24 / 27
すれ違い
しおりを挟む
周囲の歓声に、わたしは戸惑っていた。
まるで芝居の大団円を迎えたような歓声だ。
障害を乗り越え、愛を育んで結ばれた二人を見るみたいに、みんながわたしたちを見ている。
だけどそれは誤解だ。わたしとルールーさんは愛し合ってはいないのだから。
シャラが男性のような言葉遣いを用いるのは、女性の気を引きたいからだった。
だからルールーさんが女性のような言葉遣いを用いるのは、おそらく男性の気を引きたいからなのだと思う。
つまり彼にとって恋愛対象となるのは男性で、女性のわたしがそこに入り込む余地なんてない。
ルールーさんがわたしを助けてくれたのは、わたしが古の聖女の血を受け継いだシェンブルクの娘だからであって、そこに恋愛感情はない。
わたしに向ける愛情は、あったとしても家族や友人に向ける親愛の類いのものだろう。
わたしはそう理解している。
それとも、抱き上げられるだなんて姿勢でいるから誤解を招いているのだろうか。
そう考えたわたしはもう一度降りようとするが、もう一度ルールーさんにしっかりと抱えられてしまった。
「一緒に来てくれるのね? よかった。断られたらどうしようかと思ったわ」
「……あの、ルールーさん。それよりも降ろしてください」
「だめよ!」
ルールーさんはその場で、踊るようにくるくると回転した。
もちろんわたしも一緒に回る。
体が不安定に傾いて、わたしはルールーさんの首に手を回してしがみついてしまった。
「あなたと一緒に天領に行けるだなんて、夢みたい! 案内したいところがたくさんあるわ。忙しくなるだろうから、覚悟しておいてね?」
ルールーさんは先ほどまでの厳しい表情が嘘のように笑っている。
わたしが天領に行くことを、どうしてこの人がこんなに喜んでくれるんだろう。
「会ってほしい人もたくさんいる。長にも会わせないとね。でないとあの人きっと拗ねちゃうから」
「それって、どういう……?」
戸惑いを深めるわたしに気づいていないのか、ルールーさんはとろけるような笑顔で囁いた。
「大好きよ、ルミシカ。天領で、一緒に生きて行きましょう?」
まるで愛を告白されているみたいだ。
嘘だとわかっていても、心がざわついた。
この人がわたしを好きになるはずなんてない。
それなのに、どうして。
ルールーさんはわたしのことを好きだなんて言うんだろう。
そう思ったところで、もう一度彼の言葉をわたしは思い出した。
『人の心を動かすには、ドラマがあればいいの』
もしかしたら、これもまた彼の演出なのかもしれない。
貴族が醜聞を恐れるのは、それが弱みになるからだ。
貴族は、競争相手の弱みを見逃さない。
相手が隙を見せれば、そこに群がり追い打ちをかけ続け、相手が潰れるまで攻撃をやめることはない。
潰れた相手が去って席が空けば、その分自分の懐が潤うと信じているかのように。
わたしたちのシェンブルク家も、これからそういった仕打ちに会うことはもはや避けられないだろう。
そのうえ、つらい目に遭うであろう家族を見捨てて天領に行くと言ったわたしが、批判にさらされるのも間違いはない。
だからルールーさんは、恋愛の成就という貴族が好みそうなドラマを用意して、醜聞を上書きすることでわたしを守ろうとしているのかもしれない。
『孤立していた壁顔令嬢は天族の助けによって愛され、幸せになりました』
そういう筋書きを用意して、
今回の醜聞からわたしへ向かう風当たりを弱めようとしてくれているのかもしれない。
そこまで考えると、その結論はわたしの心にすとんと収まった。
「? どうしたの?」
ルールーさんはわたしの様子を見て、そんな言葉をかけてくれる。
わたしは彼に、わたしが好きだなんて嘘をつかなくていい、と伝えるべきなのだろう。
自分の信念を偽ってまでわたしを守ろうとしなくていい、と言うべきなのだろう。
そう思うのに、わたしはそれを口に出せずにいる。
このまま彼の告白を受け容れれば、少なくともこの場だけでは恋人同士になれる。
その幻想が、とても魅力的だったからだ。
わたしがルールーさんに向ける感情が恋ではなく愛だったなら、
この場で彼をわたしから解放することができたかもしれない。
だけど、恋であったから。
どうしても彼がほしいという願望から、わたしは抜け出せない。
「わ、わたしも、ずっとルールーさんの側で生きていきたいです」
彼に嘘をつかせ、自分だけは真実を言う。
こんなの卑怯だという自覚はある。
しかし今を逃せば、彼にこれほど近づける機会も、触れるチャンスもないだろうという打算があった。
恋とは攻撃的な想いだ、とはよく言ったものだと思う。
周囲の人々の温かいまなざしの中で、見せつけるようにわたしはルールーさんに体を寄せた。
「もう、つらい環境に一人ぼっちになんてさせない。ずっとそばにいるし、ずっとそばにいてほしい」
二人のおでこを合わせて、囁いたルールーさんの頬にも赤みが差している。
存在から醸し出される色気に充てられて腰が砕けそうだけれど、彼にしっかりと支えられているから平気だった。
わたしが近寄ってくる彼の唇を避けることも遮ることもしないで受け入れると、周囲は一層大きな歓声に包まれる。
合わせた唇は、柔らかくて暖かで、とびきりに甘かった。
きっとこれで、ルールーさんの用意した筋書きは完成しただろう。
そのことに安心して、彼の体に身を預けて力を抜いた。
わたしのためにここまでしてくれたこの人を、支えられるような人間に、いつかなりたいと思う。
恋人になれなくてもいい。
関係に名前がつかなくても、彼の側にいられたらいい。
だけど今はただ、この腕の中で、甘い夢に浸っていたい。
まるで芝居の大団円を迎えたような歓声だ。
障害を乗り越え、愛を育んで結ばれた二人を見るみたいに、みんながわたしたちを見ている。
だけどそれは誤解だ。わたしとルールーさんは愛し合ってはいないのだから。
シャラが男性のような言葉遣いを用いるのは、女性の気を引きたいからだった。
だからルールーさんが女性のような言葉遣いを用いるのは、おそらく男性の気を引きたいからなのだと思う。
つまり彼にとって恋愛対象となるのは男性で、女性のわたしがそこに入り込む余地なんてない。
ルールーさんがわたしを助けてくれたのは、わたしが古の聖女の血を受け継いだシェンブルクの娘だからであって、そこに恋愛感情はない。
わたしに向ける愛情は、あったとしても家族や友人に向ける親愛の類いのものだろう。
わたしはそう理解している。
それとも、抱き上げられるだなんて姿勢でいるから誤解を招いているのだろうか。
そう考えたわたしはもう一度降りようとするが、もう一度ルールーさんにしっかりと抱えられてしまった。
「一緒に来てくれるのね? よかった。断られたらどうしようかと思ったわ」
「……あの、ルールーさん。それよりも降ろしてください」
「だめよ!」
ルールーさんはその場で、踊るようにくるくると回転した。
もちろんわたしも一緒に回る。
体が不安定に傾いて、わたしはルールーさんの首に手を回してしがみついてしまった。
「あなたと一緒に天領に行けるだなんて、夢みたい! 案内したいところがたくさんあるわ。忙しくなるだろうから、覚悟しておいてね?」
ルールーさんは先ほどまでの厳しい表情が嘘のように笑っている。
わたしが天領に行くことを、どうしてこの人がこんなに喜んでくれるんだろう。
「会ってほしい人もたくさんいる。長にも会わせないとね。でないとあの人きっと拗ねちゃうから」
「それって、どういう……?」
戸惑いを深めるわたしに気づいていないのか、ルールーさんはとろけるような笑顔で囁いた。
「大好きよ、ルミシカ。天領で、一緒に生きて行きましょう?」
まるで愛を告白されているみたいだ。
嘘だとわかっていても、心がざわついた。
この人がわたしを好きになるはずなんてない。
それなのに、どうして。
ルールーさんはわたしのことを好きだなんて言うんだろう。
そう思ったところで、もう一度彼の言葉をわたしは思い出した。
『人の心を動かすには、ドラマがあればいいの』
もしかしたら、これもまた彼の演出なのかもしれない。
貴族が醜聞を恐れるのは、それが弱みになるからだ。
貴族は、競争相手の弱みを見逃さない。
相手が隙を見せれば、そこに群がり追い打ちをかけ続け、相手が潰れるまで攻撃をやめることはない。
潰れた相手が去って席が空けば、その分自分の懐が潤うと信じているかのように。
わたしたちのシェンブルク家も、これからそういった仕打ちに会うことはもはや避けられないだろう。
そのうえ、つらい目に遭うであろう家族を見捨てて天領に行くと言ったわたしが、批判にさらされるのも間違いはない。
だからルールーさんは、恋愛の成就という貴族が好みそうなドラマを用意して、醜聞を上書きすることでわたしを守ろうとしているのかもしれない。
『孤立していた壁顔令嬢は天族の助けによって愛され、幸せになりました』
そういう筋書きを用意して、
今回の醜聞からわたしへ向かう風当たりを弱めようとしてくれているのかもしれない。
そこまで考えると、その結論はわたしの心にすとんと収まった。
「? どうしたの?」
ルールーさんはわたしの様子を見て、そんな言葉をかけてくれる。
わたしは彼に、わたしが好きだなんて嘘をつかなくていい、と伝えるべきなのだろう。
