90 / 156
第一章
79手紙
しおりを挟む「わたくしが、わたくしが一番好きなのは……」
「一番好きなのは?」
マリアンはやっぱり口をつぐんでしまった。
「いないんですか?」
「そ、そんなことないわ! みなさん個性豊かで、整ったお顔立ちをしていて、とっても魅力的だと思います……」
でも、とマリアンはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「現実はどの方も物語の姿とは違っていた……わたくしのことなどまるで眼中になくて、優しくしようとしても、余計なお節介だと跳ね返されて……」
たしかに彼らのマリアンに対する反応は酷いものだった。いくら気に入らない相手だろうが、表面上はそれを出さず、どこまでも紳士的に振る舞うのが、貴族としてのあるべき姿ではないだろうか。
「わたくしはどうして彼らに愛されなかったのでしょうか……」
落ち込むマリアンに、リディアは優しい声で慰めた。
「まだ恋は始まってもいないんですから、そんなに悲しまないで下さい」
「でも……」
「わたしが思うに……たぶんマリアン様は彼ら全員と仲良くなろうとして、それでマリアン様が知っていた夢? の内容と違ってきたんじゃないでしょうか」
あれだけ癖の強い彼らだ。夢の中では相当の時間と気力を要してようやく心を開いてくれたに違いない。一対一でじっくりと向かい合わなければ、マリアンが言ったような彼らにはならないだろう。
マリアンが見た夢と、実際に彼らが違ったのは、彼女が運命の相手を一人に絞り切れなかったからではないか。
(師匠もあちこちフラフラしてるから女性に遊び相手って思われて、結局上手くいかないんだよな……)
結局人は一人の人間しか相手にできないよう作られているものだ。何人も同時に愛するなんてよほど器用な人間でないと無理だろうし、できていると思っても、最後には破滅が待っているのではないか、とリディアは述べた。
「ではわたくしは……一体どうすればいいの?」
マリアンが縋るようにリディアを見つめた。答えは決まっている。
「これからは対象を一人に絞って、アプローチしていけばいいと思いますよ」
「一人……」
「はい。マリアン様が今後人生を一緒に歩みたいって思う人は誰ですか?」
「人生を一緒に……」
しばし沈黙した後、マリアンはぽつりと言った。
「……いませんわ」
「いないんですか?」
「ええ。物語の彼らはとっても素敵で、マリアンは幸せそうだったけれど……いざ自分がこれからその道を歩むのだと思うと……正直嫌だと思う自分がいるんですの」
本当はこんなこと思ってはいけないのに、というように彼女は眉を寄せた。
「わたくしには、やはり無理ですわ。愛するより、愛される方が、性に合っていますもの」
「マリアン様……」
彼女の出した答えに、正直リディアはほっとしていた。
セエレやロイドはともかく、グレンやメルヴィンを選んだりしたらマリアンが苦労するのは目に見えていた。いくら最後は結ばれるとしても、それまで彼女が辛い目にあったりするのは、なるべくならして欲しくなかった。
「マリアン様なら、最初からうんと愛してくれる優しい殿方が他にもいますよ」
なんたって侯爵令嬢。お金持ちでかっこいい相手なんてこの学園にはたくさんいるだろう。
「今は学園生活を楽しんで、これからゆっくりとそうした相手を探していけばいいと思いますよ」
「リディアさん……」
あれだけの騒動を起こしてまで彼らの心を手に入れようとしたマリアン。そんな彼女がやっぱり無理だ、やめたいと言っても、目の前の少女は受け入れ、肯定してくれた。次がありますよ、という優しい言葉まで添えてくれて。
マリアンはリディアを潤んだ目で、じっと見つめた。
そんな彼女に気づかず、リディアは笑顔で言った。
「さっ、もうそろそろ暗くなってしまいますし、帰りましょう。マリアン様はご自宅から通われて――」
「わたくし、あなたがいいわ」
立ち上がったリディアの手をつかまえて、マリアンがそう言った。へ、とリディアは気の抜けた声で聞き返す。
「すみません、マリアン様。聞き間違いでしょうか。もう一度……」
「何度だって言いますわ。わたくしと一緒に、人生を歩んで欲しいんですの」
一緒に。マリアンと。
「誰と、ですか」
「あなたですわ。リディアさん」
