85 / 156
第一章
74保険
しおりを挟む セバスチャンを見上げたまま海斗が固まっている。口がぽかんと開いたままだ。
優希はこんな海斗の姿を見るのが珍しくて、思わずじっと見つめてしまっていた。
「海斗?」
なんとなく声を掛けてみる。
「は? あ……」
呆然とした顔のまま優希を見下ろす。余程驚いたのだろう。
あれだけ見たかった海斗の驚いた顔を見られて、優希はすっかりご満悦になっていた。思わずふふっと笑ってしまう。しかし海斗の表情は変わらない。
「一体、ここは……」
そしてずっと抱き締めたまま固まっていた海斗は優希を離すと、まだ信じられないといった表情のまま周りを見回す。
「ワンダーランドっていうんだって。前に鏡の世界に行ったでしょ。それに関係してるみたい。海斗何も聞いてないの?」
今度は優希がワンダーランドについて説明する。連れてこられた際に聞いているとばかり思っていた。海斗は城に囚われている間、どうしていたのだろうと首を傾げる。
「あ、あぁ……名前だけは、さっき聞いたが……そうか……だから俺は捕まったのか」
平静を取り戻した海斗は、優希の話で漸く自分の置かれた立場を理解したのだった。恐らく、前にあの店で会った青年が言っていた、『規律に背く行為』そして『あの鏡を壊した罪』そのどちらか、もしくは両方の罪で自分はこの世界に連れてこられたのだろう。
(ん? 魂?)
ふと、先程セバスチャンが話していた言葉が引っかかった。
「あ、あのっ。さっき『連れてこられた魂』って……」
海斗は再び木の上のセバスチャンを見上げると、緊張しながらも疑問を投げかけた。
「あぁ。お前は生身の人間ではない。魂が人の形を作ったものだ」
「えっ!」
セバスチャンの話に横で優希が声を上げた。
確かに海斗の体は海斗の部屋にある。橘が言っていたように『魂』だけが抜けてしまった状態の体が。
海斗に会えたことで嬉しくて忘れていたが、今目の前にいる海斗は本物の海斗ではない。いや、本物でもあるのだが、本来実態がないはずなのだ。
「どういうこと?」
今度は優希がセバスチャンに尋ねる。
「うむ。俺も実際に見るのは初めてだ。しかし、ホワイトキャットと違うことは分かる。なんと言うべきか、まるで置物や張りぼてのような物と言えば分かるか?」
「本物の体じゃないから?」
セバスチャンの説明に優希はじっと見上げながら更に問い返す。
「そうだな。見た目はホワイトキャットと変わらず人間だが、実際は違う。何かあればその体は消えてなくなるだろう」
「そんなっ!」
思わず声を上げる。海斗の本当の体は優希達の世界にあるとはいえ、消えてなくなるなんて絶対に嫌だ。今目の前にいる海斗は魂が作ったもの。つまり消えてなくなるということは海斗の死を意味する。
「…………ちゃんと痛みも感触もあって、食べ物も食べられて、食べたら出るものも出て。それなのに実物ではない――か。そんなことができるのか」
黙ってセバスチャンの話を聞いていたが、海斗は自分の手をじっと見つめながら話す。
「海斗……」
不安そうに優希が海斗を見上げる。
「大丈夫だ、心配するな。何もなければ消えないさ。多少、普通の人間より脆いってだけだろう」
心配そうに見上げる優希の頭に自分の手を乗せると、海斗は優しく笑いながら優希に言い聞かす。と、そこへ、
「日も暮れてきたし、そろそろご飯にしよっ」
いつの間に来ていたのか、突然アリスがそう切り出した。
「えっ? もうそんな時間っ?」
優希が驚いて声を上げる。確かに薄っすら暗くなってきている気がする。元々ワンダーランドは曇り空の為、明るさがいまいち分かりづらい。
「っ!?」
アリスの声で振り返った海斗がその姿を見て固まっていた。
「海斗? どうかした?」
優希は隣の海斗の様子に気が付き不思議そうに声を掛ける。
「……あ、いや。人違いか」
――エリスかと思った。
海斗は目の前にいるアリスをエリスと勘違いしたのだ。しかし、よく見ると頭に猫耳が付いているし、顔も少し違うような気がした。
「……もしかして、エリスだと思った?」
笑顔が一転、厳しい顔でアリスが問い返した。睨み付けるようにして海斗を見ている。
「エリスを知っているのか?……っ! もしかして、エリスの兄弟か?」
まさかエリスの名前を聞くとは、と思わず聞き返す。そして気が付く。そういえば、エリスには双子の兄がいると言っていたことを思い出したのだ。
「……そうだね。あんな奴、もう兄弟だなんて思ってないけど」
アリスはそう答えながらぷいっと横を向く。不機嫌そうに口を尖らせている。
「あんな奴? なんだその言い方は。あいつはそんな奴じゃないだろう」
今度は海斗がアリスの言葉に反論する。自分を助けてくれたエリスを『あんな奴』と言われて腹が立ったのだ。
「は? アンタには分からないよっ。あいつは裏切り者なんだからっ」
ムッとした顔で再びこちらを見ると、アリスが怒鳴り返す。
「なんだと? 俺はあいつに救われた。ここにいられるのもエリスが助けてくれたおかげだ。裏切り者な訳がないだろうっ」
「うるさいっ! 何も知らないくせにっ!」
「やめないかっ!」
言い合うふたりを遮るように、セバスチャンの厳しい声が響き渡った。
その声でしんと静かになった。優希も横でおろおろとしながら見ていたのだが、セバスチャンの声でびくりと体が固まった。
「ふむ……アリス、何度も言うが、お前の兄弟は裏切り者なんかじゃない。お前が一番分かっていることだろう?」
セバスチャンは今度は静かに、そして宥めるようにアリスに問い掛ける。
「…………これ、置いてくから勝手に食べれば」
アリスはそれだけ言うと『どこでもご飯』の箱を置いて立ち去ってしまった。
「アリスっ!」
ずっと静かにしていたジェイクがアリスの後を追っていった。
海斗と優希はそんなアリスを見た後、困ったような顔で見合わせていた。
優希はこんな海斗の姿を見るのが珍しくて、思わずじっと見つめてしまっていた。
「海斗?」
なんとなく声を掛けてみる。
「は? あ……」
呆然とした顔のまま優希を見下ろす。余程驚いたのだろう。
あれだけ見たかった海斗の驚いた顔を見られて、優希はすっかりご満悦になっていた。思わずふふっと笑ってしまう。しかし海斗の表情は変わらない。
「一体、ここは……」
そしてずっと抱き締めたまま固まっていた海斗は優希を離すと、まだ信じられないといった表情のまま周りを見回す。
「ワンダーランドっていうんだって。前に鏡の世界に行ったでしょ。それに関係してるみたい。海斗何も聞いてないの?」
今度は優希がワンダーランドについて説明する。連れてこられた際に聞いているとばかり思っていた。海斗は城に囚われている間、どうしていたのだろうと首を傾げる。
「あ、あぁ……名前だけは、さっき聞いたが……そうか……だから俺は捕まったのか」
平静を取り戻した海斗は、優希の話で漸く自分の置かれた立場を理解したのだった。恐らく、前にあの店で会った青年が言っていた、『規律に背く行為』そして『あの鏡を壊した罪』そのどちらか、もしくは両方の罪で自分はこの世界に連れてこられたのだろう。
(ん? 魂?)
ふと、先程セバスチャンが話していた言葉が引っかかった。
「あ、あのっ。さっき『連れてこられた魂』って……」
海斗は再び木の上のセバスチャンを見上げると、緊張しながらも疑問を投げかけた。
「あぁ。お前は生身の人間ではない。魂が人の形を作ったものだ」
「えっ!」
セバスチャンの話に横で優希が声を上げた。
確かに海斗の体は海斗の部屋にある。橘が言っていたように『魂』だけが抜けてしまった状態の体が。
海斗に会えたことで嬉しくて忘れていたが、今目の前にいる海斗は本物の海斗ではない。いや、本物でもあるのだが、本来実態がないはずなのだ。
「どういうこと?」
今度は優希がセバスチャンに尋ねる。
「うむ。俺も実際に見るのは初めてだ。しかし、ホワイトキャットと違うことは分かる。なんと言うべきか、まるで置物や張りぼてのような物と言えば分かるか?」
「本物の体じゃないから?」
セバスチャンの説明に優希はじっと見上げながら更に問い返す。
「そうだな。見た目はホワイトキャットと変わらず人間だが、実際は違う。何かあればその体は消えてなくなるだろう」
「そんなっ!」
思わず声を上げる。海斗の本当の体は優希達の世界にあるとはいえ、消えてなくなるなんて絶対に嫌だ。今目の前にいる海斗は魂が作ったもの。つまり消えてなくなるということは海斗の死を意味する。
「…………ちゃんと痛みも感触もあって、食べ物も食べられて、食べたら出るものも出て。それなのに実物ではない――か。そんなことができるのか」
黙ってセバスチャンの話を聞いていたが、海斗は自分の手をじっと見つめながら話す。
「海斗……」
不安そうに優希が海斗を見上げる。
「大丈夫だ、心配するな。何もなければ消えないさ。多少、普通の人間より脆いってだけだろう」
心配そうに見上げる優希の頭に自分の手を乗せると、海斗は優しく笑いながら優希に言い聞かす。と、そこへ、
「日も暮れてきたし、そろそろご飯にしよっ」
いつの間に来ていたのか、突然アリスがそう切り出した。
「えっ? もうそんな時間っ?」
優希が驚いて声を上げる。確かに薄っすら暗くなってきている気がする。元々ワンダーランドは曇り空の為、明るさがいまいち分かりづらい。
「っ!?」
アリスの声で振り返った海斗がその姿を見て固まっていた。
「海斗? どうかした?」
優希は隣の海斗の様子に気が付き不思議そうに声を掛ける。
「……あ、いや。人違いか」
――エリスかと思った。
海斗は目の前にいるアリスをエリスと勘違いしたのだ。しかし、よく見ると頭に猫耳が付いているし、顔も少し違うような気がした。
「……もしかして、エリスだと思った?」
笑顔が一転、厳しい顔でアリスが問い返した。睨み付けるようにして海斗を見ている。
「エリスを知っているのか?……っ! もしかして、エリスの兄弟か?」
まさかエリスの名前を聞くとは、と思わず聞き返す。そして気が付く。そういえば、エリスには双子の兄がいると言っていたことを思い出したのだ。
「……そうだね。あんな奴、もう兄弟だなんて思ってないけど」
アリスはそう答えながらぷいっと横を向く。不機嫌そうに口を尖らせている。
「あんな奴? なんだその言い方は。あいつはそんな奴じゃないだろう」
今度は海斗がアリスの言葉に反論する。自分を助けてくれたエリスを『あんな奴』と言われて腹が立ったのだ。
「は? アンタには分からないよっ。あいつは裏切り者なんだからっ」
ムッとした顔で再びこちらを見ると、アリスが怒鳴り返す。
「なんだと? 俺はあいつに救われた。ここにいられるのもエリスが助けてくれたおかげだ。裏切り者な訳がないだろうっ」
「うるさいっ! 何も知らないくせにっ!」
「やめないかっ!」
言い合うふたりを遮るように、セバスチャンの厳しい声が響き渡った。
その声でしんと静かになった。優希も横でおろおろとしながら見ていたのだが、セバスチャンの声でびくりと体が固まった。
「ふむ……アリス、何度も言うが、お前の兄弟は裏切り者なんかじゃない。お前が一番分かっていることだろう?」
セバスチャンは今度は静かに、そして宥めるようにアリスに問い掛ける。
「…………これ、置いてくから勝手に食べれば」
アリスはそれだけ言うと『どこでもご飯』の箱を置いて立ち去ってしまった。
「アリスっ!」
ずっと静かにしていたジェイクがアリスの後を追っていった。
海斗と優希はそんなアリスを見た後、困ったような顔で見合わせていた。
187
お気に入りに追加
4,092
あなたにおすすめの小説

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません
編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。
最後に取ったのは婚約者でした。
ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。


ここはあなたの家ではありません
風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」
婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。
わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。
実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。
そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり――
そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね?
※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる