の派閥を象徴するかのような衣服を身に纏っている。
呆れ顔を浮かべる者、無表情を貫く者。
一番多いのは、歓喜に顔を歪める者。
それら全ての視線が、中央で呆然と立ち尽くす一人の少女に突き刺さる。
そして――
天に一番近しき位置に座する者が神に代わり、"正義"を執行する。
「被告人、アルルメイヤに国外追放を言い渡す。異論のある者は?」
面倒事だと一蹴する者、是も否も無い者、全面的に賛同する者。
いずれもこの決定に口を挟まず。
しかしただ一人、声を上げる者がいた。
「おい、異論しかないのだが?」
「メルキオ王子、何かご不満でも」
無表情のまま、面倒者でも相手取るかのように首を曲げるジカール。
「ジカール、何故こいつに死刑を言い渡さない? 大罪人だぞ!」
メルキオは席を立ち、アルルに向け指の先を勢い良く振りかざす。
「仮にも聖女と謳われた身、酌量の余地はありましょう」
尚も無表情を貫くジカール。
「そんなモノを与える価値すら無い! コイツは俺の顔に泥を塗った! 万死に値する!」
振り下ろされる手のひら。
裁判所に乾いた音が響く。
「心中お察し致します、王子。しかしこの者まで失ったとなれば、民の不信感を一層煽る事となりましょう」
遂に無表情を崩しワザとらしく眉をすぼめたジカールがメルキオを諭す。
「……チッ、クズ女が。二度と俺の前にその汚い顔を出すな。反吐が出る」
これ以上異を唱えるのは無駄と判断したメルキオが席に座り直す。
「ご理解頂き恐悦に御座います。アルルメイヤ被告は速やかに退国の手続きを済ませるように。以上、これにて閉廷とする」
茶番劇の幕は閉じられた。
――
大きな力には大きな責任を伴う。
朦朧とする意識の中、アルルはそんな言葉を思い出す。
そして思う。
何故こんな事になってしまったのか、と。
何処から間違っていたのだろうか、と。
自分には特別な力があると驕り、奉られ、世界を救おうだなどと馬鹿げた事を心に決めてしまった時からだろうか。
魔王討伐隊に選抜され、遥かなる旅路に心躍らされてしまっていた時からだろうか。
四天王と謳われた魔物を一撃で屠り、王子に言い寄られ、この国の皇太子妃候補となってしまった時からだろうか。
――否、己の人生全てが間違っていたのだろうか。
周りによく思われていない事ぐらい分かっていた。
それでも、失敗さえしなければ誰にも文句は言われないと、そう、高を括っていた。
その驕りが招いた結果が、このたった一度の、そして最大の失敗。
自分はあの敗戦後、外に放り出され、この国の兵士に回収されたらしい。
その後の記憶は殆ど残っていない。
そして気付けば、かつての仲間達が自分に全ての責任を着せ裁判に掛けていた。
自分は仲間から大切に思われている。
そんな下らない幻想はいとも簡単に壊され、裏切られ、貶められ、どん底へと蹴り飛ばされた。
利用価値が無くなれば、ただ捨てられるだけの存在に過ぎなかったのだ。
(結局、あたしを本当に仲間だと思ってくれていたのはギル、あなただけだった)
婚約を交わした王子にさえも裏切られた。
それは白紙に処され、果ては死刑すらも望まれる始末。
この国を、人の世を救うためならば、いかなる清濁をも飲み込んできた。
そして遂に、幸せを掴み取った筈だった。
しかし、それは全て偽物だった。
そして気づいた。
そこに愛など芽生えてはいなかったのだと。
誰もが憧れる皇太子妃の座そのものに恋をしていたに過ぎなかったのだと。
(本物の笑顔を向けてくれたのも、優しさをくれたのも、そして、本物の愛の言葉を送ったのも、ギル、あなただけだった)
そんな負の思想ばかりがアルルの脳内を駆け巡る。
そうして、裁判所の中心で未だ呆然と立ち尽くすアルルに影が一組迫る。
「死に損ないの役立たずが。お前がキーラに尽くした悪行の限り、それら全てを獄中で省みるといい」
腕を組み、目の前の罪人を見下すかのように言葉を吐き捨てるメルキオ。
「メルキオ様、きっとアルル様にも何か事情があったに違いないの。お話を聞いて差し上げましょう」
アルルに対して行ってきた嫌がらせの数々を自分を被害者として置き換え、目の前で泣き崩れて見せることでメルキオを懐柔したキーラ。
その程度も見抜けないメルキオでは無かったが、その三文芝居に乗っておく方が都合が良かったのだろう。
しかし弱々しく泣き崩れるキーラは大層麗しくメルキオの目に映り込んだ事にもまた違いはない。
「おお、キーラよ。君はなんと心の優しい姫君なのであろうか」
胸に手を当て、朗らかな笑顔でキーラを褒め称えるメルキオ。
「そんな、優しいだなんて……わたくし、照れてしまいます」
メルキオの眼前でわざとらしく照れてみせるキーラ。
その目に愛おしい姿が映り込む。
罪人の業を断ずるかのように幽々と輝く黒い床。
規則正しく並ぶ大理石。
上に座するはこの国の重鎮。
一人ひとりが自分の派閥を象徴するかのような衣服を身に纏っている。
呆れ顔を浮かべる者、無表情を貫く者。
一番多いのは、歓喜に顔を歪める者。
それら全ての視線が、中央で呆然と立ち尽くす一人の少女に突き刺さる。
そして――
天に一番近しき位置に座する者が神に代わり、"正義"を執行する。
「被告人、アルルメイヤに国外追放を言い渡す。異論のある者は?」
面倒事だと一蹴する者、是も否も無い者、全面的に賛同する者。
いずれもこの決定に口を挟まず。
しかしただ一人、声を上げる者がいた。
「おい、異論しかないのだが?」
「メルキオ王子、何かご不満でも」
無表情のまま、面倒者でも相手取るかのように首を曲げるジカール。
「ジカール、何故こいつに死刑を言い渡さない? 大罪人だぞ!」
メルキオは席を立ち、アルルに向け指の先を勢い良く振りかざす。
「仮にも聖女と謳われた身、酌量の余地はありましょう」
尚も無表情を貫くジカール。
「そんなモノを与える価値すら無い! コイツは俺の顔に泥を塗った! 万死に値する!」
振り下ろされる手のひら。
裁判所に乾いた音が響く。
「心中お察し致します、王子。しかしこの者まで失ったとなれば、民の不信感を一層煽る事となりましょう」
遂に無表情を崩しワザとらしく眉をすぼめたジカールがメルキオを諭す。
「……チッ、クズ女が。二度と俺の前にその汚い顔を出すな。反吐が出る」
これ以上異を唱えるのは無駄と判断したメルキオが席に座り直す。
「ご理解頂き恐悦に御座います。アルルメイヤ被告は速やかに退国の手続きを済ませるように。以上、これにて閉廷とする」
茶番劇の幕は閉じられた。
――
大きな力には大きな責任を伴う。
朦朧とする意識の中、アルルはそんな言葉を思い出す。
そして思う。
何故こんな事になってしまったのか、と。
何処から間違っていたのだろうか、と。
自分には特別な力があると驕り、奉られ、世界を救おうだなどと馬鹿げた事を心に決めてしまった時からだろうか。
魔王討伐隊に選抜され、遥かなる旅路に心躍らされてしまっていた時からだろうか。
四天王と謳われた魔物を一撃で屠り、王子に言い寄られ、この国の皇太子妃候補となってしまった時からだろうか。
――否、己の人生全てが間違っていたのだろうか。
周りによく思われていない事ぐらい分かっていた。
それでも、失敗さえしなければ誰にも文句は言われないと、そう、高を括っていた。
その驕りが招いた結果が、このたった一度の、そして最大の失敗。
自分はあの敗戦後、外に放り出され、この国の兵士に回収されたらしい。
その後の記憶は殆ど残っていない。
そして気付けば、かつての仲間達が自分に全ての責任を着せ裁判に掛けていた。
自分は仲間から大切に思われている。
そんな下らない幻想はいとも簡単に壊され、裏切られ、貶められ、どん底へと蹴り飛ばされた。
利用価値が無くなれば、ただ捨てられるだけの存在に過ぎなかったのだ。
(結局、あたしを本当に仲間だと思ってくれていたのはギル、あなただけだった)
婚約を交わした王子にさえも裏切られた。
それは白紙に処され、果ては死刑すらも望まれる始末。
この国を、人の世を救うためならば、いかなる清濁をも飲み込んできた。
そして遂に、幸せを掴み取った筈だった。
しかし、それは全て偽物だった。
そして気づいた。
そこに愛など芽生えてはいなかったのだと。
誰もが憧れる皇太子妃の座そのものに恋をしていたに過ぎなかったのだと。
(本物の笑顔を向けてくれたのも、優しさをくれたのも、そして、本物の愛の言葉を送ったのも、ギル、あなただけだった)
そんな負の思想ばかりがアルルの脳内を駆け巡る。
そうして、裁判所の中心で未だ呆然と立ち尽くすアルルに影が一組迫る。
「死に損ないの役立たずが。お前がキーラに尽くした悪行の限り、それら全てを獄中で省みるといい」
腕を組み、目の前の罪人を見下すかのように言葉を吐き捨てるメルキオ。
「メルキオ様、きっとアルル様にも何か事情があったに違いないの。お話を聞いて差し上げましょう」
アルルに対して行ってきた嫌がらせの数々を自分を被害者として置き換え、目の前で泣き崩れて見せることでメルキオを懐柔したキーラ。
その程度も見抜けないメルキオでは無かったが、その三文芝居に乗っておく方が都合が良かったのだろう。
しかし弱々しく泣き崩れるキーラは大層麗しくメルキオの目に映り込んだ事にもまた違いはない。
「おお、キーラよ。君はなんと心の優しい姫君なのであろうか」
胸に手を当て、朗らかな笑顔でキーラを褒め称えるメルキオ。
「そんな、優しいだなんて……わたくし、照れてしまいます」
メルキオの眼前でわざとらしく照れてみせるキーラ。
その目に愛おしい姿が映り込む。
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