10 / 45
プロポーズ
しおりを挟む
決意を込めたわたしの言葉だったが、カイドルさんは渋い顔で応じた。
「……あー、陛下。陛下は今ちょっとお忙しくてですね」
それはそうか、とわたしはすんなり納得した。
曲がりなりにも魔王である。それは予定が立て込んでいてもしかたないだろう。
肩透かしを食らったような気持ちで、「ではこのお話は、またのちほどにしましょう」と提案しようとした瞬間、扉の前に人影が現れた。
「何、騒いでるんだ?」
「ちょ、なんで出てきちゃうんですか!」
その人影が、昨夜わたしを拐かした魔王だと理解するのには、少し時間が必要だった。
ありふれた寝間着に身を包んだその姿は、昨夜感じた、この世のものではないかのような神秘的な雰囲気がまるでない。美しい顔も、ダルそうな表情と目やにの汚れで台無しだ。
「昼まで起こすなって言っといたろ」
不機嫌そうにそう言うと、あくびをしながら部屋の中にずかずかと入り込んできた。こちらに来るのかと身構えたわたしを素通りして、テーブルの傍らでぷるぷるしていたスライムのタイルの体内に腕を突っ込みむと、半ば溶けかけていたマスカットを一粒取り出し、あろうことかそのまま食べてしまった。
なんてマナーのない、そしてデリカシーもない行為だろう。
「陛下。こっちにもですね、順序というものがあります。せっかく昨夜はいい感じだったのに……」
「カイドル。おまえの作戦は回りくどいのがたまにキズなんだよな。聖女に穏やかにお願いするとか言ってたのに、俺の部屋にまで騒ぎが聞こえてきたぞ。何があったんだ?」
乱暴な仕草、不機嫌な声の調子。昨夜抱いたロマンチックなイメージが、がらがらと音をたてて崩れていく。
それでも、わたしの対面にある椅子にどっかりと座り込んで、長い足を組んでこちらを見つめる姿は、隙だらけの恰好と相まって、神秘的ではないにしろ、なんというか、艶やかだった。
「聖女さまが、ですね。祈るために、環境を変えたいとおっしゃっていまして」
「ええ、待遇の改善を要求します」
「……ほー。これ以上、何が必要だ?」
客人の前でテーブルに頬杖をつく態度はだらしないと思うのに、謎の気迫に満ちていた。
おそらくこの人は、威圧的にふるまうことに慣れている。
そんなことは当然だろう。彼は世界を恐怖に陥れる魔王なのだ。まるで寝起きのような隙を見せるのも、もしかしたらこちらの油断を誘うための罠なのかもしれない。
最初はもっと豪華な場所、例えば大神殿のような施設がないと祈れない、と言うつもりだった。しかし、魔王城はとても凝った作りをしていたし、魔族の知識がカイドルさんが言うように優れたものであるならば、中途半端な要求を言うだけでは、もしかしたら簡単に達成されてしまうかもしれなかった。
だから、わたしは覚悟を決める。
大きく息を吸い込んで、到底実現不可能な要求を一息に言う。
「わたしをあなたのお嫁さんにしてください!」
「はあ!?」
魔王は飛び上がるように驚いて、頬杖を外してわたしの顔を凝視し、その美しい瞳を見開いた。
「……あー、陛下。陛下は今ちょっとお忙しくてですね」
それはそうか、とわたしはすんなり納得した。
曲がりなりにも魔王である。それは予定が立て込んでいてもしかたないだろう。
肩透かしを食らったような気持ちで、「ではこのお話は、またのちほどにしましょう」と提案しようとした瞬間、扉の前に人影が現れた。
「何、騒いでるんだ?」
「ちょ、なんで出てきちゃうんですか!」
その人影が、昨夜わたしを拐かした魔王だと理解するのには、少し時間が必要だった。
ありふれた寝間着に身を包んだその姿は、昨夜感じた、この世のものではないかのような神秘的な雰囲気がまるでない。美しい顔も、ダルそうな表情と目やにの汚れで台無しだ。
「昼まで起こすなって言っといたろ」
不機嫌そうにそう言うと、あくびをしながら部屋の中にずかずかと入り込んできた。こちらに来るのかと身構えたわたしを素通りして、テーブルの傍らでぷるぷるしていたスライムのタイルの体内に腕を突っ込みむと、半ば溶けかけていたマスカットを一粒取り出し、あろうことかそのまま食べてしまった。
なんてマナーのない、そしてデリカシーもない行為だろう。
「陛下。こっちにもですね、順序というものがあります。せっかく昨夜はいい感じだったのに……」
「カイドル。おまえの作戦は回りくどいのがたまにキズなんだよな。聖女に穏やかにお願いするとか言ってたのに、俺の部屋にまで騒ぎが聞こえてきたぞ。何があったんだ?」
乱暴な仕草、不機嫌な声の調子。昨夜抱いたロマンチックなイメージが、がらがらと音をたてて崩れていく。
それでも、わたしの対面にある椅子にどっかりと座り込んで、長い足を組んでこちらを見つめる姿は、隙だらけの恰好と相まって、神秘的ではないにしろ、なんというか、艶やかだった。
「聖女さまが、ですね。祈るために、環境を変えたいとおっしゃっていまして」
「ええ、待遇の改善を要求します」
「……ほー。これ以上、何が必要だ?」
客人の前でテーブルに頬杖をつく態度はだらしないと思うのに、謎の気迫に満ちていた。
おそらくこの人は、威圧的にふるまうことに慣れている。
そんなことは当然だろう。彼は世界を恐怖に陥れる魔王なのだ。まるで寝起きのような隙を見せるのも、もしかしたらこちらの油断を誘うための罠なのかもしれない。
最初はもっと豪華な場所、例えば大神殿のような施設がないと祈れない、と言うつもりだった。しかし、魔王城はとても凝った作りをしていたし、魔族の知識がカイドルさんが言うように優れたものであるならば、中途半端な要求を言うだけでは、もしかしたら簡単に達成されてしまうかもしれなかった。
だから、わたしは覚悟を決める。
大きく息を吸い込んで、到底実現不可能な要求を一息に言う。
「わたしをあなたのお嫁さんにしてください!」
「はあ!?」
魔王は飛び上がるように驚いて、頬杖を外してわたしの顔を凝視し、その美しい瞳を見開いた。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠 結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる