22 / 27
終幕
しおりを挟む
虐待の容疑をかけて断罪しようとしたわたしの容疑は晴らされ、代わりに婚約者に立てようとしたムールカはシェンブルクの血を引かない不義の子だったと暴露された。
しかも盟約の主である天族は、自分を王の継嗣として認めないと言い出す始末。
自分が追い詰められていることに気づいたのだろう。
リドさまは陛下に縋るような視線を向けて、震える声で訴える。
しかし、陛下は先ほどまでの苦々しい表情をすでに消していた。
今はただ、冬の湖のように静かで冷たい瞳で、リドさまを見ている。
「……覚悟の上、と思っていいのだな?」
「は、はい?」
「……では、この場はわたしが預かろう。
リド。おまえの愚かさは、おまえの強みだった。
他者の言葉に流されやすいところはあるが、それを自覚し、人を見極め、忠言を受け容れて進めば、調和のとれた良い王になると思っていた。
しかしこうなってしまっては、非常に残念なことだがもはや手遅れだ」
陛下の冷たい瞳の正体は、時に冷酷な判断を下さねばならない、為政者のまなざしだ。
リドさまもそれに気づき、顔色を青くしていく。
「父上、お待ちください!」
リドさまが大声をあげる。
だが、陛下はもうリドさまから視線を外してしまった。
そして、大広間でその様子を注視していたわたしたちに語り掛ける。
「皆の者、聞いてほしい。
今日は婚約披露宴だったはずだが、茶番続きで混乱したであろう。リドの父親としてお詫び申し上げる。
混乱を収束させるためには、大きな決断をせねばなるまいな」
陛下が話始めたことで、周囲の貴族たちはヒソヒソ話をやめて陛下に視線を集中させた。
静寂が満ちた大広間に、陛下の低い声はよく通る。
「すべての原因は甘言に惑わされ、無実の罪でシェンブルクの娘を糾弾しようとした王太子にある。
よって、今回の騒ぎの責任を取らせるため、リドは廃嫡とし、当面の間の蟄居を命ずる」
「父上!?」
慌てて飛び出そうとしたリドさまを、陛下が片手で制する。
その様子を見ていた衛兵が音を立てずに出てきてリドさまの両脇を固めたのは、
きっと暴れだしたらすぐに取り押さえられるようにするためだ。
「諸国を外遊させていた第一王子グラッドを呼び戻し、あらたな王太子として着任させよう。
ムールカ嬢については……シェンブルク男爵に対処を任せよう。仔細はそちらで調査し、奥方とも対話を重ねて詳細をそちらで決定したのち、報告するように」
父は声を出さず、陛下に向かって深く頭を下げた。
その様子を確認し、陛下はルールーさんに声をかける。
「コーライル子爵についても、追って調査をし、沙汰を下す。
……これでいかがかな、天族の使者殿。ご満足いただけただろうか」
王の方から天族の機嫌を伺うような物言いに、周囲の貴族たちは再びどよめく。
見下してきた天族は、王ですらも敬意を払って接する必要がある存在だと示した形だ。
天族のことを見下してよい対象とみなして使役してきたつもりだったのに、
自分たちはずっと、手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかった。
その自覚が、貴族たちの間で急激に広まっていく。
「到底満足のいくものではない。祝福された娘の傷は深く、癒すのには時がかかる。
ゆえに、ルミシカは天領で預かろう」
「……わかった。この国からの留学という立場でなら、ルミシカ嬢が天領で過ごすことを許そう。
だが、使者殿。
彼女はずっとこの国で暮らしてきたのだ。
天領はこことは習俗も慣習も何もかもが違う。
それを受け容れ、ここを出るかどうかは、あなたではなくルミシカ嬢が決めることではないかな?」
陛下の言葉によって、視線が、わたしに集まるのを感じた。
だけど、そんなこといきなり言われてもわけがわからない。
だって今日は、わたしとリドさまの婚約披露宴だったはずなのだ。
なのになんで、天領に留学するなんて話になるのだろう。
目の前で起きていることの整理がつかなくて言葉を出せないわたしを見て、
ルールーさんは陛下の視線を遮るようにわたしの前に立った。
「……そうやっていたずらにまた負担をかける気か。
彼女は今まで、重い荷物を背負いすぎた。もう、下ろさせてもいいだろう」
ルールーさんの背に隠されて、わたしからは陛下が見えない。
だけど陛下は、少しだけ笑った気がした。
「これは藪蛇か。二人のことは、二人に任せるべきかもしれんな」
聞こえた陛下の声は、どこか面白がるような響きがあった。
「さて、皆の者。話は聞いての通りだ。
今回の騒ぎは今後さらに大きな混乱をもたらすだろう。
しかし、必ずわたしがもう一度安定した治世を実現させる。
それまでどうか、力を貸してほしい」
陛下の言葉に、貴族たちは拍手を送る。
「は、廃嫡ってどういうことなんですか、父上!」
大広間にいる人間の中で、声を上げて反論しようとしたのはリドさま一人だけだった。
しかし陛下はそれに反応ひとつせず、翻って大広間を後にする。
その後ろを追いかけようとするリドさまは、陛下の護衛騎士によって拘束され、衛士に引き渡されてしまった。
「なんの真似だ! 僕は王太子だぞ! 下がれ、下がれ! こんなことが許されるわけがないだろう!」
叫びながら、引きずられるようにして大広間を出て行くリド殿下に、ルールーさんが下の階から声をかけた。
「聖女の血を継ぐことがルミシカの価値ではないとあなたが言ったように、王の血を継いでいることはあなたの価値ではないよ、王の子よ」
しかも盟約の主である天族は、自分を王の継嗣として認めないと言い出す始末。
自分が追い詰められていることに気づいたのだろう。
リドさまは陛下に縋るような視線を向けて、震える声で訴える。
しかし、陛下は先ほどまでの苦々しい表情をすでに消していた。
今はただ、冬の湖のように静かで冷たい瞳で、リドさまを見ている。
「……覚悟の上、と思っていいのだな?」
「は、はい?」
「……では、この場はわたしが預かろう。
リド。おまえの愚かさは、おまえの強みだった。
他者の言葉に流されやすいところはあるが、それを自覚し、人を見極め、忠言を受け容れて進めば、調和のとれた良い王になると思っていた。
しかしこうなってしまっては、非常に残念なことだがもはや手遅れだ」
陛下の冷たい瞳の正体は、時に冷酷な判断を下さねばならない、為政者のまなざしだ。
リドさまもそれに気づき、顔色を青くしていく。
「父上、お待ちください!」
リドさまが大声をあげる。
だが、陛下はもうリドさまから視線を外してしまった。
そして、大広間でその様子を注視していたわたしたちに語り掛ける。
「皆の者、聞いてほしい。
今日は婚約披露宴だったはずだが、茶番続きで混乱したであろう。リドの父親としてお詫び申し上げる。
混乱を収束させるためには、大きな決断をせねばなるまいな」
陛下が話始めたことで、周囲の貴族たちはヒソヒソ話をやめて陛下に視線を集中させた。
静寂が満ちた大広間に、陛下の低い声はよく通る。
「すべての原因は甘言に惑わされ、無実の罪でシェンブルクの娘を糾弾しようとした王太子にある。
よって、今回の騒ぎの責任を取らせるため、リドは廃嫡とし、当面の間の蟄居を命ずる」
「父上!?」
慌てて飛び出そうとしたリドさまを、陛下が片手で制する。
その様子を見ていた衛兵が音を立てずに出てきてリドさまの両脇を固めたのは、
きっと暴れだしたらすぐに取り押さえられるようにするためだ。
「諸国を外遊させていた第一王子グラッドを呼び戻し、あらたな王太子として着任させよう。
ムールカ嬢については……シェンブルク男爵に対処を任せよう。仔細はそちらで調査し、奥方とも対話を重ねて詳細をそちらで決定したのち、報告するように」
父は声を出さず、陛下に向かって深く頭を下げた。
その様子を確認し、陛下はルールーさんに声をかける。
「コーライル子爵についても、追って調査をし、沙汰を下す。
……これでいかがかな、天族の使者殿。ご満足いただけただろうか」
王の方から天族の機嫌を伺うような物言いに、周囲の貴族たちは再びどよめく。
見下してきた天族は、王ですらも敬意を払って接する必要がある存在だと示した形だ。
天族のことを見下してよい対象とみなして使役してきたつもりだったのに、
自分たちはずっと、手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかった。
その自覚が、貴族たちの間で急激に広まっていく。
「到底満足のいくものではない。祝福された娘の傷は深く、癒すのには時がかかる。
ゆえに、ルミシカは天領で預かろう」
「……わかった。この国からの留学という立場でなら、ルミシカ嬢が天領で過ごすことを許そう。
だが、使者殿。
彼女はずっとこの国で暮らしてきたのだ。
天領はこことは習俗も慣習も何もかもが違う。
それを受け容れ、ここを出るかどうかは、あなたではなくルミシカ嬢が決めることではないかな?」
陛下の言葉によって、視線が、わたしに集まるのを感じた。
だけど、そんなこといきなり言われてもわけがわからない。
だって今日は、わたしとリドさまの婚約披露宴だったはずなのだ。
なのになんで、天領に留学するなんて話になるのだろう。
目の前で起きていることの整理がつかなくて言葉を出せないわたしを見て、
ルールーさんは陛下の視線を遮るようにわたしの前に立った。
「……そうやっていたずらにまた負担をかける気か。
彼女は今まで、重い荷物を背負いすぎた。もう、下ろさせてもいいだろう」
ルールーさんの背に隠されて、わたしからは陛下が見えない。
だけど陛下は、少しだけ笑った気がした。
「これは藪蛇か。二人のことは、二人に任せるべきかもしれんな」
聞こえた陛下の声は、どこか面白がるような響きがあった。
「さて、皆の者。話は聞いての通りだ。
今回の騒ぎは今後さらに大きな混乱をもたらすだろう。
しかし、必ずわたしがもう一度安定した治世を実現させる。
それまでどうか、力を貸してほしい」
陛下の言葉に、貴族たちは拍手を送る。
「は、廃嫡ってどういうことなんですか、父上!」
大広間にいる人間の中で、声を上げて反論しようとしたのはリドさま一人だけだった。
しかし陛下はそれに反応ひとつせず、翻って大広間を後にする。
その後ろを追いかけようとするリドさまは、陛下の護衛騎士によって拘束され、衛士に引き渡されてしまった。
「なんの真似だ! 僕は王太子だぞ! 下がれ、下がれ! こんなことが許されるわけがないだろう!」
叫びながら、引きずられるようにして大広間を出て行くリド殿下に、ルールーさんが下の階から声をかけた。
「聖女の血を継ぐことがルミシカの価値ではないとあなたが言ったように、王の血を継いでいることはあなたの価値ではないよ、王の子よ」
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説

お姉様に押し付けられて代わりに聖女の仕事をする事になりました
花見 有
恋愛
聖女である姉へレーナは毎日祈りを捧げる聖女の仕事に飽きて失踪してしまった。置き手紙には妹のアメリアが代わりに祈るように書いてある。アメリアは仕方なく聖女の仕事をする事になった。

【完結】『婚約破棄』『廃嫡』『追放』されたい公爵令嬢はほくそ笑む~私の想いは届くのでしょうか、この狂おしい想いをあなたに~
いな@
恋愛
婚約者である王子と血の繋がった家族に、身体中をボロボロにされた公爵令嬢のレアーは、穏やかな生活を手に入れるため計画を実行します。
誤字報告いつもありがとうございます。
※以前に書いた短編の連載版です。

王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……
水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。
相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。
思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。
しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。
それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。
彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。
それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。
私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。
でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。
しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。
一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。
すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。
しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。
彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!
ジャン・幸田
恋愛
私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!
でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる