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プロポーズ

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 決意を込めたわたしの言葉だったが、カイドルさんは渋い顔で応じた。

「……あー、陛下。陛下は今ちょっとお忙しくてですね」

 それはそうか、とわたしはすんなり納得した。
 曲がりなりにも魔王である。それは予定が立て込んでいてもしかたないだろう。

 肩透かしを食らったような気持ちで、「ではこのお話は、またのちほどにしましょう」と提案しようとした瞬間、扉の前に人影が現れた。

「何、騒いでるんだ?」
「ちょ、なんで出てきちゃうんですか!」

 その人影が、昨夜わたしを拐かした魔王だと理解するのには、少し時間が必要だった。
 ありふれた寝間着に身を包んだその姿は、昨夜感じた、この世のものではないかのような神秘的な雰囲気がまるでない。美しい顔も、ダルそうな表情と目やにの汚れで台無しだ。

「昼まで起こすなって言っといたろ」

 不機嫌そうにそう言うと、あくびをしながら部屋の中にずかずかと入り込んできた。こちらに来るのかと身構えたわたしを素通りして、テーブルの傍らでぷるぷるしていたスライムのタイルの体内に腕を突っ込みむと、半ば溶けかけていたマスカットを一粒取り出し、あろうことかそのまま食べてしまった。

 なんてマナーのない、そしてデリカシーもない行為だろう。

「陛下。こっちにもですね、順序というものがあります。せっかく昨夜はいい感じだったのに……」
「カイドル。おまえの作戦は回りくどいのがたまにキズなんだよな。聖女に穏やかにお願いするとか言ってたのに、俺の部屋にまで騒ぎが聞こえてきたぞ。何があったんだ?」

 乱暴な仕草、不機嫌な声の調子。昨夜抱いたロマンチックなイメージが、がらがらと音をたてて崩れていく。
 それでも、わたしの対面にある椅子にどっかりと座り込んで、長い足を組んでこちらを見つめる姿は、隙だらけの恰好と相まって、神秘的ではないにしろ、なんというか、艶やかだった。

「聖女さまが、ですね。祈るために、環境を変えたいとおっしゃっていまして」
「ええ、待遇の改善を要求します」
「……ほー。これ以上、何が必要だ?」

 客人の前でテーブルに頬杖をつく態度はだらしないと思うのに、謎の気迫に満ちていた。

 おそらくこの人は、威圧的にふるまうことに慣れている。
 そんなことは当然だろう。彼は世界を恐怖に陥れる魔王なのだ。まるで寝起きのような隙を見せるのも、もしかしたらこちらの油断を誘うための罠なのかもしれない。

 最初はもっと豪華な場所、例えば大神殿のような施設がないと祈れない、と言うつもりだった。しかし、魔王城はとても凝った作りをしていたし、魔族の知識がカイドルさんが言うように優れたものであるならば、中途半端な要求を言うだけでは、もしかしたら簡単に達成されてしまうかもしれなかった。

 だから、わたしは覚悟を決める。
 大きく息を吸い込んで、到底実現不可能な要求を一息に言う。

「わたしをあなたのお嫁さんにしてください!」
「はあ!?」

 魔王は飛び上がるように驚いて、頬杖を外してわたしの顔を凝視し、その美しい瞳を見開いた。
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