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壁顔令嬢の妹 1(ムールカ視点)
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「ムールカ嬢がシェンブルクの長女であればよかったのに」
それは、幼い私への至高の褒め言葉だった。
二つ上の姉と比べられて、自分の優秀さを認めてもらえる言葉だと思っていたから。
しかし成長するにつれ、その言葉を疎ましく思うようになった。
見苦しく、醜く、無能な姉ルミシカ。あの人と比べられたところで、私が優秀なのは当たり前なのだから。
それなのに、兄王子を差し置いてリド王子が王太子に選ばれたとき、婚約者として内定したのは姉のルミシカだった。
容姿も、勉学も、教養も、何ひとつ私より秀でていないくせに、どうして私ではなく姉が選ばれたのだろう?
姉は能力が低く、弱い。王妃の重圧には耐えられまい。
責任を負わされ、離縁され、実家に帰されるのが堰の山だ。
そして、もしそんなことになったらシェンブルク家の名誉は地に落ち、世間からの笑いものになるだろう。
貴族は名誉を何より重んじるものだ。一度そんな汚名がついたら、返上するのは難しい。
だから、いっそ私が王太子の婚約者になればいい、と両親に訴えたことがある。
「バカを言うな!」
いつも私たち姉妹に無関心な父が、声を荒げてそう言った。
「なぜです!? この国のためにも、お姉さまより優秀な私が王妃になるべきです!」
「ムールカ、あなたは確かに優秀よ。だけど、ルミシカが長女なのよ。だからルミシカが、王太子殿下と婚約するの」
母はいつもいつも通りの卑屈な目をして言った。
姉には冷たくあたり、私には甘い母だったが、このことだけは絶対に譲らなかった。
何度理由を聞いても「ルミシカが長女だから」とだけ答える。
だが、そんなの理由になってない。王太子の婚約者はやがて王太子妃に、そしていずれは王妃になる。
姉のような出来損ないがその地位についたところで、誰も得をしないのは火を見るより明らかなのだ。
私だってシェンブルクの娘なのだから、姉と同じように王太子の婚約者になる権利があるはずだ。
そう考えた私は、まず外堀から埋めることを始めた。
家で私たち姉妹は同時に家庭教師の授業を受けるが、何もしなくたって教師たちは姉ではなく優秀な私を褒める。
そして姉に「もっと努力しろ」と命じてため息をこぼす。
「あなたは将来王妃になるんですよ、妹より劣ってどうするんです」
その言葉を聞く度、姉は委縮し、より一層パフォーマンスが悪くなった。
姉は長女として、使用人の扱いなど家の管理の一端も担わされていたが、それは私が母に進言して取り上げた。
「お姉さまにはもっと勉強する時間が必要だと思うのです」と言えば、非常に簡単に物事は進んでいった。
使用人たちだって、遠い将来に王妃になるかもしれない姉より、今の実権を握る私を優先するのは当然である。
給金を握り締めて、姉を冷遇するように命じれば従わない者なんていなかった。
家での居場所を失い、冷たい視線にさらされるようになった姉は、次第に化粧が濃くなっていった。
毎日何包ものおしろいを使って化粧を施す姉にはどうやら、醜い自覚があったらしい。
だが化粧の技術も何もなく、ただ「隠す」ことだけに執着したその顔はまるで壁のようだ。
そんな人が身内であるというだけでも度し難いのに、いつも私に媚びるような視線を向けて、「ごめんね、ムールカ」と謝るあの姿を見るのが、この上なく不快だ。
「見苦しいですよ、お姉さま。出しゃばらずに控えていたらどうです?」
何度もそう繰り返すうちに、姉の化粧はさらに濃くなったが、それがまた人々を遠ざけるのに気が付いていないようだった。
自己憐憫にひたって内側に籠り、外に出て人々の支持を集めようとしないあの人が、王妃にふさわしいはずがないじゃないか。
まったく、姉を王太子と結婚させようとする両親も、陛下も、どうかしているとしか思えない。
だから、私が自分でなんとかしなければどうしようもない。
次に私は、社交の場に出入りして人脈作りを始めた。
できるだけ高い身分の人とつながりを持つのだ。発言権のある人の後ろ盾を得て、王太子の婚約に異議を唱えるために。
そして私と王太子の婚約を後押ししてくれれば完璧だ。
人づてから人づてに渡っていけば、徐々に階級の高いパーティーに参加することができるようになった。
だが、王太子自らが出席するようなパーティーに誘われるようになると、より一層姉と比べられるようになる。
「いやあ、ムールカさんのような美しい方が、ルミシカ様の妹御だったとは!」
「リド様おかわいそう、ルミシカ様ではなく優秀なムールカ様が婚約者であれば、心強かったでしょうに」
「あの壁顔では、美しいか醜いかも判断できませんな」
「お聞きになりました? この間もルミシカ様、リド殿下の前で失態を犯したそうで……」
姉の奇行と無能に関する噂話はいくらでもあり、その一つ一つを丁寧に聞かされて回った。
私は妹であるというだけで迷惑をかけた人に謝ったり、同情してみせることが義務づけられているみたいだった。
冗談じゃない。
もはやあれが姉であることは、私の恥部でしかない。
しかしそうやって少しずつ人脈を広げ、愛想を振りまいて自分の評判を上げているうちに、私は姉の有効活用法を見出した。
姉の悪い噂を広めるのだ。
姉が家庭内でどれだけ傍若無人で、私たち家族がどれほど苦しんでいるのか、臨場感たっぷりに聞かせれば、どんな噂話よりもセンセーショナルで、刺激的で、姉の評判は下がり、相対的に私に同情票が集まる。
無能な姉にいじめられている妹を装えば、誰もが私に同情した。
そして言う。
「そんな人が王太子妃になって、本当に大丈夫でしょうか?」
私はその質問に、曖昧に笑ってこう答える。
「シェンブルクの娘が王家に嫁ぐことは盟約によって決まっています。それは変えられませんから」
そうすれば、皆、こう応じる。
「であれば、あなたでもいいわけですね、ムールカ様」
大願の成就まで、あと一息というところまで来ていた。
しかしまだ、大きな問題が残っている。
それは、幼い私への至高の褒め言葉だった。
二つ上の姉と比べられて、自分の優秀さを認めてもらえる言葉だと思っていたから。
しかし成長するにつれ、その言葉を疎ましく思うようになった。
見苦しく、醜く、無能な姉ルミシカ。あの人と比べられたところで、私が優秀なのは当たり前なのだから。
それなのに、兄王子を差し置いてリド王子が王太子に選ばれたとき、婚約者として内定したのは姉のルミシカだった。
容姿も、勉学も、教養も、何ひとつ私より秀でていないくせに、どうして私ではなく姉が選ばれたのだろう?
姉は能力が低く、弱い。王妃の重圧には耐えられまい。
責任を負わされ、離縁され、実家に帰されるのが堰の山だ。
そして、もしそんなことになったらシェンブルク家の名誉は地に落ち、世間からの笑いものになるだろう。
貴族は名誉を何より重んじるものだ。一度そんな汚名がついたら、返上するのは難しい。
だから、いっそ私が王太子の婚約者になればいい、と両親に訴えたことがある。
「バカを言うな!」
いつも私たち姉妹に無関心な父が、声を荒げてそう言った。
「なぜです!? この国のためにも、お姉さまより優秀な私が王妃になるべきです!」
「ムールカ、あなたは確かに優秀よ。だけど、ルミシカが長女なのよ。だからルミシカが、王太子殿下と婚約するの」
母はいつもいつも通りの卑屈な目をして言った。
姉には冷たくあたり、私には甘い母だったが、このことだけは絶対に譲らなかった。
何度理由を聞いても「ルミシカが長女だから」とだけ答える。
だが、そんなの理由になってない。王太子の婚約者はやがて王太子妃に、そしていずれは王妃になる。
姉のような出来損ないがその地位についたところで、誰も得をしないのは火を見るより明らかなのだ。
私だってシェンブルクの娘なのだから、姉と同じように王太子の婚約者になる権利があるはずだ。
そう考えた私は、まず外堀から埋めることを始めた。
家で私たち姉妹は同時に家庭教師の授業を受けるが、何もしなくたって教師たちは姉ではなく優秀な私を褒める。
そして姉に「もっと努力しろ」と命じてため息をこぼす。
「あなたは将来王妃になるんですよ、妹より劣ってどうするんです」
その言葉を聞く度、姉は委縮し、より一層パフォーマンスが悪くなった。
姉は長女として、使用人の扱いなど家の管理の一端も担わされていたが、それは私が母に進言して取り上げた。
「お姉さまにはもっと勉強する時間が必要だと思うのです」と言えば、非常に簡単に物事は進んでいった。
使用人たちだって、遠い将来に王妃になるかもしれない姉より、今の実権を握る私を優先するのは当然である。
給金を握り締めて、姉を冷遇するように命じれば従わない者なんていなかった。
家での居場所を失い、冷たい視線にさらされるようになった姉は、次第に化粧が濃くなっていった。
毎日何包ものおしろいを使って化粧を施す姉にはどうやら、醜い自覚があったらしい。
だが化粧の技術も何もなく、ただ「隠す」ことだけに執着したその顔はまるで壁のようだ。
そんな人が身内であるというだけでも度し難いのに、いつも私に媚びるような視線を向けて、「ごめんね、ムールカ」と謝るあの姿を見るのが、この上なく不快だ。
「見苦しいですよ、お姉さま。出しゃばらずに控えていたらどうです?」
何度もそう繰り返すうちに、姉の化粧はさらに濃くなったが、それがまた人々を遠ざけるのに気が付いていないようだった。
自己憐憫にひたって内側に籠り、外に出て人々の支持を集めようとしないあの人が、王妃にふさわしいはずがないじゃないか。
まったく、姉を王太子と結婚させようとする両親も、陛下も、どうかしているとしか思えない。
だから、私が自分でなんとかしなければどうしようもない。
次に私は、社交の場に出入りして人脈作りを始めた。
できるだけ高い身分の人とつながりを持つのだ。発言権のある人の後ろ盾を得て、王太子の婚約に異議を唱えるために。
そして私と王太子の婚約を後押ししてくれれば完璧だ。
人づてから人づてに渡っていけば、徐々に階級の高いパーティーに参加することができるようになった。
だが、王太子自らが出席するようなパーティーに誘われるようになると、より一層姉と比べられるようになる。
「いやあ、ムールカさんのような美しい方が、ルミシカ様の妹御だったとは!」
「リド様おかわいそう、ルミシカ様ではなく優秀なムールカ様が婚約者であれば、心強かったでしょうに」
「あの壁顔では、美しいか醜いかも判断できませんな」
「お聞きになりました? この間もルミシカ様、リド殿下の前で失態を犯したそうで……」
姉の奇行と無能に関する噂話はいくらでもあり、その一つ一つを丁寧に聞かされて回った。
私は妹であるというだけで迷惑をかけた人に謝ったり、同情してみせることが義務づけられているみたいだった。
冗談じゃない。
もはやあれが姉であることは、私の恥部でしかない。
しかしそうやって少しずつ人脈を広げ、愛想を振りまいて自分の評判を上げているうちに、私は姉の有効活用法を見出した。
姉の悪い噂を広めるのだ。
姉が家庭内でどれだけ傍若無人で、私たち家族がどれほど苦しんでいるのか、臨場感たっぷりに聞かせれば、どんな噂話よりもセンセーショナルで、刺激的で、姉の評判は下がり、相対的に私に同情票が集まる。
無能な姉にいじめられている妹を装えば、誰もが私に同情した。
そして言う。
「そんな人が王太子妃になって、本当に大丈夫でしょうか?」
私はその質問に、曖昧に笑ってこう答える。
「シェンブルクの娘が王家に嫁ぐことは盟約によって決まっています。それは変えられませんから」
そうすれば、皆、こう応じる。
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