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序章
5馬車の中
しおりを挟む有無を言わせない圧力にグレーテルはされるがままだった。
「妾が怖いか」
「いえ、ですが何故と」
「ふむ、ただの弱気娘かと思ったが、意外だったな」
気を悪くするでもない。
ただ顔が見えないので表情が解らない。
「奥様、ありがとうございます」
「気まぐれじゃ」
名前は知らない。
辺境伯爵の家柄をすべて把握しているわけではないが絹のドレスを着れるのは王族かそれに近しい家柄のだった。
社交界では暗黙の了解がある。
特に下級貴族は身分が高すぎる貴族に対しては弱い。
「妾を見て平然とする者は稀じゃ…しかしそなたは馬鹿?」
「はい?」
「これまで馬鹿を見てきたがそなたほどの大馬鹿は初めて見る。それともそういう趣味があるのか」
明らかに蔑むような発言だった。
初対面にここまでダメ出しを受けたのは初めてだが、怒る気にもならなかった。
「さようでございますか」
「なんじゃ、怒らんのか。そなたは鎖で感情を縛っているのか」
「いいえ」
そんな術は持ち合わせていない。
「ただ、感情を抑え込む理性がございます。私は慣れているだけ」
「若い娘が馬鹿事を」
グレーテルは決して表情が乏しいわけではない。
幼少期は喜怒哀楽がはっきりしていたが、この世の理不尽を受け入れるようになった。
「既に私は抜け殻と同じ…なのでしょうね」
「人は生きていれば抜け殻にはなれぬ。そなたの心は凍らせるには早すぎる」
「解りません」
前世の記憶を思い出した時点でグレーテルの心はこの世になかった。
「まるで迷い子じゃな」
「奥様は不思議な方ですね。まるでお月様のように」
「ほぉ?私が月とな?」
言葉に棘はあれど、優しさを感じる。
まるで水に浮かぶ月のように実態が掴めなかった。
「そなたはどう生きる。この世界で」
「私は…」
「大きな渦の中に葉のように流されるか?それこそ死んだも同じじゃ」
グレーテルは言い返せなかった。
今の現状は自分自身が招いたことなのだと解っていた。
カーサに決まり文句のように『君はやさしいから』と言われながらも都合のいいように使われている現状はグレーテルが招いたことだ。
優しいのをいいことに我儘を突き通され婚約者として接してもらうこともなく都合よく搾取される日々が続くのはグレーテルが何も言わないからだ。
「着きました」
「そうか…」
馬車が止まり、扉が開かれる。
「また会おうぞ」
「え?」
「いずれな?」
謎の夫人ん言葉の意味がわからないまま馬車はそのまま去って行くのだった。
「不思議な方」
謎の夫人との出会いはグレーテルの心を揺さぶったのだが…
翌日、約束もなしに押しかけて来たカーサに。
「グレーテル、どういうことだ」
昨夜の事を咎められてしまったのだった。
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