40 / 156
第一章
29とある老人
しおりを挟む貴族街にて質素であるが品の良い馬車がフェリス侯爵家に到着する。
「お待ちしておりました」
「わざわざ出迎えなど不要なのだがな」
「そうは参りませんわ先王陛下!」
馬車から降りた老人は苦笑した。
彼は現国王の父に当たり、退位した後に国外で過ごしていた。
表向きは商人を装っているが、知る人が見れば解るのだ。
「中々の変装ぶりであろう?」
「ええ…ですが、品の良さは隠せませんわ」
「お世辞はいらぬぞ」
従者に手を引かれながら馬車を出るもフェリス夫人は違和感を感じた。
「どうしましたの?」
「申し訳ありません」
従者の表情が強張っていた。
「先ほど、町で非常に無礼な男が旦那様に暴言を」
「何ですって?」
「止めぬか」
先王は既に退位したので使用人は常日頃から旦那様と呼ぶように命じている。
高齢であるが、まだまだ元気なので王室に戻って欲しいという声が度々あるからだ。
一度退位した王が再び玉座に座ることはまずない。
余程の事情がない限りは。
内乱が起きている誤解を受けないためでもあるのだ。
その為にも国を出ている先王は心から息子を思い国を思っての事だった。
「何度も言うが私はもう王ではない」
「だとしても、旦那様は親切で声をかけられたのに…あの若造は!」
般若のような表情をする御者は、普段は優秀で表情を表に出さないのだ。
それだけ許されなかった。
「まぁ良い、それよりも侯爵夫人。先ほど私は旧友の邸を尋ねたのだが、蛻の空だった…しかも領民の話によると領主は交代となったと聞く…どういうことじゃ」
「旦那様、詳しく説明を」
「うむ、すまなかった」
先王には無二の親友がいた。
まだ王子でしかなく、平民との間に生まれた王子だった頃だ。
王家では王位争いをしている真っただ中、戦争が起きた。
国は財政難を抱えており戦場に向かう騎士団にも満足な食料を提供できず王家は己の事しか考えなかった。
先王は状況を打開しようと試みたが、平民の血が混ざった王子を嫌う者は多く、誰も聞いてくれなかった。
商人にお金を借りようにも交渉の場を設けることもできず、味方もいない中。
戦争は酷くなり、兄王子達は民を見捨てて逃げたのだ。
国王である父も義母である母も国よりもわが身第一だった。
そんな中で先王だけが立ち上がったが、食料も満足になく。
お金もない状況で一人の男が救いの手を差し伸べた。
「当時まともな食料がない我が軍に無償で食料を提供してくれた」
その男が提供したのはただの食糧ではなかった。
味方の少ない先王に温かい優しさを差し伸べてくれた。
「元百姓にすぎず金はないが食料と薬草は捨てるほどあるので使って欲しいと。領民総出で騎士達の傷の手当てに炊き出しをしてくれた」
「素晴らしい方でしたのね」
「ああ、私の身分を知らなかったのであろうな…私も明かさなかった」
それでも戦争が終わるまで共に過ごした後に先王はその男に心から感謝した。
地位も権力も興味のない男に惹かれた。
その後正体を明かし戦争が終わった後に礼をするも断られてしまい、その控え目すぎる性格を更に気に入ってしまい二人の友情は五十年ほど続いたのだ。
278
お気に入りに追加
4,092
あなたにおすすめの小説

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。

ここはあなたの家ではありません
風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」
婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。
わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。
実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。
そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり――
そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね?
※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません
編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。
最後に取ったのは婚約者でした。
ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

結婚式間近に発覚した隠し子の存在。裏切っただけでも問題なのに、何が悪いのか理解できないような人とは結婚できません!
田太 優
恋愛
結婚して幸せになれるはずだったのに婚約者には隠し子がいた。
しかもそのことを何ら悪いとは思っていない様子。
そんな人とは結婚できるはずもなく、婚約破棄するのも当然のこと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる