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第一章
81人徳者
しおりを挟む公の場でフェスト男爵夫妻に襲われたのは多くの商人が目撃していた。
その中に新聞記者もいた事でその日のうちに新聞にて、彼らの暴行事件は瞬く間に広まった。
…がモリアルは訴える真似をしなかった事で、多くの者はモリアルの懐の広さを改めて思い知ったのだ。
「被害者側があまり加害者に強く出るのは時として打撃を受けますからな」
「相変わらず素晴らしい程の頭脳ですわ」
「まぁ、私は既に貴族ではないので、そもそも訴えるつもりはないのですよ」
(まったく…)
フェリス侯爵夫人は根が優し過ぎるモリアルに苦笑した。
海よりも深い愛情がどれだけの人を救っているか解らない。
(先代国王を骨抜きした一族…納得だわ)
モリアルの父親もまた、慈悲と抱擁の塊だと耳がタコになる程聞かされたが、モリアルやグレーテルを見れば解る。
社交界では貴族同士が腹の探り合いをしながら他者は信用できない。
そんな場所で生きていたからこそグレーテルの優しさが癒しだったこともある。
出世欲はなく、ただ仕事に真面目で忠誠心もありすぐに気に入った。
損得関係なく接してくれるグレーテルを娘同然に可愛がっていたのだが。
「もう少し怒っても良いのですよ」
「怒りはあれど、今は事を荒立てるのはよろしくありません。外交問題もあります」
「はぁー…」
またしても深いため息をつく。
どおまでも無欲で自分の事は二の次であることが憎らしい。
(歯がゆいわ)
命に別状はなかったのは、万一の時の為にモリアルが急所を庇ったことだ。
他にも服の中に防弾チョッキを着ていたからだ。
もし何の準備もなかったら死んでいたかもしれないのに。
「私から動くとはしません。その方が周りが動きやすいでしょうし、彼らは群衆の力を甘く見ていますからね」
「ええ…」
群衆の声は時には権力よりも強い。
特に真実ならば余計に強いのだ。
「新聞記者が真実を描いてくれるでしょう。先王陛下も交渉をしてくださるなら、私の怪我も無駄ではありません」
「ええ、無駄にはしません」
その言葉通り、公の場で暴行を受けたモリアルだったが、懐に忍ばせていたアクアシア王国の使者である証である紋章を見た記者が綴ったのだ。
隣国使者を暴行したことを。
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