1 / 27
壁顔令嬢ルミシカ
しおりを挟む
「相変わらず、見苦しい……ルミシカ、よくその顔で出歩けるものだな」
突然要件も告げず王城に呼ばれ、何かと思いながらいつも通りの化粧をして向かった王太子の執務室。
婚約者であり王太子でもあるリドさまは、わたしの顔を見るなりそう言った。
「申し訳ありません」
わたしはいつものように視線を下げ、恥じ入るように扇で顔を隠して返事をする。
「まったく、盟約がなければ、おまえと結婚なんてしなくて済んだものを」
あいさつの代わりのように苛立ちと失望の混じったため息をついて、リドさまはわたしの顔から目を逸らした。
無理もない、と思う。わたしにだって、化粧が厚いという自覚はある。
白くなりすぎて、壁と変わらないほどのおしろいを塗りたくったわたしの顔は陰で『壁顔令嬢』と噂されるほど悲惨なものだ。
だけどこの厚い化粧は、未来の王妃という重圧に耐えるための、わたしを守る鎧だ。
どれだけ見苦しいと言われようとも、この厚い仮面を剥いでしまって素顔を晒す方がずっと恐ろしい。
わたしが生まれたシェンブルク家は古き聖女の血を伝えるという謂れのある家で、建国の祖である初代国王によって五代に一度、女子が王家に嫁ぐという古の盟約が結ばれている。
盟約の内容は、明らかにされていない。もしかしたら王でも知らないのかもしれない。それでも、効力は絶大だ。
何のために結んだかも伝わらないただの慣習と化した盟約のために、シェンブルク家の長女であるわたしは、王太子リドさまに嫁ぐことを生まれた時から義務付けられていた。
わたしもリドさまも望んではいない、ただの政略結婚だ。
「せめて、ムールカであればまだマシだったんだが。彼女が僕の婚約者になれないのは、おまえが長女だからなのだろう? おかしな話だ。ムールカだって、シェンブルク家の娘なのに」
(ええ、わたしもそう思います)
決して伝えてはいけない本心を、わたしはこっそりと心にしまう。
ムールカはわたしの妹で、ほんとうにわたしと血がつながっているのか疑問に思うほど容姿に恵まれた子だった。
すでに亡くなっている祖母譲りだという珍しい緑の瞳、母譲りの金色の豊かな髪。
容姿だけでなく勉強や教養にも優れ、母をはじめいつも褒められるのは長女のわたしではなく妹のムールカの方。
「ムールカ様は素晴らしい。王太子に嫁ぐのが、ムールカ様であればよかったのだが、肝心の長女があれでは……」と、ムールカを知る人は口を揃えて言う。
わたしも、そう思う。
わたしたちは生まれる順番を間違えたのだ。
ムールカが長女であればよかった。そうすれば王太子に嫁ぎ、いずれ王妃になるのはムールカだったはずだ。
そうすれば行儀作法の先生の重いため息も、王妃教育の先生の厳しい怒鳴り声も、両親の「あなたはいずれ王妃になるんだからしっかりしなさい」という激励も聞かずに済んだ。
妹が褒められるたび、妹になれない自分が嫌になる。
せめてムールカのように美しければ、優秀であれば、ひとつでも、何か強みになる長所があれば、妹を羨むこともなかったのかもしれないけれど。
血のつながった妹にまで嫉妬を向けるわたしは、心の底から醜い。
化粧が厚いという自覚はある。
だけど、この鎧を剥いだところで現れるのは、より醜いわたしの素顔。
だからせめて、それを隠すために、わたしは化粧をやめられないのだ。
「今日になって、父上に婚約披露宴を二か月後に執り行うと聞かされた。
父上が天族を城に留めるなんて珍しいと思ったが、あれは披露宴に合わせて呼んだ客の無聊を慰めるためであったらしい。ルミシカ、お前は知っていたのか?」
「え? いいえ。わたしは何も……」
「ま、そうだろうな。僕に何か隠し事をするような度胸、お前にはないだろう」
何も言い返さず黙っているわたしに、殿下は婚約披露宴の日取りが正式に決まったこと、招待客の調整や準備の打ち合わせをするためにしばらく頻繁に城に来るように、と連絡事項を伝えた。
わたしはただ機械的に頷いているのだが、リドさまにはそれが不満だったようで、大声で注意される。
「おい、聞いているのかルミシカ!」
「はい、殿下」
「……従順なところだけは美徳だな。その調子で、結婚しても絶対に俺の前に出ないで一生を送ればいい」
ええ。形だけ、お飾りの王妃になって、一生城の奥で暮らしましょう。
あなたが愛人をどれほど囲んでも、世の人があなたの治世をどれほど褒めたたえても貶しても、わたしは日の当たるところには出ないで過ごす。
名ばかりの王妃として、飼い殺しにしてくれれば幸いです。
それできっとみんな、幸せになれるのだから。
わたしの微笑みは仮面が勝手に動いたようで気持ちが悪いとよく言われる。
だからまったく表情筋を動かさずに目だけで自嘲気味に微笑んで、リドさまの言葉に頷いた。
だけどわたしの返事は、リドさまには不満だったようだ。
「気持ちの悪い女だ。用事は終わりだ、早く出て行け」
言われるままに、わたしはリドさまの執務室を後にする。
突然要件も告げず王城に呼ばれ、何かと思いながらいつも通りの化粧をして向かった王太子の執務室。
婚約者であり王太子でもあるリドさまは、わたしの顔を見るなりそう言った。
「申し訳ありません」
わたしはいつものように視線を下げ、恥じ入るように扇で顔を隠して返事をする。
「まったく、盟約がなければ、おまえと結婚なんてしなくて済んだものを」
あいさつの代わりのように苛立ちと失望の混じったため息をついて、リドさまはわたしの顔から目を逸らした。
無理もない、と思う。わたしにだって、化粧が厚いという自覚はある。
白くなりすぎて、壁と変わらないほどのおしろいを塗りたくったわたしの顔は陰で『壁顔令嬢』と噂されるほど悲惨なものだ。
だけどこの厚い化粧は、未来の王妃という重圧に耐えるための、わたしを守る鎧だ。
どれだけ見苦しいと言われようとも、この厚い仮面を剥いでしまって素顔を晒す方がずっと恐ろしい。
わたしが生まれたシェンブルク家は古き聖女の血を伝えるという謂れのある家で、建国の祖である初代国王によって五代に一度、女子が王家に嫁ぐという古の盟約が結ばれている。
盟約の内容は、明らかにされていない。もしかしたら王でも知らないのかもしれない。それでも、効力は絶大だ。
何のために結んだかも伝わらないただの慣習と化した盟約のために、シェンブルク家の長女であるわたしは、王太子リドさまに嫁ぐことを生まれた時から義務付けられていた。
わたしもリドさまも望んではいない、ただの政略結婚だ。
「せめて、ムールカであればまだマシだったんだが。彼女が僕の婚約者になれないのは、おまえが長女だからなのだろう? おかしな話だ。ムールカだって、シェンブルク家の娘なのに」
(ええ、わたしもそう思います)
決して伝えてはいけない本心を、わたしはこっそりと心にしまう。
ムールカはわたしの妹で、ほんとうにわたしと血がつながっているのか疑問に思うほど容姿に恵まれた子だった。
すでに亡くなっている祖母譲りだという珍しい緑の瞳、母譲りの金色の豊かな髪。
容姿だけでなく勉強や教養にも優れ、母をはじめいつも褒められるのは長女のわたしではなく妹のムールカの方。
「ムールカ様は素晴らしい。王太子に嫁ぐのが、ムールカ様であればよかったのだが、肝心の長女があれでは……」と、ムールカを知る人は口を揃えて言う。
わたしも、そう思う。
わたしたちは生まれる順番を間違えたのだ。
ムールカが長女であればよかった。そうすれば王太子に嫁ぎ、いずれ王妃になるのはムールカだったはずだ。
そうすれば行儀作法の先生の重いため息も、王妃教育の先生の厳しい怒鳴り声も、両親の「あなたはいずれ王妃になるんだからしっかりしなさい」という激励も聞かずに済んだ。
妹が褒められるたび、妹になれない自分が嫌になる。
せめてムールカのように美しければ、優秀であれば、ひとつでも、何か強みになる長所があれば、妹を羨むこともなかったのかもしれないけれど。
血のつながった妹にまで嫉妬を向けるわたしは、心の底から醜い。
化粧が厚いという自覚はある。
だけど、この鎧を剥いだところで現れるのは、より醜いわたしの素顔。
だからせめて、それを隠すために、わたしは化粧をやめられないのだ。
「今日になって、父上に婚約披露宴を二か月後に執り行うと聞かされた。
父上が天族を城に留めるなんて珍しいと思ったが、あれは披露宴に合わせて呼んだ客の無聊を慰めるためであったらしい。ルミシカ、お前は知っていたのか?」
「え? いいえ。わたしは何も……」
「ま、そうだろうな。僕に何か隠し事をするような度胸、お前にはないだろう」
何も言い返さず黙っているわたしに、殿下は婚約披露宴の日取りが正式に決まったこと、招待客の調整や準備の打ち合わせをするためにしばらく頻繁に城に来るように、と連絡事項を伝えた。
わたしはただ機械的に頷いているのだが、リドさまにはそれが不満だったようで、大声で注意される。
「おい、聞いているのかルミシカ!」
「はい、殿下」
「……従順なところだけは美徳だな。その調子で、結婚しても絶対に俺の前に出ないで一生を送ればいい」
ええ。形だけ、お飾りの王妃になって、一生城の奥で暮らしましょう。
あなたが愛人をどれほど囲んでも、世の人があなたの治世をどれほど褒めたたえても貶しても、わたしは日の当たるところには出ないで過ごす。
名ばかりの王妃として、飼い殺しにしてくれれば幸いです。
それできっとみんな、幸せになれるのだから。
わたしの微笑みは仮面が勝手に動いたようで気持ちが悪いとよく言われる。
だからまったく表情筋を動かさずに目だけで自嘲気味に微笑んで、リドさまの言葉に頷いた。
だけどわたしの返事は、リドさまには不満だったようだ。
「気持ちの悪い女だ。用事は終わりだ、早く出て行け」
言われるままに、わたしはリドさまの執務室を後にする。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説

お姉様に押し付けられて代わりに聖女の仕事をする事になりました
花見 有
恋愛
聖女である姉へレーナは毎日祈りを捧げる聖女の仕事に飽きて失踪してしまった。置き手紙には妹のアメリアが代わりに祈るように書いてある。アメリアは仕方なく聖女の仕事をする事になった。

【完結】『婚約破棄』『廃嫡』『追放』されたい公爵令嬢はほくそ笑む~私の想いは届くのでしょうか、この狂おしい想いをあなたに~
いな@
恋愛
婚約者である王子と血の繋がった家族に、身体中をボロボロにされた公爵令嬢のレアーは、穏やかな生活を手に入れるため計画を実行します。
誤字報告いつもありがとうございます。
※以前に書いた短編の連載版です。

王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……
水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。
相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。
思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。
しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。
それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。
彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。
それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。
私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。
でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。
しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。
一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。
すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。
しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。
彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!
ジャン・幸田
恋愛
私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!
でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる