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第一章
56不機嫌な理由
しおりを挟む普段感情を表に出さない人間を怒らせた時ほど怖い者がない。
「アスラン?」
「何だ」
「何をそんなに怒っているのですか」
現在アスランは手紙を握りしめながら視線だけでも殺せそうなほど怖い目つきだ。
「また手紙が来ているようで…」
「燃やせ」
「え?」
封を開けることなく燃やすアスランは言葉に出さないが相当な怒りを抱いていることが解る。
「お茶じゃなく甘いココアの方がよろしいですか」
「いや、甘いものは口にしたくない」
アスランはいつも通り渋めのお茶を欲した。
「一体どなた…この紋章は」
手紙の裏に飾られている家紋を見て絶句した。
「どうして…」
「グレーテル?」
ありえないと思った。
だけど以前に婚約話が出た伯爵令嬢がいると聞かされた。
「アスラン…貴方と婚約するはずの女性はエレンフェスタ伯爵令嬢だったのですか」
「グレーテル?」
目の前が真っ暗になる。
国同士の婚約はいわば外交に近い行為だ。
「アスラン」
「過去の話だ。何より俺にその意志はない…」
「知ってらしたの?すべて」
多くを語らないアスランだったが目を見て理解した。
グレーテルが国を出ざるを得なかった経緯はぼかしてだが話したが、まさか白紙になった縁談の相手が因縁の相手とは夢にも思わなかった。
(でも…どうして今更!)
以前にユズリハが見合いをした時に最悪な態度を取った令嬢の事を話してくれた。
二度とあんな見合いはごめんだと言っていたが、このタイミングで正式に手紙を送りつけてくるということは復縁を望んでいる事を意味していた。
(カーサと一緒になったはずなのに…どうして!)
グレーテルは何故このタイミングなのだと思った。
邪魔な自分さえいなければ二人は婚約して夫婦になっていると思い込んでいたが、そもそもフリーシアは愛人こそなれても貴族の女主人になれる器はない。
(復縁を望むにしてもどうして今なの…)
震えが止まらなかった。
カーサが誰かを愛してもどうでもいい。
心を許さなかったあの頃に戻れない。
愛する人と再会して、心を偽ることなく幸福な時間を取り戻し、父親と連絡を取り婚約の手続きをするだけだった。
なのに今更になって…
「アスランはどうなさるの?」
「グレーテル?」
「その方と復縁されるのですか」
聞きたくない。
でも、聞かずにはいられなかった。
心を取り戻した今、再び心を捨てるなんてできるはずがないのだから。
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