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第一章
46曇りの先
しおりを挟む日が傾く頃、アスランは翡翠宮に戻って来た。
疲れた表情をしてだ。
「おかえりなさいませ」
「ああ…ルクシア様」
翡翠宮でくつろいでいるルクシアを見て咎めようとしたが、今日は疲れていて叱る気にもなれなかった。
「アスラン、何で真っ青なに」
「いえ…」
「お察しします」
アスランが頭を悩ませる理由なんて考えれば簡単だった。
「何であの人はああなんだ」
「アスラン、ユズリハに虐められたの?」
「ルクシア様、アスランは男です。姉に虐められるなど…そのような」
がくりとうなだれるアスランの背中は寂しそうだった。
「ルクシア様、この場合パワーバランスはどう思われます?」
「言うまでもない気がする。ユズリハ」
「そうです…ですからパッと見ただけでは解りませんわ」
二人はヒソヒソ耳打ちをする。
ルクシアにとってアスランは兄のような存在で誰よりも信頼しているが、ユズリハが関わるとその完璧さはなくなるのだ。
(父上もそうだった気がする)
今よりもっと幼い頃の記憶を思い出す。
まだ第二王子が生まれる前は頻繁ではないが夕食は三人で取っていたが、夫婦のパワーバランスは幼いルクシアにも明確だった。
「ちなみにですが、かかあ天下という言葉がございます」
「かかあ?」
「女性…つまり奥さんが強い家庭は円満だと聞きますわ」
「そうなの?」
グレーテルの一番身近なかかあ天下は侯爵家だった。
「父上は何時も母上に怒られてた」
「何故です?」
「甘いものとお酒を飲み過ぎで病気になるって…それで」
「まぁ、夫婦そろって円満だったのですね」
「…そうだったんだ」
改めて思い返してみると二人の仲は良かったことを思い出す。
二人は何時も一緒で政治に関しても国王は常に王妃に助言を求めたりもしていた。
「きっと国王陛下はお優しい方なのでしょう。奥様を大切にされるお優しい方」
「父上は優しかった」
「お優しくご立派な父君が選ばれた女性です。きっと事情があるのではりませんか?」
「解らない…でも」
ルクシアは幼い頃の記憶を思い出す。
(何で忘れていたんだろう…)
今の記憶が悲しいから幸せだった記憶も一緒に封印してしまった。
王宮の雑音はルクシアの心を傷つけ目を曇らせてしまった。
(母上は俺が嫌い…?)
自分の心の中に問いかける。
本人から嫌いだと言われたわけじゃない。
だけど会えなくなって、会ってもくれなくなったことが寂しくて、生まれて来た弟に嫉妬心を抱くようになった。
「グレーテル、母上は俺の事好きかな?」
「それは私には解りませんわ」
「好きって言わないの」
「はい」
本来なら言葉だけの慰めを言うだろうが、グレーテルはしなかった。
「ただ、お嫌いならばはっきりおっしゃるのではないでしょうか」
「うん…」
好き嫌いがはっきりしている母を思い出す。
だからこそここで迷いが生じてしまったのだった。
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