自分の信念を偽ってまでわたしを守ろうとしなくていい、と言うべきなのだろう。
そう思うのに、わたしはそれを口に出せずにいる。
このまま彼の告白を受け容れれば、少なくともこの場だけでは恋人同士になれる。
その幻想が、とても魅力的だったからだ。
わたしがルールーさんに向ける感情が恋ではなく愛だったなら、
この場で彼をわたしから解放することができたかもしれない。
だけど、恋であったから。
どうしても彼がほしいという願望から、わたしは抜け出せない。
「わ、わたしも、ずっとルールーさんの側で生きていきたいです」
彼に嘘をつかせ、自分だけは真実を言う。
こんなの卑怯だという自覚はある。
しかし今を逃せば、彼にこれほど近づける機会も、触れるチャンスもないだろうという打算があった。
恋とは攻撃的な想いだ、とはよく言ったものだと思う。
周囲の人々の温かいまなざしの中で、見せつけるようにわたしはルールーさんに体を寄せた。
「もう、つらい環境に一人ぼっちになんてさせない。ずっとそばにいるし、ずっとそばにいてほしい」
二人のおでこを合わせて、囁いたルールーさんの頬にも赤みが差している。
存在から醸し出される色気に充てられて腰が砕けそうだけれど、彼にしっかりと支えられているから平気だった。
わたしが近寄ってくる彼の唇を避けることも遮ることもしないで受け入れると、周囲は一層大きな歓声に包まれる。
合わせた唇は、柔らかくて暖かで、とびきりに甘かった。
きっとこれで、ルールーさんの用意した筋書きは完成しただろう。
そのことに安心して、彼の体に身を預けて力を抜いた。
わたしのためにここまでしてくれたこの人を、支えられるような人間に、いつかなりたいと思う。
恋人になれなくてもいい。
関係に名前がつかなくても、彼の側にいられたらいい。
だけど今はただ、この腕の中で、甘い夢に浸っていたい。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『目には目を歯には歯を』
プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。
【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~
北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!**
「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」
侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。
「あなたの侍女になります」
「本気か?」
匿ってもらうだけの女になりたくない。
レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。
一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。
レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。
※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません)
※設定はゆるふわ。
※3万文字で終わります
※全話投稿済です
お姉様に押し付けられて代わりに聖女の仕事をする事になりました
花見 有
恋愛
聖女である姉へレーナは毎日祈りを捧げる聖女の仕事に飽きて失踪してしまった。置き手紙には妹のアメリアが代わりに祈るように書いてある。アメリアは仕方なく聖女の仕事をする事になった。
異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?
ヒロイン、悪役令嬢に攻略をお願いされる
えも
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したのには気付いていたけど、スルーして養父のおじさんと仲良く暮らしていたフィービー。
でもある日、ざまあ寸前の悪役令嬢がやってきて王子の攻略を依頼されてしまった。
断りたかったけど悪役令嬢が持っている前世の知識が欲しくて渋々承諾。
悪役令嬢と手を取り合い、嫌々乙女ゲームの舞台である学園へ入学することになってしまったヒロインの明日はどっちだ!
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる