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第一章
14一輪の花
しおりを挟む核心はなかった。
懐かしいお茶の香りだけでは確実と言えなかったが核心を得たのはあの言葉だった。
主に何所までに忠実だった愛しい妻は前世でも片目を失った小さな主を守っていた。
普段は大人しいのに時折強さを見せる。
そして最後の言葉。
「月の君?」
「ようやく見つけた」
月の君と呼ぶのは一人だけだった。
二人だけが知っている約束を言えば泣きそうな顔をする。
その表情がかつての妻と重なり、二つの心は一つとなった。
「ようやく見つけた」
「旦那様…」
「かくれんぼはもう終わりだ」
そっと手を伸ばし唇に触れながら互いの唇を重ね合わせた。
すっかり冷たくなった唇を温めるように優しいキスだったが次第に激しくなる。
「ちょっ…」
「動くな」
グレーテルは腕の中で暴れだすも体格差と力の差で抗えなかったが。
「待って…やめ」
拒絶するわけではない。
それでも今の自分は汚れている。
しかも傷だらけで血も流れていて衛生上は最悪だ。
「ダメです!旦那様」
「いい、止血を」
「血にはばい菌があります!」
「…萎えるようなことを言うな。少しぐらい堪能させてくれてもいいだろう」
「なんのです!」
はだけた胸元には模様が浮かんでいた。
「これは…」
「ああ、お前の体に証を刻んだ」
「なっ!」
証を刻む行為とは、貴族の中でも魔力を持つ者が伴侶に刻む神聖なる儀式だ。
数千年前に竜の花嫁が刻んだ証だ。
この証を刻まれた者は他の男と結ばれることはない。
「仮契約だが、今ここでお前を抱いて契ってもいいか?」
「言い訳ないでしょう!」
「おい!」
わなわなと震えながらすべての力を振り絞り、クッションを投げる。
「獣!」
「俺は竜の守り人だ」
「そういう意味ではありません!」
ロマンもくそもない。
こんな泥だけのまま夫婦の契りなんてされるなんて論外だった。
「節操無し…」
「お前に必要ないだろ」
「ぬけぬけと…」
しれっと言いわれ少しばかり怒りが湧いていく。
「お前は俺の女房だ。当然だ」
「にょっ…女房」
確かに前世では妻だったが女房と言う言い回しに真っ赤になる。
何故なら女房とは子を沢山産んだ妻を表していたのだ。
「何を恥ずかしがっているんだ」
「前世ではあまり口にしなかった癖に」
「文化の違いだ」
前世と現世では環境も文化も考え方も異なる。
男は愛の言葉を簡単に口にすべきではないことが美徳とされていた。
しかし現在は違う。
「お前にちゃんと愛していると言いたい」
「何故迫ってくるのです」
「逃がさないためだ」
逃げ腰のグレーテルの手首を強く握り逃がすまいとした。
もう二度とこの手を離さないと誓って。
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