言葉を失うリディアに、マリアンは立ち上がってぐっと距離を近づけてきた。
「新聞部の方たちに襲われそうになった時、あなたは身を挺してわたくしを庇ってくれた。今まで散々酷いことばかり言ったのに」
「いや、それは……」
侯爵令嬢に何かあったら大問題になり、一緒にいたリディアにも責任が問われるのではないか、という自分の身を守る考えもあったからだ。まるっきり善意で助けたとは言えない。
けれどマリアンはそんなことない! といわんばかりに熱く語った。
「今だってこうしてわたくしの話を頭がおかしいなどと言わず、真面目に聞いて下さった。お父様やお母様もメイドたちも、みんなわたくしが病でおかしくなったと涙を流したのに!」
(あ、わたし以外にも話したんだ……)
そして何を言っているんだ、と変に思われたのか。その事実にちょっと安心する。
「こんなわたくしを理解して受け止めて下さる方は、これから先あなた以外に現れないと思うんです。女であろうが、関係ありませんわ。リディアさんとこれから先もずっと一緒にいたい。あなたが好きなんですもの」
「マリアン様……」
なんて情熱的な告白だろう。マリアンらしく真っ直ぐで、愛にあふれた言葉だった。こんなふうに言われて、心が傾かない人間なんて――
「そんなのだめに決まってるだろ」
自分が同性であることも忘れ、思わず承諾しかけたその時、ガサリと物音がした。びくっとマリアンと揃って振り返ると、茂みの中からこちらを鋭く睨んでいるグレン・グラシアの姿があった。
「一番好きなのは?」
マリアンはやっぱり口をつぐんでしまった。
「いないんですか?」
「そ、そんなことないわ! みなさん個性豊かで、整ったお顔立ちをしていて、とっても魅力的だと思います……」
でも、とマリアンはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「現実はどの方も物語の姿とは違っていた……わたくしのことなどまるで眼中になくて、優しくしようとしても、余計なお節介だと跳ね返されて……」
たしかに彼らのマリアンに対する反応は酷いものだった。いくら気に入らない相手だろうが、表面上はそれを出さず、どこまでも紳士的に振る舞うのが、貴族としてのあるべき姿ではないだろうか。
「わたくしはどうして彼らに愛されなかったのでしょうか……」
落ち込むマリアンに、リディアは優しい声で慰めた。
「まだ恋は始まってもいないんですから、そんなに悲しまないで下さい」
「でも……」
「わたしが思うに……たぶんマリアン様は彼ら全員と仲良くなろうとして、それでマリアン様が知っていた夢? の内容と違ってきたんじゃないでしょうか」
あれだけ癖の強い彼らだ。夢の中では相当の時間と気力を要してようやく心を開いてくれたに違いない。一対一でじっくりと向かい合わなければ、マリアンが言ったような彼らにはならないだろう。
マリアンが見た夢と、実際に彼らが違ったのは、彼女が運命の相手を一人に絞り切れなかったからではないか。
(師匠もあちこちフラフラしてるから女性に遊び相手って思われて、結局上手くいかないんだよな……)
結局人は一人の人間しか相手にできないよう作られているものだ。何人も同時に愛するなんてよほど器用な人間でないと無理だろうし、できていると思っても、最後には破滅が待っているのではないか、とリディアは述べた。
「ではわたくしは……一体どうすればいいの?」
マリアンが縋るようにリディアを見つめた。答えは決まっている。
「これからは対象を一人に絞って、アプローチしていけばいいと思いますよ」
「一人……」
「はい。マリアン様が今後人生を一緒に歩みたいって思う人は誰ですか?」
「人生を一緒に……」
しばし沈黙した後、マリアンはぽつりと言った。
「……いませんわ」
「いないんですか?」
「ええ。物語の彼らはとっても素敵で、マリアンは幸せそうだったけれど……いざ自分がこれからその道を歩むのだと思うと……正直嫌だと思う自分がいるんですの」
本当はこんなこと思ってはいけないのに、というように彼女は眉を寄せた。
「わたくしには、やはり無理ですわ。愛するより、愛される方が、性に合っていますもの」
「マリアン様……」
彼女の出した答えに、正直リディアはほっとしていた。
セエレやロイドはともかく、グレンやメルヴィンを選んだりしたらマリアンが苦労するのは目に見えていた。いくら最後は結ばれるとしても、それまで彼女が辛い目にあったりするのは、なるべくならして欲しくなかった。
「マリアン様なら、最初からうんと愛してくれる優しい殿方が他にもいますよ」
なんたって侯爵令嬢。お金持ちでかっこいい相手なんてこの学園にはたくさんいるだろう。
「今は学園生活を楽しんで、これからゆっくりとそうした相手を探していけばいいと思いますよ」
「リディアさん……」
あれだけの騒動を起こしてまで彼らの心を手に入れようとしたマリアン。そんな彼女がやっぱり無理だ、やめたいと言っても、目の前の少女は受け入れ、肯定してくれた。次がありますよ、という優しい言葉まで添えてくれて。
マリアンはリディアを潤んだ目で、じっと見つめた。
そんな彼女に気づかず、リディアは笑顔で言った。
「さっ、もうそろそろ暗くなってしまいますし、帰りましょう。マリアン様はご自宅から通われて――」
「わたくし、あなたがいいわ」
立ち上がったリディアの手をつかまえて、マリアンがそう言った。へ、とリディアは気の抜けた声で聞き返す。
「すみません、マリアン様。聞き間違いでしょうか。もう一度……」
「何度だって言いますわ。わたくしと一緒に、人生を歩んで欲しいんですの」
一緒に。マリアンと。
「誰と、ですか」
「あなたですわ。リディアさん」
言葉を失うリディアに、マリアンは立ち上がってぐっと距離を近づけてきた。
「新聞部の方たちに襲われそうになった時、あなたは身を挺してわたくしを庇ってくれた。今まで散々酷いことばかり言ったのに」
「いや、それは……」
侯爵令嬢に何かあったら大問題になり、一緒にいたリディアにも責任が問われるのではないか、という自分の身を守る考えもあったからだ。まるっきり善意で助けたとは言えない。
けれどマリアンはそんなことない! といわんばかりに熱く語った。
「今だってこうしてわたくしの話を頭がおかしいなどと言わず、真面目に聞いて下さった。お父様やお母様もメイドたちも、みんなわたくしが病でおかしくなったと涙を流したのに!」
(あ、わたし以外にも話したんだ……)
そして何を言っているんだ、と変に思われたのか。その事実にちょっと安心する。
「こんなわたくしを理解して受け止めて下さる方は、これから先あなた以外に現れないと思うんです。女であろうが、関係ありませんわ。リディアさんとこれから先もずっと一緒にいたい。あなたが好きなんですもの」
「マリアン様……」
なんて情熱的な告白だろう。マリアンらしく真っ直ぐで、愛にあふれた言葉だった。こんなふうに言われて、心が傾かない人間なんて――
「そんなのだめに決まってるだろ」
自分が同性であることも忘れ、思わず承諾しかけたその時、ガサリと物音がした。びくっとマリアンと揃って振り返ると、茂みの中からこちらを鋭く睨んでいるグレン・グラシアの姿があった。
317
お気に入りに追加
4,092
あなたにおすすめの小説

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません
編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。
最後に取ったのは婚約者でした。
ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

私の誕生日パーティーを台無しにしてくれて、ありがとう。喜んで婚約破棄されますから、どうぞ勝手に破滅して
珠宮さくら
恋愛
公爵令嬢のペルマは、10年近くも、王子妃となるべく教育を受けつつ、聖女としての勉強も欠かさなかった。両立できる者は、少ない。ペルマには、やり続ける選択肢しか両親に与えられず、辞退することも許されなかった。
特別な誕生日のパーティーで婚約破棄されたということが、両親にとって恥でしかない娘として勘当されることになり、叔母夫婦の養女となることになることで、一変する。
大事な節目のパーティーを台無しにされ、それを引き換えにペルマは、ようやく自由を手にすることになる。
※全3話。

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる