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決意

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「今代の勇者は、強すぎる」

 カイドルさんは黒い瞳でわたしをまっすぐに見て、そう言った。

「魔王と勇者の強さのバランスが保たれていた今までの比ではありません。……このままいけば、戦争は終わるでしょう。魔族が絶滅するという結末によって」

 わたしは息を呑む。

 そこまでなのか。

 魔王の側近から見ても、今の勇者、ドーハートさまの強さは、そこまでの脅威なのか。

「戦争はもちろん終わらせたい。しかし私たちは、全滅したくはありません。……私が歴史を学んだのは、違う道を探したいからだったんですが、未だに光明は見えません。ねえ、聖女様。人間と魔族が、共に並び立って生きていく道は、無いのでしょうか?」

 淡々とした言葉だ。それでも、カイドルさんの声が苦渋と哀しみに満ちていた。

 魔族は倒すべきもの、と教えられて育った。だけどこの城で会った魔族たちは敵対するどころか、とても友好的に接してくれた。
 みんなが親切にしてくれたのはわたしが聖女だからだろう。カイドルさんは、「聖女」という肩書を捨てられずにいるわたしに対して、耳障りのいい言葉を選んで聞かせ、わたしの協力を得ようとしているのだとわかっている。

 それでも、今の言葉はカイドルさんの本音に一番近い思いであるということも、今まで一緒に過ごしてきた時間が証明してくれている、とわたしは思うのだ。彼らは自分たちの生き残りをかけて戦っている。種の存続を願い、近しい人を守るため。そのことは、人間と何の違いもない。
 魔族は邪悪だから滅んでいいだなんて、もうわたしには思えない。

 だから、わたしは答えた。

 今まで彼らが見せてくれた誠意に対する礼儀でもあり、偽らざるわたしの本心でもあった。

「わたしも、そう思います。戦争は終わらせたい。だけど……この城で暮らす皆が、苦しむところなんて見たくない。考えましょう、一緒に。魔族と人間が、共存していくための方法を」

 甘いと言われる発想かもしれない。人間の裏切り者と誹られるかもしれない。

 だけど。わたしは、この理想を追いかけたい。魔族が人間と同じようにものを考え、文化を継承してきたヒトだと理解した今、神殿の教えが言うように一方的に蹂躙されていい対象だとは思えない。

 魔族と人間が共存できるための道を見出したいのだ。そのためにわたしの祈りが必要だというのなら、祈ったっていい。
 誰に言われたからでもない。聖女だからでもない。これがわたし、リディ・エイジー・カラヤドネ・ジャミスとしての意志なのだ。
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